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第11話 いただきます

 小さなトラブルは起きたが、二人が使う部屋の掃除は完了し、客人用の布団もそれぞれ用意が終わった。


(外に出したモノは、処分できるものは捨てて、必要なものは片付け直すか。ま、整理にはいい機会だったな)


 大学で使った教科書や保管しておいたプリント、読み終わった小説や漫画、着なくなった衣服など、溜め込むものでは無いと感じた明人は後日、断捨離に励むことになる。




「腹が空いたな」

「……ええ、私もです」


 気が付くと時刻は午後六時を過ぎていた。明人自身も夕飯を食べたいと思うような時間。二人を受け入れると決めた以上、用意する食事の量は単純にいつもの三倍だ。


「じゃあ、ご飯作りますね。少し待っていてください」


 明人はそう言って台所へ向かうと、冷蔵庫の中を物色し始めた。


(う~ん、豚肉の残りと玉ねぎ、卵……。豚丼に卵落とすくらいが精一杯か。豚肉は少ないから、余ってる厚揚げでかさ増しするか)


「少し時間がかかります」

「……問題は無い」

「アサギリ殿の作る食事、楽しみです!」


 豚丼を作ることに決めた明人が最初に取り掛かったのは米の用意だ。ご飯が炊きあがるまでにその他の食材を調理し、効率よく時間を使う。当たり前の時短だ。


 明人は米びつから米を取り出し、それを研ごうとしたが、ここで思いもよらない横槍が入った。


「なな、何も無い所から水が!?」

「その銀色の器具は一体? やはり、魔道具の類か?」


 明人が台所の水道の蛇口をひねった瞬間を見ていたエリステアとソフィアが飛び込んで来たのだ。


(そうか、異世界に水道なんか無いだろうからな。そりゃあ、驚くわ)


 ただの電灯を見て驚嘆し、興味深そうに見ていた異世界人二人だ。蛇口から水が際限なく流れ出る場面などを目撃すれば、前のめりになって観察するのも当然だった。


「これはどういう仕組みだ?」

「この取っ手のようなものを上下させることで術式が起動するのでしょうか?」

「み、水の圧力が云々だと思いますけど、恥ずかしながら、細かい仕組みは分かりません。あと、術式とかそういうのはないです。これも多分……科学の結晶です」


 好奇心を爆発させているエリステアとソフィアに挟まれながらも、明人は淡々と説明をした。結果的に二人の女性が自分に身体を押し付けているこの状況。照れ臭くなり、抜け出したくなった明人は「食事を作るのがどんどん遅れますよ?」と、一言だけ呟いた。すると、エリステアとソフィアは黙ってテーブルに戻った。


(食欲の優先順位……)


 溜息を吐きながら明人は手際よく米を研ぎ、炊飯器にセットした。無論、急速炊飯モードを使用している。次に明人は包丁やまな板を用意すると、肉や野菜を食べやすい大きさに切っていく。トントントンという、小気味いいリズムが浅桐家に響く。


「よっ」


 明人は鍋を用意すると、そこへ醬油や砂糖、顆粒だしを入れて火にかけた。計量器は使わず、目分量で調味料を使うのが彼の料理の特徴だ。すりおろした生姜を隠し味に入れることを忘れない。


 因みに、浅桐家には、俗に言うクッキングヒーターが導入されている。これが通常のガスコンロであったなら、点火した瞬間に再び異世界人二人が騒いだことだろう。


(ありがとう、じいちゃん)


 オール電化を目指して大枚をはたいていた祖父に、明人は改めて感謝の念を送る。


 鍋の加熱が進んだところで、明人は切った玉ねぎを投入する。その玉ねぎに火が通ったことを確認すると、厚揚げや豚肉も投入する。ここまで来れば、あとは待つだけだ。火加減を弱中火程度に設定し、様子を見る。


「これはとてもいい匂いですね、エリステア」

「ああ、食欲をそそられる」

「ヨダレを吹いてください、エリステア! 品がありませんよ!?」


 いつの間にか台所を中心に、醤油をベースとした香りが漂っていたようで、それを嗅いだソフィアとエリステアの声が明人の耳に届いた。


(うわあ、二人ともスゲエにやついてる。たかだか豚丼なのに)


 二人の表情は喜色満面といったところで、この後すぐに始まる食事が待ちきれないようだ。明人からすれば、たかだか豚丼。異世界人からすれば、未知の存在なのだ。


(匂いだけであんな顔だもんな。食べたらどうなるかな?)


 豚丼の匂いだけで既に表情が崩壊している二人。これを実食するとなると、それがどうなるのか予想がつかない。そんなことを考えているうちに、豚丼の具材は煮え、炊飯も終わった。


「はい、お待たせしました。豚丼です」


 明人は、生卵を落としてやった出来立ての豚丼を食卓に並べた。


「待った甲斐があります。とても美味しそうです!!」

「これは何と言う料理だ?」

「豚丼です」

「ブタドーン……」


 未だヨダレを垂らしっぱなしで呟くエリステアを気味悪く思いつつ、明人は二人にスプーンを用意し、手渡した。異世界に箸などは存在しないだろうという配慮だ。


「どうぞ、食べて下さい」

「ああ、いただく!!」

「いただきます!!」

「……え!? その挨拶は異世界共通なの?」


「いただきます」という、日本特有の食事における挨拶。「それは何だ?」と尋ねられれば、「食材となった命への感謝を表す言葉ですよ」と答えようしていた明人だったが、それは徒労に終わった。創作物でよく見る、異世界人に日本の文化や慣習を伝えるという場面は、あくまでも創作物の話で、実際は違っていたらしい。


(そりゃあ、みんなフィクションで想像だけど)


 まさかの共通概念があったことに、明人はやや落胆した。創作物のお約束をぶち破った現実。その貴重な場面に遭遇したことに彼は気付いていない。


「美味しい! 美味しいですよ アサギリ殿ォ!! 柔らかいお肉に、このコメという穀物の組み合わせ!! 無限に食べられそうです!!」

「ああ。こんな美味い料理は今まで食べたことが無い!! この甘辛い味付けも絶妙だ!!」

「よ、よく噛んでくださいね」


 明人の倍はあろうかというペースで豚丼を口の中へかきこんでいくソフィアとエリステア。弩級の美人が台無しになっている食べっぷりに、流石の明人も引いている。


「おかわりをお願いします!!」

「妾もだ!!」

「肉はあまり残ってませんからね?」


 そろってどんぶりを差し出した二人に、明人はおかわりをよそってやった。




(米……念のため五合炊いたのに、ほとんど二人でペロリか)


 多めに米を炊き、余った分は冷凍保存しようと考えていた明人だったが、その目論見は失敗に終わった。目の前には満腹で幸福感を味わっている魔女と聖剣士。明人は大きく息を吸うと、三人分の食器を片付け始めた。



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