第29話 Aggressive Perfecter
――午前九時三十分。ミドリ製薬の本社ビル。
今日は穏やかな陽気である。社員たちはいつものように、各々の持ち場で働いていた。
ドッガアァン!!! バキィイィン!! グシャ! バリバリ……。
突如、フロア内に轟音が響き渡る。車が突っ込んで来たのだ。車はフロアの壁に激突する。車は壁にめり込み、動かなくなった。
「なっなんだ!?」
「キャー!!」
フロアは一瞬にして、パニック状態に陥る。
「おはようございます」
車から運転手が出てきた。窓ガラスやガラスドアは割れている。車は大破していたが、事故を起こした当人は怪我ひとつない。
運転手はサトシであった。その場にいたものは一斉にサトシに目を注ぐ。
「長いこと無断欠勤してたもので。もしかしたらとっくにクビになってると思うんですけど」
サトシは訝しい眼差しを向ける人々に、笑顔を向ける。
騒ぎを聞きつけ、警備員が駆けつけてきた。あっという間にサトシは囲まれる。警備員はサトシに銃口を向けた。
「動くな!」
辺りに緊張感が走る。そんな中でも、サトシは動じることなく、笑顔を絶やさなかった。
「ハハハハハ!」
サトシは、笑いだした。同時に、サトシの身体に異変が起こる。
まず、左頭部から角が一本生える。次に右の背中から、巨大なコウモリのような羽根が生えてきた。羽根が生えた衝撃で、上着が破ける。それと同時に、肌は赤く変色する。
右手の爪は硬く鋭くなり、左手はガトリングガンに変形した。
サトシの変貌を見たもの全員がたじろぐ。
「……僕の体に何が起こったんだ? まあ、いいや」
サトシは左手のガトリングガンの銃口を、警備員に向けた。
ダダダダダダッ!!!
轟音と共に弾丸が発射される。
ズガガガッ!!
銃弾は全て警備員に命中した。警備員は一瞬にして肉片に変わる。辺りは血の海と化す。銃弾は、壁やドアも穴だらけにした。
「ハハハハ! こいつはいいや。着込んでるから目で撃つと弾かれちゃうし」
眼前の血の海はサトシが生み出したものである。その光景を前に、サトシは笑っていた。
『やり過ぎではないか』
目の前の光景に対し、ジェイは口を挟んだ。
「やり過ぎってなんだよ。今更怖気付いたのか?」
サトシは呆れたように返す。
『破壊力が過剰だ。力がコントロールできていないのではないか』
「うるさいな。どうせだったら派手にやった方がいいだろ」
『過剰というより、無駄が多すぎる。それになんで、羽根と角まで生やす必要がある。羽根は片翼しかないから飛べないし。私だったら――』
「だからうるさいんだよ! 畜生! お前なんか無視すりゃよかった!」
サトシがジェイとやり取りしている間に、新手の警備員が現れた。サトシは銃を構える。
「社長は何処だ! 死にたくなきゃ、とっとと出しやがれー!!」
サトシは叫びながら、銃を乱射した。
**
――同時刻、伊原邸。
「セントウダさん」
カナはドアをノックしたものの、返事がない。
「……失礼します」
カナは部屋のドアを開ける。そこにサトシはいなかった。
「セントウダさん、どこに行ったのかしら……」
カナは屋敷内を探したが、見つけることはできなかった。途中、レイハの姿を見かける。カナは声をかけることにした。
「すみません。セントウダさん、見ませんでしたか?」
「見ておりませんね。なにか、あったのですか?」
「ええと、セントウダさん、いなくなっちゃったみたいなんです」
「そうでしたか」
それを聞いたレイハは考え込むような素振りを見せた。
「心当たりがあるんですか?」
「心当たりというか……そういえば、私はウラト様に頼まれて、セントウダさんに車の用意をしました。それが、最後に見たセントウダさんですね」
「えぇ」
カナは絶句した。これから取り返しのつかないことが起きるに違いない。カナはそう直感した。――残念ながら、取り返しがつかないことは既に起こっていたのだが――。
