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第4話 十字架

「ジェイ。少しの間だけ、執務室を出てもらえないか。アサトと二人きりになりたいんだ」


「私が見ていなくても大丈夫ですか?」


「大丈夫だろう。ジェイは余の命令を素直に聞くからな。ジェイ! 執務室の前で待っておれ」


「わかった」

 ジェイは返事をすると、言われるままに執務室を出た。


 執務室はウラトとアサトの二人きりになる。


「先に失礼します、ウラト様」

 まず、アサトが口を開いた。


「なんだ?」

 それを受けて、ウラトが聞き返す。


「彼奴の力はあまりにも巨大です。今は大人しく従っております。しかし、我らに手向かうようであれば、ひとたまりもありません」


 アサトの顔つきは深刻であった。


「オマケに、彼奴は何を考えているのか、まるで検討がつきません」


「ふむ……」

 ウラトは考え込むように、顎に手を当てた。アサトの方を見ると、相変わらず深刻そうな顔をしている。


「……それともうひとつ、気になっていることが」

 アサトは躊躇いがちに答えた。

「なんだ」


「彼奴は、あの娘のことを『彼の妹』と言っていました。どうも引っかかるのです。妹はともかく、()とは……」


「その事か」


「ウラト様…………彼奴は何者なのですか?」


 アサトはウラトを真っ直ぐな目で見た。しばし、その場は静寂に包まれる。そんな中、ウラトが沈黙を破った。


「……いずれ、話すことになろう。だが、今は、そのときではない」


 ウラトは重々しい顔をしていたが、次第に、薄ら笑いになっていく。

 そして、こう口走った。


「もし、余が、余以外の別の()()()になっていたら、そのときは、心の臓に杭を打ち込んでほしい」


 アサトは仰天した。

「何かあったら殺せ、ということではないですか!? 何故、そのようなことを……」


 驚きのあまり、アサトは目を丸くしている。それを見て、ウラトはこう答える。

「今は、大丈夫だ。今はな。安心しろ。それにこれは、杞憂になる可能性の方が高い」


 ウラトは、相変わらず薄ら笑いだったが、次第に真顔になっていった。

「エリに手をかけるような真似をするのであれば、死んだ方がマシだ」


「アサト、この話はここまでにしよう。アサトに試してほしいことがある。」

 ウラトは話題を変えた。


「試してほしいこととは?」

 アサトはウラトに伺う。


「先ほど、『彼奴の力は巨大だ』と言っておったろう。それに対しての手立てだ」

「手立て?」


「例のブツをジェイの前に突きつけてほしい」


「例のブツ、と言いますと……」


「余はアレを見ると力が抜けてしまうのは知っておろう。奴は、自分の事をヴァンパイアがベースになってると言っておった」


「その事と例のブツとは何の関係が?」


「うむ。余は『無名経典』によって更に力を得たのであるが、そのせいか、余はアレに弱くなってしまった。もしかしたら、ヴァンパイアは『無名経典』が絡むと、アレに弱くなるかもしれぬ」


