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第1話 朝は騒々しい

そこそこ昔に書いたものを発掘しまして。折角なので、いろいろいじってみました。

「……眠い」


 青年は気怠そうに呟いた。


 青年が枕もとの目覚まし時計を見ると、その針は午前五時を指している。セットした目覚ましタイマーの発動まで、まだまだ猶予がある。


「なんだ、まだ五時じゃんか。まだ寝れるぅ……」


 予定よりも早く目覚めてしまったが、まだまだ眠れることはこの青年にとって、大変喜ばしいことだ。彼は大学生ではあるが、今は夏休みの最中。よって、大学の講義は無い。あるていど満足するまで眠ることが彼にとってはどれだけ尊いことだろうか。


「……ん? 何?」


 至福の二度寝を楽しもうとした青年は、部屋のドア越しでも聞こえてくる、謎の大きな音によって完全に脳が覚醒した。いや、覚醒してしまった。


「……じゃ、……せん!! ここは私が…………ります!」

「うる……!! でしゃ…………ろ!! ……が……を…………!!」


 音の正体は人の声だった。耳を澄ませると、何やら二人の人間が言い争っているように聞こえる。その言い争いの勢いは留まるところを知らないらしく、今もフルスロットルで進んでいるようだ。


「はあ、またか」


 言い争いの声の原因に、大いに心当たりのある青年は、溜息を吐き、ゆっくりと身体を起こした。そして、髪についた寝癖を直すように頭をくしゃくしゃと触りながら部屋のドアを開け、ゆっくりと歩き出した。




 この家の台所の前で二人の女性が睨み合いながら言い争いをしている。この二人の間に割って入って、この諍いを止めることなど、簡単ではなさそうだ。


「今日は妾が朝食当番だ。お前の当番ではない。大人しく寝ていろ」


 眩い月の光のような輝きを放つ綺麗な銀髪を腰まで伸ばした、背の高い女性が、不遜な喋り口で眼前の相手に言い放った。


「確かにそうですが、あなたの料理の腕は未熟! 一昨日なんか、とても食べられる代物ではありませんでした! 暫くの間、食事は私が作ります!! あなたこそ、大人しく寝ていてください!!」


 銀髪の女性に相対するのは、暖かい日の光のような煌めきのある金髪を後ろで一本に纏め、凛とした雰囲気を醸し出す女性だ。


 どうやら、金髪の女性は銀髪の女性が作る食事の出来に納得がいかないらしい。その代わりに、自分が作ると、強く申し出ているようだ。


「ハッ!! そう言って、本当は彼奴の機嫌を取って好かれたいだけだろう?」

「ちちち、違います! わわわ、私はそのようなことなど微塵も思っていません!!」


 銀髪の女性が目を細めて言うと、金髪の女性は明らかに動揺しており、目は泳いでいる。


「……図星か。小賢しい手だ」

「あ、あなたこそ! いつもそんな露出の激しい恰好で、男性を誘惑しようという卑しさが滲み出ています! 少しは恥じらいを持ちなさい!!」


 金髪の女性が言うように、銀髪の女性の服装は露出が激しい。着物を改造して着崩し、その豊満な胸部と美しい脚が大胆に露出されている。また、全体的にボディラインが強調されているので、大抵の男性はその煽情的な姿に目を奪われ、下心を丸出しにすることだろう。


「ふん! 妾はこの服装を気に入っておる。お前にどうこう言われる筋合いはない」

「服装くらいは個人の自由ですが、あなたのそれは目に余ります!! 着替えなさい!!」


 そもそもの言い争いの火種は“朝食”だったはずだが、いつの間にか論点がズレており、当事者の二人はそれに気付いていない。そして、二人は歩み寄る不穏な影にも気付いていない。


「おーい」

「な!?」

「へ!?」


 青年の間延びした声は二人の虚を突き、見事にこの諍いを中断させた。その代わり、銀髪の女性も、金髪の女性も驚きの声を上げ、額には冷や汗を滲ませている。


「盛り上がっているところ悪いんですけど、こんな朝っぱらから何やってんの?」

「え、ええと、その……」

「い、いや、これはじゃな。妾が朝食を作ろうとしたら、こいつが邪魔を……」

「私は別に邪魔をしようと思った訳ではありません!」


 青年に追及されると、二人とも目を泳がせながら言い訳を始めた。


「うん?」

「わ、私は、ちゃんと食べられるものをと思って、代わりに朝食を作ろうとしたんです!」

「そうか、事情は分かった。まあ、それぞれの言い分は理解できるよ? でもさ……」

「でも……何だ?」

「でも……何ですか?」


 二人の女性はそれぞれ、恐る恐る青年へ聞き返した。


「朝っぱらから、大声出して喧嘩するんじゃない!! 完全に目が覚めちゃっただろうがっ!! これじゃあ、二度寝なんてできない! 朝ご飯は俺が作るから、二人は部屋の掃除と洗濯でもしてくれ!!」


 青年はそう言いながら冷蔵庫を開け、食材を次々に取り出し、同時に包丁などの調理器具も準備し始めた。彼の気迫に押された二人の女性は、指示通り、その他の家事に取り組む。


 銀髪の女性はリビングの隅に置かれているコードレス掃除機を手に取り、そのスイッチを押した。一方の金髪の女性は、そわそわと落ち着かない様子でありながらも、指示通りに洗濯に取り掛かった。掃除機と洗濯機の、機械的な音が響く。




「……はあ、これで何度目だよ? お互いがライバルだからって、こうも頻繁に喧嘩されちゃあ、たまったもんじゃない」


 トントントンとリズムよく大根を包丁で切る青年は愚痴をこぼした。




「今日もあなたの所為で怒られてしまいました」


 洗濯機のスイッチを入れ終え、居間へ戻って来た金髪の女性が溜息混じりに不満を吐く。


「何を言うか? そもそもはお前が原因だろうが」


 掃除機を使っている銀髪の女性の耳に彼女の言葉は届いていたようで、負けじと言い返した。


「……まだやってるんですか? ええいっ!! 二人とも、今日の朝ご飯は味噌汁だけ!!」

「そ、そんな!?」

「あ、謝りますから、許して下さい!!」


 二人の女性の懇願や謝罪も空しく、二人の朝食は本当に味噌汁だけになった。




 男一人と女二人で同居生活を営む集団など、世界中を探せば、何処でも、いくつも見つかるだろう。しかし、この家のようなケースは、この世界で唯一無二だと断言できる。


――この家に住む二人の女性はともに異世界人であり、魔女と聖剣士なのだから。





1話あたり、3000文字を超えないようにしたいと思います。

別作品の息抜きのようなつもりです。

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