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秋空の下の金

作者: Sen

 ある日、何気なく天を仰いだ。そこには、深く、透明で、どこまでも広がっていそうな空があった。足を止めて一点を見つめ続けていると、なんとなく、それがひどく物寂しく見えた。そんな自分を、冷たく乾いた風が吹き抜けた。


 人々は口を揃えて「お金が欲しい」などと言う。自分からすれば、何故それほど金を欲しがるのか理解できない。父が大企業の社長の自分には、昔から金に困るようなことは無かった。だが、自分はそれが嫌で仕方がなかった。偉大な父を持つ自分は、その息子としか見られない。その上、金とは恐ろしい物で、そいつを多く持っているほど他人はその個人を見なくなる。それを思い知ったのは、たしか中学に上がったころだったか。その頃になると社会を知るようになり、自分の身の振り方を考えるようになる。そして、自分は言うまでもなく媚を売られる側の人間だった。あいつらは口を開けば褒め言葉、自分が何かを言えば肯定。薄気味悪くて、その作り笑顔の裏で何を考えているのかが見え透いてならなかったが、それを考えるのが恐ろしかった。それからずっと、自分に向けられた全ての言葉が、金銭やら地位やらの下卑たものから出来た偽物のようにしか思えなくなった。自分の心と人となりは、そんな物に塗りつぶされて、どんなものか忘れてしまった。


 父から会社を受け継いで三年。父の代で盤石の体制が整っていた会社で自分ができる事は、現状維持以外に何もなかった。父から会社を受け継ぐために多くのことを学んだが、それでも父の経営手腕には遠く及ばなかった。ただ虚しい日々が過ぎてゆく中で、唯一自分の心が安らぐ場所がある。そこは、なんの変哲もない街角にある小さなバーだ。今日も重い黒い扉を開けて中に入る。OPENと書かれた掛け札がカランと音を立てて揺れた。ちょうど二人の男が同じタイミングでバーから出ようとしたので、横に避けた。その二人は親しげに話していた。バーの中は物静かで、カウンター席が十個、間隔を空けて縦に並んでおり、広過ぎず狭過ぎないスペースをとっている。


 黒い木製の椅子に腰掛けて、様々な種類の瓶が並ぶバックバーに目を向ける。ただ、頼むものはいつも同じなので、この動作に意味はない。自分は酒にそこまでのこだわりを持っているわけではない。それでもここに来るのは、ここなら一人で静かにいられるからだ。ここにいると、社長だとか偉大な父の息子だとか、そんな肩書きから解放されて、自分という一人の人間でいられるような気がするのだ。マスターは自分が注文を言う前に、いつも自分が飲んでるもの、グレンフィディックのソーダ割りを差し出した。スラリとした体型のマスターはお辞儀をした後、整えられた黒髪をゆらしながら自分の前を去り、グラスを磨く仕事に戻った。彼は客に深入りせず、この落ち着いた雰囲気の中一人にしてくれる。それでいて、常連の好みや性格を覚えてくれている、バーのマスターの鑑のような人物だ。


 不意に溜息が出る。原因はわからない。ただ、自分が満ち足りた気持ちではないということはわかる。グラスに手を伸ばし、一口飲んでテーブルに置く。酒の味の良し悪しは知らないが、社交の場で作り笑顔を貼り付けながら飲む酒より、この酒の方が何倍も美味しいのは確実だ。そんな時、普段は寡黙なマスターがこちらに近づいて話しかけてきた。


