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第12話 姉妹

 ウラトの計らいにより、カナは、エリの元でお茶をすることになった。カナはエリから出された紅茶を飲む。空になったカップを卓に置くと、こう切り出した。


「エリさん、お話したいことがあれば遠慮なくおっしゃってください」


 それを聞いたエリは、気持ちを落ち着かせるように、一息置く。しばらくして、こんなことを尋ねてきた。


「カナさん、ウラト姉様のことをどう思われますか?」


 思いもよらない台詞が飛んでくる。カナは思わず狼狽えてしまった。


「えーと、私はそんなにお話してないので、どう思うかって言われたら、ちょっと答えにくいんですけど、でも、洋服のお金を出してくれたり、ここに置かせて貰ってるので、悪い人じゃない、と思いますっ」

 失礼のないように、カナなりに言葉を選んで

話す。


「こんなことを聞かれても困りますよね。そう、姉様は悪い人じゃない……それに、姉様がヴァンパイアになったのは、私のせいなの」


「ええっ!?」

 エリの告白に、カナは思わず声を出してしまった。


「ご、ごめんなさいっ。つい……」


「いいんですよ。驚かれるのも、無理はありませんから。

「……ところでカナさん、姉様と私はいくつくらいに見えますか?」


 突如、年齢を尋ねてきたエリに対し、カナは困惑を隠せない。

 ウラトとエリは、カナからしたら、少し上のように見えた。

 ただ、エリはともかく、ウラトは、妙に肝が座っているようなところがある。振る舞いにいたっては、年齢不相応だ。


 でも、カナは「女性に年齢を尋ねるのは失礼だ」と聞いていた。はたして、ズバッと年齢を言っていいのか? なんと答えていいのか分からず、黙り込んでしまった。


「こんなことを聞いてごめんなさいね。ただ、私たちは、見た目よりも、ずっとおばあちゃんなんです」


 エリは遠くを見るような目付きになり、こんな話を始めた。



***


 「――あれは、いつ頃の事だったか。


 昭和になってから12年が……昭和じゃなくて、1937年と言った方がわかりやすいでしょうか。

その時です。突然、私の頭の中で、声がしました。そうしたら、急に意識が無くなって……。


 意識を取り戻した時、私はベッドの上です。そんな私を、姉様は、不安と安堵が入り交じったような、そんなお顔で見ておられました。その顔は、今でも、忘れられません。


 それからというもの、お手伝いさんがよそよそしくなりました……悪霊に憑かれた、とでも思ったのでしょうね。あながち間違いでもないんですけど。


 後で、お医者様に見てもらったのですが、なにも異常はありません。私は大事をとって、家の中で静養することになりました。


 ある日、私のお見舞いに、トウドウ=タカアキさんという方が来られました。

 ちなみに、この方は、姉様の許嫁です。


 トウドウさんは、私の身に起こったことを知りたがりました。ですので、分かる範囲でお答えいたしました。


 するとトウドウさんは、私に向かって『この娘に現れし『無名経典』よ! もう一度顕現せよ!』と叫びました。私はまた意識を失いました。


 戦火が激しさを増していく中、軍人であるトウドウさんは『エリをハルビンに連れていく。エリの力は日本に勝利をもたらすものだ』といって、私を連れていくことにしました」


「ハルビン?」

 聞きなれない単語が出てきたので、カナは口を挟んだ。


「ハルビンというのは、中国の黒竜江省というところにある都市です」


「申し訳ありません。話を遮ってしまって……」


「ご質問があるなら、遠慮なく仰ってください。では、話を続けてもよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」

 カナの返事を聞いたエリは、話を続けた。


「ハルビンへの出発が、本格的に決まったときのことです。


 姉様は『私も、連れていってください。許嫁という立場ではありますが、遅かれ早かれ共に暮らすことになるのです。今だからこそ、苦労を分かち合うべきではありませんか。この時世です。もしもの事があったら、なんて考えたら……』というようなことを言いました。