これ以上血は見たくないのだ。こんなことを許していたら、血は止めどなく流れ続けることだろう。
「こうなったら、もうアレを使うしかないのかしら……」
カナはエリの元に向かう。その足取りは重かった。
***
――ミドリ製薬本社。
サトシの襲撃により、ミドリ製薬本社はパニックに陥っていた。
サトシの元には重武装した警備員が続々と現れる。しかし、サトシは怖気付くことなく左手のガトリングガンで次々と警備員を肉片にしていった。
「ミドリ製薬の武装警備員。話は聞いてたけど、こんなにいたんだな。知らなかったよ」
日本においては、海運会社ではない企業が武装警備員を持つのは法律違反だ。いくら黙認されているとはいえ、大っぴらにしたらそれこそ大問題となるだろう。
サトシ所属の特殊総務部もまた暗部に属する部署だが、管轄が異なる。それ故に交流もないので、サトシでもよく知らなかったのだ。
『認識阻害がないと、ここまで手間取るのか』
サトシが武装警備員の相手をしたあと、ジェイはぼやくように言う。
「悪かったな」
『こんなことしてたら、社長が逃げ出す』
「わかってるよ!」
いちいち武装警備員の相手をしている場合ではない。そんなことはわかっている。サトシはジェイの発言も相まって、余計苛立っていた。
サトシは辺りを見回す。誰もいないことを確認すると、ズボンのポケットに入れたスマホを取り出した。
「部長、社長がどこにいるか、わかりますか?」
『社長は屋上に向かってるんじゃないかな。ヘリ使うみたい』
「ヘリですか……」
『ところで、今何階にいるの?』
「3階です」
『3階か……こっちの方で、エレベーター使えるようにしておくから』
エレベーターは、サトシの襲撃により、緊急停止している。
コウゾウは特殊総務部に配属される前は、システムエンジニアだった。だから「動かし方」を知っているのだろうか。――サトシはあえて触れないことにした。
『ヘリの方も、なんとかしておくから』
「重ね重ね、ありがとうございます。では」
サトシは通話を切り、エレベーターで屋上に向かった。
――数時間前。サトシが車で、ミドリ製薬に向かう途中のことである。
「……部長は、僕の新しい番号知ってるって言ってたけど……」
なんでも何者かが、コウゾウに新しい番号を教えたとの事だ。ウラトが言っていたので間違いはないだろう。でも、いや、だからこそ、不安感が拭えなかった。
「ダメ元だ。かけてみよう」
サトシは車を適当な場所に止めてから、コウゾウに電話をかけた。
『はい、フジノです』
繋がった。サトシは安堵する。
『セントウダ君だね。生きてたのか。よかったよかった』
安否不明の部下からの電話に、コウゾウも安堵した。
「部長、お久しぶりです。申し訳ありませんでした。長期間の不在でご迷惑をおかけしました」
『なんで謝るの。不可抗力でしょ』
「そう言っていただき、ありがとうございます。今から会社に伺います」
『ところでセントウダ君、どこから電話してるの?』
「車の中です」
『……大丈夫なの? 今、日が高いんだけど』
「色々ありまして、日に当たっても大丈夫な体質になりました」
『そうなんだ。それはよかった』
コウゾウはあえて言及しない。
「それで、部長にお願いがあるんですけど」
『うん? 何?』
「社長に会いたいんです。それで、部長の方でも協力してほしいんですけど。無理にとは言いません」
コウゾウは一瞬黙り込んだ。
『えーっと、セントウダ君は、社長と面識があったっけ?』
「いえ、ありません」
『じゃあ、どうして会いたいと?』
「話したいことがあるんです。できれば二人きりになりたいんですが」
コウゾウはまた沈黙した。
「申し訳ありません。勝手なことを言って」
『うーん……ちょっと待ってね』
コウゾウは少し考えた後、サトシにこう告げた。
『いいよ、協力してあげる。ただし、僕ができることならね』
「ありがとうございます!」
サトシは電話を切ると、再び車を走らせた。