「偶には他のものに挑戦してみてはいかがですか」

「しない。俺はこれで良いんだ。で、何の用だ。いつもはこんなことしないだろ」

「いえ、少し沈んだ顔をしていらしたので」

「ここに来る奴の大半はそんなんだろ」


 投げやりな自分の言葉に、マスターはゆっくりと首を横に振った。


「ここには悩みを持つ方もよく来ます。しかし、純粋にお酒を楽しむためにやってくる方のほうが多いですよ。さっきあなたがすれ違った御二方もそうです」

「そうか。適当言ってすまなかったな」

「構いませんよ。それでさっきの御二方なんですが、面白いお話をしていらしたんですよ。お聞きになりますか」

「どうせやる事もない。話してくれ」


 マスターは自分の返事を聞くと、ゆっくりと頷くと、聞き心地のいい優しい声で話し始めた。


「彼らは幼い頃からの親友でして、今でも同じ仕事をしているらしいんです。そんな長い仲ですので、二人はまさに相棒と言えるくらい息ぴったりなんです」


 親友、相棒、自分には縁のない言葉が耳に響く。若干不快に感じ、グラスの中を一口中に入れると少し苦い味がした。


「お互いを信頼する二人は、その友情を「黄金の友情」と呼んでいるらしいんです」

「黄金ねぇ」


 もしそんな友情を「黄金」というのなら、自分の持っている関係は、くすんだ色の金メッキを鉛に歪な形で貼り付けた、なんの価値もない醜いものだろう。


「どうかなさいましたか」


 自分のあからさまな態度が気になったのか、マスターは俺の顔を覗き込んだ。手に持ったグラスを置き、溜息を一つついて俺はこう言った。


「俺は黄金にそんないいイメージがない。あれは人の欲望と幸福を集めて食って、不幸を排泄する怪物だ」

「……すみません。言っている意味がわかりかねます」


 マスターは額を抑えて、困惑の表情を浮かべながらそう言った。そう、わからなくていい。わかっている人間は不幸な人間だ。


「彼らは黄金を永遠の象徴という意味で用いたと思うんですが、あなたは何か違うとでも?」

「その二人はそれでいい。さっきのはこっちの話だ」

「あなたのお話、興味があります」


 今日のマスターはよく話す。周りを見ると客は自分一人だった。そのせいだろうか。自分は自分のことを話すのはあまり好きではない。たが、今日のこの場所に限っては、吐き出したいことがあった。


「確かに黄金には昔から永遠の象徴っていうご大層な意味がある。ただな、そんなもんでいくら取り繕おうが、人が見ているのは、その輝く姿と価格だけだ。金のあるやつはそいつらを身に付けて、自分の価値を大衆に見せつける。だが、それはただ虚しい意味のない行為だ。そんな事をしていくうちに、自分の価値は黄金に食われていく。身につけた黄金に、自分は埋もれていく」

「まるで、実際に見てきたような物言いですね」

「俺がその一人だからな」


 俺の言葉を聞いて、マスターは驚いた。そういえば自分は社長だと言っていなかったな。そんな事を不意に思い出した。マスターは自分を落ち着かせるように深く深呼吸をすると、こちらに向き直ってこう言った。


「それは、辛かったでしょうね」


 マスターの顔は俺に同情しているように見えた。この話は他人には理解されないと思っていた。金を持っているのならそれで十分、他の物も求めるのは我儘だと自分自身でも理解していたからだ。それなのに、彼は俺に同情してくれている。自分には理解できない行動だった。


「心とは、どんな物よりも尊く、大切なもの。それを失くしてしまうのは、どんな事よりも悲しい事です」

「なんでマスターはそう言えるんだ。俺みたいな経験をしたわけじゃないだろ」

「そうです。しかし、こうしてお客様の話を聞いていればわかるのですよ。あなたのような顔をした人は、決まって社会の荒波にもまれて心が擦り切れてしまっているんです。逆に、あの御二方のような楽しげな人は、自分という存在をしっかり確立しているんです」

「それでも、俺の考えは我儘じゃないか」

「あなたは、望んでお金を手にしたわけでも、心を失くしてしまったわけでも無いでしょう。むしろ、私はあなたが理不尽な目に遭った可哀想な人に見えます」


 その言葉の後、しばらく沈黙が続いた。マスターは俺の言葉を待っているように見えた。自分は、体験したことのない感覚に襲われて、何も言えずにいた。生まれて初めてだった、心から同情されたのは。自分の心は、誰にも理解されたことがなかった。今まで出会った人間は全て、自分の肩書きと金に目が眩んで、誰一人として自分を見ようとはしなかったからだ。俺は、深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。


「ありがとう、とだけ言っておくよ」


 グラスを握って、ゴクゴクと一気に飲んで中を空にする。カランと氷が音を立ててグラスの中で踊った。そして、俺はマスターの顔も見ずに、代金を置いて足早にその場を立ち去った。外に出ると、夜風が冷たかった。街灯以外に明かりのない道の中、帰途につく。