「成程、それが()()()なのですね……かしこまりました」

 アサトは一礼をし、その後でレイハから『例のブツ』を渡された。



***

 ――三日後、少女は目を覚ました。


 目を開いたら、見たことの無い光景が広がっている。少女は身体を起こし、辺りを見回す。


「目を覚まされましたか」

 声をかけたのはレイハだった。

「申し遅れました。私はスメラギ=レイハと申します」

 レイハは少女に頭を下げる。


「ええと、ここは……」


「ここはイハラ=ウラト様のお宅となります。あなた様は気を失っておりましたので、こちらで手当てをした、という訳です。

 とはいえ、当方のしたことといえば、寝床を提供したくらいですが」


「あ、ありがとうございます。私は、コフタ=カナといいますっ」


 目を覚ましたばかりで見慣れない場所にいたのと、なにより、初対面の人の前だ。カナは緊張を隠せない。


「コフタさん。当方はあなたのことは存じております。ですが、心配には及びません。危害を加えるつもりはございませんので」

 カナは自分の正体が知られているということに、驚きを隠せなかった。


「ですが、体のお加減のこともあります。しばらくは、ここの中で過ごしていただくことになろうかと」

 正体を知っているのであれば、尚更世に放つ訳はないだろう。

 そう考えたが、不思議と恐怖心は湧いてこなかった。


 正直なところ、レイハの言ってることは話半分だったが、敵意や恐怖心は感じられなかったからである。


「えーと、こんなことを言うのは厚かましいかな、と思われても仕方がないのですが……」

 カナは、決まりが悪そうに声を漏らした。


「何か、食べるものはありますか?」



 レイハに連れられて食堂に来たカナだったが、そこにはジェイとアサトがいた。二人はそれぞれ席に着いている。

 思いもよらぬところでジェイと再会したせいか、カナは動揺を隠せない。


 そんなカナに対し、アサトは和ませようとして改めて挨拶した。


「スメラギから説明があったと思うが、怖がるな、という方が無理があるな……でも、何度も言うようだけど、我らは危害を加えるつもりは無いから安心してほしい。

 私はオオガミ=アサト。で、この男がジェイだ」


「よ、よろしくお願いします」


 たどたどしく挨拶するカナに対し、ジェイはこう言った。


「カナというのか。確かにリリーにそっくりだ。ところで、妹ってなんだ。妹というのは『同じ肉親から産まれたメスの子供』というのはわかるのだが、何故、彼はそのことを重視するのだろうか。近親交配は遺伝子的にデメリットがあるから避ける、というのはわかるのだが」


「コフタ、申し訳ない。ジェイというのはこういう奴なんだ」


 レイハは「こちらへどうぞ」と言いながら、カナを席に案内する。言われるがまま、カナは席に着いた。


「ところで、コフタさん。うどんがあるのですが、それでよろしいでしょうか?」

席に着いてしばらくしたあと、レイハはカナに尋ねた。


「あ、ありがとうございます」


「あと、なにか食べられないものとかございましょうか?」


「食べられないものはないです。そもそも『食べられるのか』どうかがわからなくて……あ、申し訳ありません。せっかく作っていただくのに……」


「いえいえ、お気になさらずに。ジェイさんにもお作りいたしましょうか?」


「いや、作らなくてもいい。こっちで用意したから」

 レイハはジェイに尋ねたのだが、代わってアサトが答えた。アサトは、机に菓子パンがいくつか入った袋を置く。ジェイは袋からクリームパンを取り出した。


「スメラギ、以前、ペペロンチーノを作ってたが、このときジェイが何を言ったのか覚えてるか?」


「あれはペペロンチーノというのか。確か小麦で作られてる紐に、油を絡めたものだったな。そこまではいい。

 なんで、刺激物と臭気が強い物を入れるんだ。あれを入れたら、食べられなくなる。あれは食物ではない」


「だから作らなくていいと言ったんだ」



 キッチンへ向かったレイハは、かけうどんを作る。かけうどんを適当な器に入れると、カナの席へ運ぶ。

 レイハは「おまたせいたしました」と言いながら、カナの前に置く。置いたあと、レイハはカナの隣の席に座った。


 カナはかけうどんを注意深く見つめる。しばらくそうしていたが、意を決したかのように、箸を器の中に差し入れた。そのまま麺を掴みあげ、麺を口元に持っていき、すすった。

 カナは麺を味わうように、時間をかけて咀嚼そしゃくする。


「お味はいかがですか?」

 レイハが尋ねた時、カナの目から涙が出てきた。


「申し訳ありません。お口に合いませんでしたか?」

 カナは首を横に振った。


「ごめんなさい、違うんです。うどんが食べられたのが嬉しくて……私、ヴァンパイアだったでしょう。血しか食べられなかったから……」


 感極まったカナは、神に祈りを捧げた。

「神様、ご飯が食べられるようになりました! 感謝します」


 一方、ジェイは、クリームパンを食べ終え、袋から次に食べるメロンパンを取り出そうとしていた。


 ゴッ!


 カナが祈りを捧げた瞬間、机に鈍い音が響いた。ジェイが机に突っ伏したのだ。


「なんだ、一体、耳が、頭が痛い。何が起こったんだ」


 ジェイは耳を両手で塞いでいた。顔は相変わらずの無表情だが、苦しんでいるようだ。


 それを見たアサトは懐から十字架を取り出し、ジェイの前に掲げた。


「ジェイ、これを見ろ」


 十字架を見たジェイは椅子からひっくり返り、床に転がり込んだ。


 それを見たカナは顔に困惑の表情を浮かべる。

「お祈りも十字架も、ジェイさんを苦しめるためのものじゃないのに!」

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