 それで、姉様も、共に向かうことになりました。


 ついていったのは、許嫁だからというより、私のことが心配だったからでしょう。今はそう思えてなりません。姉様は、一言もそんなことをおっしゃいませんでしたが」


「えっと、すみません。ところで、なんでハルビンに行くことになったんですか?」

 カナは再び質問した。


「当時、ハルビンは日本軍が占拠していたのです。そこには731部隊がいました」

「731部隊……?」

 カナは言い淀んでいるように見えたので、エリは説明を始める。


「731部隊というのは、細菌を兵器利用するための研究を行っていた、日本軍の部隊のことです。そこでは、捕虜を使った人体実験が行われていました」


「人体実験!?」

 カナは、驚きの声をあげた。


「そうです。日本は戦争でそういうことをしていたんです」


「ごめんなさい。私、さっきから、話を遮ってばかりで……」

 質問ばかりしているせいで、話が進まないではないか。そう考えたカナは、エリに再度謝った。


「いえ、戦争のことは、カナさんも知らないといけないのです。先程も言いましたが、分からないことがあったら、遠慮なく仰ってください」

 エリは何時になく、毅然とした表情を浮かべた。


「トウドウさんが、ハルビンに向かったのは、そこでなら人体実験ができたからです。731部隊のように。

 といっても、トウドウさんが行っていたのは無名経典の研究でしたので、人体実験をやる必要性があるとは思えませんが。

 まぁ、それは、全容が明らかになった今だから言えることですけど……。


 無名経典は『何が起こるか分からない』、だから、『マルタ』で試した、ということでしょうか。どっちにせよ、許されることではありません。


 ちなみに『マルタ』というのは、被検体にされた人達のことです。マルタにされたのは当時、敵として戦った中国人が多かったようです」


 カナが、質問ばかりしていることから『マルタ』のことを知らないとふんだのだろう。エリは説明を挟んだ。


「トウドウさんは616部隊を編成し、そこで無名経典の研究を行っていました。


 日本の敗戦が濃厚となると見るや、証拠隠滅の為に、施設や証拠となる物を焼き払いました。そして、マルタと呼ばれた人たちも、一人残らず殺されました。


 さらに、研究対象そのものである私も殺すという話になりました。

 その時です。姉様は、軍が密かに持ち出そうとした薬を飲み、ヴァンパイアになりました。


 それから無名経典を開き、私を殺そうとした軍人達を、皆殺しにしました」


 凄惨な話であるにも関わらず、エリは淡々と語っている。カナは、息を飲んで聴いていた。


「そこには、オオガミ=トモオさんという方がいらしたのですが、オオガミさんは、私を殺すことに反対しておりました。


 姉様が無名経典を開いた時、オオガミさんは、狼になり――厳密に言うと、ウェアウルフというそうですが――すぐさま、姉様に従い、軍人達に手をかけたようです。


 ちなみに、話にでてきたオオガミさんという方が、マキさんとアサトさんの曾お祖父様になります。

 その後、姉様と私は、オオガミさんと共に、なんとか日本に戻ることができました 。


 その後のことは……姉様は『お前は何も心配しなくていい』の一点張りです。あまり多くをお語りになりません。


 ……お話は以上です。なにか、ご質問はありますか?」

 エリはにこりとした。その微笑みは、とても、壮絶な過去を語った後には見えない。


「ご質問ですか、ええと……」


 カナは何を聞くべきか、思い悩んだ。というのも、エリの話があまりにも壮絶で、飲み込めなかったからである。


 しかし、エリは「質問はあるのか」と聞いているのだ。ここはむしろ聞かないと失礼ではないだろうか。カナは必死になって、エリの話を反芻する。


「そういえば、イハラさんは薬を飲んだと言っておりましたが、その薬の名前、分かりますか?」


 反芻(はんすう)している時、カナはヴァンパイアになる薬の話をしていたことを思い出した。なので、そのことを尋ねてみる。


「薬の名前、ですか……その薬は、最重要機密扱いでしたので、存じなくて。それに、姉様も『深入りするな』の一点張りですし……お役に立てず、申し訳ありません」

 エリは申し訳なさそうな顔をした。


「いえいえ、気になさらないでください。それに、貴重なお話、ありがとうございました!」

 カナは深深とお辞儀をする。


「こちらこそ、ありがとうございました。久しぶりに誰かとお茶ができたから嬉しいです。……よろしければ、また別な日にお茶にお誘いしてもよろしいでしょうか?」


 エリからの思わぬお誘いに、カナは満面の笑みを浮かべる。

「ありがとうございます! その時は伺います。では、失礼します」


 カナは挨拶をし、エリに見送られながら部屋を出た。



***


「エリさんの言ってた薬、もしかして、私が飲まされたものと同じなのかしら……」

 カナは自分の部屋に戻る途中、エリが言っていた薬のことを考えていた。


「そういえば、『どうやってヴァンパイアになったんだ』て聞かれたような……『薬を飲まされたから』って答えたら、『そうなのか』って言ったような……」

 こんなことを思案していた、その時である。


『あんたさ、見てるだけでいいの? ま、アタシには関係ないけど』


 カナは、自分に向かって、語りかける声を聞いた。辺りを見回したが、誰もいなかった。


『急に話しかけてごめんね。でも、アタシは、カナの力になりたいんだ。といっても、戦うことしかできないけどね。なに、悪いようにはしないよ。アタシの助けが必要になったら、いつでも言ってね』


 再び声がしたが、やはり、周りには誰もいなかった。


「あなた、一体誰なの……?」

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