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第10話 掃除の時間

「こちらの世界の服は、なかなか動き易くて良いですね。肌触りも良いですし!」

「繊維や縫製の技術も妾たちの世界とは比べ物にならないな」


 エリステアはソフィアを住まわせると決めた明人が最初にしたことは、部屋着を与えることだった。エリステアは装飾の多いドレス、ソフィアは重くかさばる鎧を身に着けていた。二人の服装は、屋内で過ごすには不向きで、窮屈であったのだ。


「鎧はとりあえず、この風呂敷に包んで保管しましょうか」

「綺麗な柄の布ですね。有難く使わせてもらいます」


 特にソフィアの鎧。こんなものを着たまま日常生活を送らせるわけにもいかないし、仮に鎧姿で過ごそうものなら、家中が傷だらけになる。明人は、祖父が集めていた風呂敷を引っ張り出し、ソフィアの鎧を丁重に包んだ。


「やや大きいが、贅沢は言えんな」

「そうですよ、エリステア。我々は居候の身ですからね」


 明人は自身の衣服を二人に貸し出した。エリステアもソフィアも、上はTシャツ、下はスエットパンツを身に着けている。男物であるため、サイズにやや難があるが、些細な問題だった。


(二人とも、スタイル良すぎでしょ)


 エリステアもソフィアも、抜群にスタイルが良い。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。まるで女性の理想の体型が体現されていると言ってもいい。思わず明人は見惚れていた。彼も立派に男なのだ。


「アサギリ殿、変なところはありませんか?」

「だだだ、大丈夫! 似合ってます!!」


 屈託のない笑顔で問うてくるソフィア。鎧を脱いだにもかかわらず、分厚い胸部装甲を持つ彼女に視線が釘付けだった明人は顔を真っ赤にしてその目を逸らした。


「馬鹿か、お前」


 目を細めるエリステアの呟きは、明人の耳に届いており、明人の精神を抉った。




 着替えが終わったところで、明人は二人を空き部屋へ案内することにした。


「ここがエリステアさんに使ってもらう部屋で、この隣の部屋をソフィアさんに使ってもらいます。物置代わりに色々とモノを置いてたんで、とりあえず、布団を敷くためのスペースを作りますか」

「フトン?」

「……食べ物か?」

「違います、寝具です」


「エリステアは食い意地が張っている」という印象が、明人の中でより強く固定された。


 三人で協力して、不必要な家具や小物などを廊下へ移す。聖剣士として身体を鍛え上げているソフィアの活躍によって、重量のある物は楽に運搬できたが、その一方で、明人の男としてのプライドに傷が付いている。


「申し訳ないんですけど、物置扱いだった部屋だから、掃除が行き届いてなくて。今から、さっと掃除をします」


 明人がコードレス掃除機を持ち出すと、エリステアとソフィアが興味津々と言った感じで喰いついてきた。


「それは何だ?」

「掃除機と言って、塵やホコリ、小さなゴミを吸い取る道具ですね」

「吸い取る? どうやって?」

「じゃあ、見ててください」


 掃除機がゴミを吸引する様について想像がつかないらしいエリステアとソフィアのため、明人は掃除を実演してみせる。


(掃除機を使うトコを見せるって、どんな状況だよ)


 他人に掃除機を使う様子を見せるという奇妙な体験。明人はテレビの通販番組の光景を思い出しながら、スイッチを入れた。ギュイイインという、掃除機の甲高い吸引音に驚いた異世界人二人だったが、本番はこれからだった。


「す、凄いですよ、エリステア!! ソウジキというものが通った跡!! 塵一つ残らず消滅しています!!」

「どこの冥王!?」

「落ち着け。塵はこの魔道具の中に吸い込まれているだけだ。何処かに格納場所があるのだろう。ふむ、風魔法を記録した魔石でも使っているのか?」

「いや、魔道具って……」


 ソフィアに比べ、エリステアは冷静に分析しているが、魔法が関与している前提で考えてしまっている。


「これは魔道具ではありません。さっきも少し話しましたけど、科学という、この世界で発展している力の一部ですね」


 掃除機が電気でモーターを動かし、ファンを回転させることでゴミを吸引することくらいは知っているが、それ以上の細かい仕組みの説明はできない明人。そのため、彼は大まかな説明をした。


「カガク? ああ、さっきもそんなことを言っていたな。どういうものだ?」

「魔法とは全く別のものです。科学は地道な研究の積み重ねの成果ですかね? もう一度言っておきますけど、この世界に魔法なんてものは無くて、使える人だっていません。俺たちにとって魔法は、空想の世界の中だけのものです」

「魔法が空想の存在だとは、滑稽な話だ」

「魔法が存在しないとは、やはり、信じられませんね」


 何度聞いても驚きを隠せないエリステアとソフィア。自分たちには使えて当然の魔法。生まれてから共にあった常識。それが存在しないと告げられれば、混乱するのは必然だった。


「だが、妾たちは平時と変わらずに魔法を使えた。己の魔力も感じ取ることができる。魔法を使うことができるかどうかは、世界の理によるものかと思ったが或いは……」


 独り言を伴いながらエリステアは考え込み始めた。ソフィアも、魔法の無い世界というのが信じられないらしく、掌に淡い光の玉を出し、自身の魔法を確かめていた。


「詳しいことは分かりませんけど、早く掃除を終わらせましょうか」


 我に返ったソフィアとともに明人は部屋の掃除を再開する。エリステアは未だに考え事の最中で、掃除機の吸引音も耳障りに思わないほど集中していた。


 窓ガラスの拭き掃除をしていたソフィアが、手を止めて明人に話し掛けた。


「アサギリ殿。私も、そのソウジキという道具を使ってみたいです!!」

「ええ、どうぞ」


 明人は目を輝かせるソフィアに掃除機の使い方をレクチャーし、彼女は初めて触る掃除機に興奮していた。「楽しいです!」という、まるで子どものような歓喜の声を上げるソフィアを見て明人は思わず微笑んだ。


「エリステアもどうですか?」


 掃除機体験をエリステアにも共有させようと考えたソフィアは、スイッチが入ったままの掃除機をエリステアに向けた。


「んあ? オイッ!!」


 不意を突かれたエリステアは身構えること叶わず、Tシャツが掃除機の吸引口に引き込まれた。


「何をしている!? 早く離せ!!」

「あわわわわ!? 大変です! どうしましょう!? アサギリ殿ォォ!!」

「電源を切ります!!」


 慌てて掃除機の電源を切る明人。Tシャツは傷んだが、エリステアは無事だった。


「何か言うことは無いのか?」

「うう、大変申し訳ありませんでした……」


 魔女に凄まれ、涙目になる聖剣士。自分に責任があることを理解している以上、ソフィアは謝ることしかできない。


(睨み効かせるエリステアさん、怖っ!!)


 明人はエリステアの迫力に押され、冷や汗をかいた。


「……何を見ている?」

「何もです!!」


 エリステアの氷のような視線に耐えられなかった明人は、雑巾を手に取って窓ガラスを一心不乱に磨き始めた。



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