第15話 死
「――こちら、ジェイと共に、スロートバイトの取引場を潰して来ました。そこは、ヴァンパイアの溜まり場にもなっていたようです」
アサトはジェイと共に頼まれた仕事を終える。すぐさま伊原邸に戻り、ウラトに報告した。
「そうか、よくやった。だが、こちらにも残念な報告がある。オグマ=ヨウヘイがやられた。共に居た組員も全滅したようだ」
「……そうですか」
「だが、大きい取引場を潰したのだ。ヴァンパイア共、しばらくは大人しくしておろう。そして、今度はリュウザキを潰す気だ。
なので、ジェイを、リュウザキの元に向かわせる」
「しかし、オグマには吸血痕があったそうです。ということは、ジェイの認識阻害は通用しない可能性があります」
「前にも言ったろう。認識阻害はオマケみたいなもんだと。そもそも、余等でさえ息の根の止め方を知らんのだぞ。そんな奴をどうやって倒すつもりだ」
「しかし、ウラト様。奴には致命的な弱点があります」
「弱点ねぇ……まさか『アレ』が効くとは思っとらんだろう」
「ですが、万が一、ということはあります。私が恐れていることは、奴の力が向こうに渡ることです」
「ふむ……」
ウラトは、しばらくの間、思案する。
「フハハハハハ」
突然、ウラトは笑いだした。
「奴を餌にするか! それはそれで、面白いことになりそうだ」
「ウラト様、笑い事ではありません。それこそ避けねばならぬことでは……」
主人が突飛なことを言い出したので、アサトは困惑を隠せない。
「アサト、余が行き当たりばったりで動いていると言うのか? 前にも言ったろう『他に手は打ってある』と」
空元気などではなく、本当に「他に手は打ってある」のだろうか。もっとも、部下を安心させる為のフカシだとも考えられなくはないが。
アサトはウラトの考えが、まるで読めなかった。
――ミドリ製薬研究所。
「部長、昨夜僕達が『オニキス』で仕事をしてた時に、人体爆発事件が発生したという話ですが」
サトシは研究所内のパソコンから、コウゾウにリモートでやり取りをしていた。
『その話ね。きっと俺達が『オニキス』に行くっていうタイミングを狙ってやったんだろうな』
コウゾウは溜息をつく。
「部長、現場の監視カメラの映像って見せて貰えますか?」
『わかった』
コウゾウは監視カメラの映像を送る。それには、惨たらしく人体が四散している様が写っていた。
『……いつ見ても酷いねこれ……』
コウゾウは、仕事で見る機会が多いからか、死体には慣れているつもりだった。そんなコウゾウであっても、この映像は目に余るものだ。
『セントウダ君、どう? なんかわかった?』
「部長、コウモリです」
『コウモリ?』
「コウモリが、大量に身体の中から出てくるんです。それこそ人体が爆散四散するくらいに」
『コウモリ? そんなの全く見当たらないけど……』
「もしかしたら、僕だけが見えているんでしょうね。とはいえ、部長にも人体爆破という事実は見えている。十中八九、こいつが原因でしょう」
『ところで、誰が、そんなおっかないことしてるの』
「そいつも写っています。金髪で、黒いスーツを着ています」
コウゾウはまじまじと映像を見たが、サトシの言う人物を見つけることは出来なかった。
『うん、見えないね』
「わかりました」
『……原因はわかったけど』
「無理です」
サトシはキッパリと答えた。
「原因を取り除けって言うんでしょう。だから無理です。僕も、爆散四散するのがオチです」
『……君の言いたいことはわかるよ。でも、一応原因がわかったことだし、上に報告するからね』
コウゾウは力なく答えた。
ウラトから「ジェイを龍崎の家に送り込め」という命令を受け、アサトは車に乗り込んだ。当然、ジェイも一緒である。
車を走らせ数分後、目的地に到着した。龍崎宅だ。庭付きの一軒家だが、周囲に溶け込んでいる。
自宅前に車を停める。車から降りると、アサトはインターホンを鳴らす。ゲンジロウはそれに応答すると、アサトを招き入れる。ジェイは、アサトの後をついていった。
「イハラさんとこの応援ってあんただけか?」
ゲンジロウはアサトしかいないのを見て、不満を漏らす。
「ジェイ、リュウザキさんに姿を見せてくれ」
「わかった」
ジェイはアサトに言われるまま、ゲンジロウに対する『認識阻害』を解いた。
「あんた、いつからそこにいたんだ?……もしかして、前に、オグマが言ってたやつか?」
「そういうことになるのだろうか。ヨウヘイと、何の話をしたのかわからないが」
「襲撃者の対応は、ジェイだけで充分でしょう。無闇に加勢すれば、かえって死人が増えます」
「アサト。ウラトから『私の監視』を命じられていたのではないか。私だけ行かせるようなことは、度々あったが。今回の場合、私の元から離れることになるだろう。それは、命令違反にならないのか」
「自分から、監視されたがるやつがあるか……」
アサトは呆れてしまった。
「何事にも例外はある。今回は、相手が私の姿を認めたら、逃げ出すかもしれないからだ」
向こうは、伊原家が動いていることは承知しているだろう。だが、自分は主人と――首謀者ウラトと――最も近しい関係にあるのだ。
シッポを掴ませるような真似は、避けた方がよい。そう、主人は判断したというわけだ。
ただ、ゲンジロウがいる手前、そこまでは言わなかったが。
「お待たせしました。私が、リュウザキさんを安全な場所にお連れいたします」
「そうか。じゃ、頼んだぞ」
ゲンジロウは、アサトの提案に承諾した。
「しばらくしたら、オグマを殺した奴が来るはずだ。ジェイ、そいつを始末しろ」
