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第12話 リフレッシュ

「え~、ということで、ここが我が家の風呂です」


 明人はエリステアとソフィアを連れ、風呂場にやって来ていた。二人に、風呂の入り方や各種道具の使い方をレクチャーするためだ。


 明人が見目麗しい女性二人にこんな説明をすることになった経緯。それを知るには数分ほど前に遡る必要がある。







 夕食の後片付けが終わり、明人は入浴の準備を始めていた。すると、その様子を不思議に思ったようで、エリステアが彼に尋ねた。


「何をしている?」

「風呂……入浴、湯あみの用意ですけど」


 意味が通じるか考えた明人はいくつか言い換える。エリステアもソフィアも、「ああ」と小さく声を出したため、それで通じたらしい。


「入浴? そんなもの、浄化魔法で事足りる」


 エリステアは首を傾げると、その場で浄化魔法を使って見せた。


「我々の世界の人間は、熟練度に差はあれ、例外無く魔法を使えます。生活魔法である浄化魔法は広く浸透しているので、我々はそれで身体の清潔を保っています」

「入浴などという面倒な作業は必要ない」

「作業って……」


 浄化魔法は、異世界では普遍的で、特別でも何でもない魔法だという。少ない労力で簡単に身体を綺麗にできるため、入浴という行為は彼女らの世界では不要だということ。それが、明人の受けた説明だ。


「パパっと身体を綺麗にできるなら、わざわざ風呂に入ることもないか。なるほど~」

「体力が衰えるなどの事情で魔法を上手く使えない時くらいなら、入浴をする機会もある」

「魔法を使える人間がわざわざ入浴をすることは珍しいですね」


 便利過ぎる魔法が、入浴で得られる多幸感やリフレッシュ感を悉く奪っているらしい。「地球に生まれて良かった!」と、某競技大会のキャスターばりに、明人は心の中で叫んだ。


「じゃあ、俺は普通に風呂に入って来ます。その間は二人ともゆっくりしていてください」


 明人は、二人は浄化魔法を使うだろうと考え、一人風呂場へ向かう。その時、エリステアが彼を呼び止めた。


「待て」

「はい?」


 何か訊きたいことでもあるのかと思い、明人は立ち止まり、振り返る。


「魔法が存在しないこの世界において、清潔保持に入浴が一般的な行為だということは理解できた。折角だ。妾も体験してみたい」

「体験?」

「食事一つとっても大きな違いがあった。入浴についても、何らかの違いがあるだろう。簡単に言えば、興味深い」


 エリステアが入浴を体験したいと言い放ったことに衝撃を受けた明人は、チラリとソフィアを見た。彼女は首を縦に何度も動かしている。


「もしかして、ソフィアさん。あなたもですか?」

「……はい」


 ゆっくりと頷くソフィアを見た明人は、二人の入浴後の着替えを用意することから始めた。







「これが浴槽。これがシャワー。これが手桶で、こっちが給湯器の操作盤……これは難しいか。ええと、これは石鹸で――」


 女性と一緒に風呂に入る訳にはいかないため、予め、明人は風呂に関する道具などの使い方を解説することにした。風呂の文化が浸透しているとは言い難い異世界の人間に対して丁寧な説明を心掛ける明人。彼の説明を、エリステアもソフィアも真剣に聴いている。


「石鹸を使って身体を洗い、手桶で水をかけ、流すのは同じか。世界が違おうと、これくらいは誰でも行き着くか。シャワーなるものの扱い方に慣れれば、とりあえずは問題無い」

「そうですね。このキュートーキの操作も、風呂素人の我々には必要無さそうですし」

(風呂素人って何だよ)


 一通りの説明を受けた二人は、入浴に問題無しという判断を下したらしい。異世界であっても、基本的な所作は流石に変わらない。


「ただ、石鹸と言っても、ここにあるのは液体状のもので、ボディーソープという名前です。状態こそ違いますけど、使い方や効果は共通だと思ってください。このでっぱりを下に押せば、容器の中から出てきます」

「分かりました。アサギリ殿」

「液状の石鹸? これも興味深い」


 エリステアが持つ、未知への好奇心はどんな場所でも、どんなものにでも働いている。ソフィアからひったくったボディーソープの容器を、感心しながら眺めている。


「俺、後でいいんで、お二人からどうぞ」

「エリステア、どちらが先に入りますか?」

「妾だ」

「……そう言うと思ってました。どうぞ」


 ソフィアは苦笑しながら、エリステアに一番風呂の権利を譲った。彼女はエリステアの性格をよく把握しているらしい。明人は、謙虚で優しい性格のソフィアへ尊敬の念を送った。


「じゃ、エリステアさんが上がるまで、お菓子でも食べてのんびりしますか」

「はい!」

「妾の分も残しておいてくれ!!」


 女性の入浴中に風呂場の近くに待機するなど言語道断。明人はソフィアを連れ、居間へ戻った。




 茶を飲み、菓子をつまみながら明人とソフィアは互いの世界の話をしていたところ、突然、居間と廊下を仕切る扉が開いた。浅桐家にいる人間はたったの三人。乱雑に扉を開けた人間の正体は簡単に分かる。


「とりあえず、ボディーソープとやらを使って身体を洗うことは終わった。この香りの良さは何だ? 正直に言って侮っていた。たかだか石鹼といっても、製造技術の差が大きいのだろうな。ただ、このシャンプーやトリートメントという用具。言われた通りに髪につけて使ってみたが、正しいのかよく分からない」


 石鹸はエリステアたちの世界にも存在したため、楽に説明ができた。しかし、シャンプーのような洗髪剤やトリートメントのような補修剤は二人の世界に存在しない。風呂文化が発達しなかった時点で、そうした薬品の類が発明されなかったと予測される。そうした実情を察した明人は懇切丁寧な説明をしたものの、不十分だったらしい。


「試しに、妾の頭を洗ってくれ」


 身体を洗うことはできたエリステアだが、洗髪の難易度は高かったらしい。彼女は明人に助力を乞うため、風呂場から居間へと赴いた次第らしい。


「…………」


 明人は沈黙を続け、エリステアの問いに答えず、明後日の方向を向いている。分からないことを質問するエリステアの姿勢に何の問題も無い。しかし、今現在の彼女の恰好に大きな問題があった。エリステアは服も着ず、タオルすら身体に巻かずにいるのだ。


「エ、エリステアッ!! ああ、あなた! 裸で!? だだ、男性の前ですよぉ!?」


 顔を真っ赤にして慌てふためくソフィア。横で彼女の叫びを聞く明人は、視線を逸らし続けている。


「……うるさい」

「慎みを、羞恥心を持ってください!!」


 ソフィアが騒ぐ原因を作った張本人であるエリステアは、実に平然としていた。



いつもご覧いただきありがとうございます!


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