続いて、アサトはジェイに命令を下す。
「わかった」
「言っておくが、そいつには『認識阻害』は通用しない。お前の場合、関係ないだろうが」
アサトは出る前に、一言、付け加えた。
「ジェイと言ったな。俺からも頼む。必ず、始末してくれよ」
続けて、ゲンジロウが訴えた。
「そうか。わかった」
ジェイの返事を聞いたアサトは、ゲンジロウと共に、家の前に停めた車に乗る。そのまま、車を走らせた。
ジェイは一人、龍崎宅の庭に残った
コウゾウもまた、サトシと共に車で龍崎宅に向かう。
「リュウザキはもういないでしょう。僕は、金髪黒スーツにミンチにされるんです」
「そういう話、やめようよ」
コウゾウは笑顔を作ろうとしたが、顔が引きつっていた。
「ミドリ製薬にしては、いい厄介払いじゃないですか。だって僕は――」
「セントウダ!」
コウゾウはサトシを制止した。険しい顔になったが、すぐさま笑顔に戻る。
「これは仕事だから仕方がない。でも、俺はミンチになって欲しくないよ……だから、無理しないで。逃げていいから」
「逃げてたらこんなところにいません」
「だよね」
龍崎宅周辺に着く。コウゾウは、目的地である龍崎宅から少し離れたところに停車する。ここでサトシを下ろした。
「終わったら、連絡頂戴」
コウゾウは、車でその場を後にした。
「……期待させないでください、部長」
サトシは、小さくなっていく車を見送った。
――数時間前。
「セントウダ君。今夜、龍崎宅へ行ってこいって。リュウザキを、始末してこいってさ」
「人体爆発の件は報告したんですよね?」
「報告したら、これ渡された」
コウゾウの手には、木製のロザリオが握られていた。
「なんですか? これは」
「コウモリが見えるって言ったからかな」
「ふざけんな!」
サトシは怒りを顕にした。
「あはははは」
「部長! 笑ってる場合ですか!!」
実質、ミドリ製薬は匙を投げたということだ。サトシが怒るのも無理はない。わかってはいるのだが、コウゾウには、笑うことしか出来なかった――。
「――なんで、僕は、こんなのを持ってるんだろう……」
サトシは、ロザリオを手に取って眺めていた。程なくして、それを胸ポケットにしまい、歩き出した。
***
ジェイは一人、龍崎宅の庭で待機していた。サトシは、遠目から、ジェイの姿を確認する。
「フッ、ハハハハ……」
サトシは、つい吹き出してしまった。言った通りだ。リュウザキはもういない。
代わりにいるのは、金髪の黒スーツ。自分はこれから、殺されに行くのだ。サトシは、笑うしかなかった。
サトシは、徐々に龍崎宅に近づく。ジェイはまだ、動かない。
「なんで奴は動こうともしないんだ……どっちにせよ、やるしかない!」
刹那、サトシの目にターゲットマークが浮かび上がる。「パンッ」という発射音と共に、ジェイが倒れた。
「やったか!?」
サトシは、ジェイの様子を確認するため、龍崎宅に入る。門は、空いていた。
サトシが庭に入ったとき、ジェイは、倒れていた。銃痕から、血がとめどなく溢れる。流れている血は、次第に、コウモリに変化していった。
「まずい!」
サトシは、次から次へと湧いてくるコウモリを撃ち落としていく。
「私が見えるのだな。あなたが、ヨウヘイを殺したのか」
ジェイはすくっと立ち上がる。銃痕は跡形もなくなっていた。
「あなた、ヴァンパイアか。私は『ヴァンパイアは始末しろ』という命を受けている」
ジェイは一瞬、姿を消す。姿を表した瞬間、サトシに殴りかかった。
サトシは、辛うじて避ける。避けられたが、鋭い一撃であった。発生した衝撃により、吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
サトシはよろめきながら、なんとか体勢を整えようとする。ジェイは、追い打ちをかけるようにサトシに迫った。
そのとき、ロザリオがサトシの目に飛び込んできた。胸ポケットにしまったものが、地面に落ちたようだ。サトシは、とっさに拾い上げる。
「畜生! こんなもん!」
サトシはロザリオを、投げ捨てようとした――。
その瞬間、ジェイの動きが止まった。そして、その場に崩れ落ちた。
「え?」
サトシはロザリオを見る。続いて、その場で倒れているジェイに目を向けた。
「え? もしかして、これ、弱点だったの?」
これが、今までの惨劇を引き起こした張本人の幕切れだと。あまりにも呆気ないではないか――。
「アッハハハハハ!!」
サトシは、ひとしきり笑う。存分に笑ったあと、ジェイに近づいた。
「それにしても、驚いたよ。まさか十字架が弱点なんて」
サトシは、ジェイの髪を掴んで顔を上げさせた。
「でも、あんた強いよね……あんた吸ったら、どれだけ強くなるかな?」
今のジェイは、指一本動かすことさえままならない。まさに、死に直面しているような状況であった。それでも、眉一本動かさなかった。
「自分がどういう状況か、わかってる? まぁいいけどさ。どうせ、死ぬんだし」
「私は死ぬのか? 死んだらどうなるんだ?」
死ぬ間際にして、悠長な事を言い出した。呑気か。サトシは思わず、呆れ返ってしまった。
「これから、教えてあげるよ」
サトシは、ジェイの喉に牙を立てる。
ジェイは一瞬、目を見開いた。次第に瞼が落ちていく。
その次に、身体がコウモリに変化していった。コウモリは次々と消えていく。そして、完全に消滅した。
それを見届けたサトシは、コウゾウに電話をかけた。
「――部長、人体爆発事件の犯人を始末しました。回収をお願いします」