「同情だけじゃ、満たされない」


 真っ暗な空の中に、少しだけ星が輝いていた。


 翌日の夜、自分は新事業の展開か何かの都合で、社交パーティーに参加した。ホテルの広間を貸し切って開かれたパーティーは大いに盛り上がったように見えた。自分は、たいして興味が湧かなかった。どうせいつも通り、事業は父の時代からの部下が取り仕切るだろうし、取引相手も、父に劣る自分になど興味ないだろう。パーティーは滞りなく進行した。そんな中、自分は何を話したか覚えていない。あの中で聞いた全ての声は、アナログテレビの砂嵐のように喧しかった。自分に向けられた声は全て、壊れた玩具が定められた音声をただひたすら繰り返すのと同じものだった。俺の周りの人間は、決して自分を見てはくれない。それならば、自分も相手を見る必要はない。そう思って、自分はそっと目を閉じた。そして、パーティーは盛況のまま幕を閉じた。


 数日後、俺はまたあのバーに行った。少し扉に手をかけるのが躊躇われたが、それでもここは自分が唯一落ち着ける場所だ。意を決して扉を開けて中に入る。中にはマスターの他に、ガタイのいい男が一人いた。彼は真ん中の席に座っていたので、自分は端の席に座った。

 マスターは何も言わずにいつものを差し出した。自分は、気不味くて顔を合わせられなかった。差し出されたグラスを手に取って一口飲む。少し、味気なかった。グラスの半分まで酒が減った頃、突然目の前にいつもと違う色の液体が注がれたグラスが現れた。顔を上げると、そこになんとも言えない表情のマスターがいた。


「お節介なら結構だぞ」

「いえ、あちらのお客様からです」


 マスターが目をやった方向を見ると、筋肉質な男が笑いながら手を振っていた。一体何者だと思考を巡らせる。こんな媚びを売るような事をするのは、俺を社長だと知っている人間しかいない。だが、いくら考えてもあの男の顔が出てこない。というより、自分の周りにはどう言う人間がいただろうか。その記憶が全て、靄がかかったようになっていたのだ。マスターは、酒を奢った男に呼ばれた。


「いやー、一度はこんな事してみたかったんだよな」

「そうですか。満足していただいたなら結構でございます」


 その言葉を聞いて、危うく椅子から転げ落ちそうになった。どうやらあの男は、ただの馬鹿だったようだ。考えて損した。深くため息をついて、グラスのもう半分を飲み干す。そもそも、ああいうのは異性とかにアピールする時のものだろう。興味も何もないくせに俺に構わないで欲しかった。


「おーい、お前も一緒に飲もうぜ」

「……え?」


 その言葉は完全に不意打ちだった。小学生以来だった。全く邪な感情がこもっていないセリフを言われたのは。収拾のつかない感情が湧き上がってくる。自分は目の前にあるグラスを手に取って一気に中身を飲み干した。辛くて舌がピリリとした。ドンと音を立ててグラスをテーブルに置き、冷静な自分を取り戻す。そうだ、自分が大企業の社長だとあの男は知らないからあんな事を言うのだ。俺の素性を知れば、あの男も他の奴らのように醜く媚びを売ってくるに違いない。


「俺に構うな」


 小声で捨て台詞を吐き、多めに金を置いて、自分はその場から立ち去った。自分が立ち去ろうとした時、あの男は何か言おうとしていたが、気にも留めなかった。


 一週間後、自分はまたこのバーに来た。今日は休みだったので、まだ外が明るい時に来れた。この前は、運悪くあんな男がいたせいで落ち着くことができなかったので、今回はそんなことがないように祈って扉を開けた。中に入った直後、聞いたことのある声が耳にこだました。


「おっ、これは奇遇だな」


 最悪だ。またあの男がいる。自分は一度もまともに会話した事が無いのに馴れ馴れしい事を不快に思い、彼を無視して離れた席に座った。マスターはいつも通りのものを出してくれた。その時、男が立ち上がって、俺のところに歩いてきた。自分は男に構わずグラスに口をつけた。


「なぁ、お前って社長だったんだな。しかも俺でも聞いたことあるくらいの大企業の」


 その言葉を聞いて、自分は顔をしかめた。その言葉は耳にタコができるくらい聞いたことがあり、頭にこびりつき、心に絡みついて離れない嫌な言葉だった。


「テレビで取り上げられてたのを見たんだよ。何を紹介してたかは忘れたけどさ」


 無視して飲み続ける。ほら見たことか、結局はこうなる。自分が社長だとバレたらそいつとは人間関係が築けなくなる。尻尾を振って、金魚のフンみたいにくっついてくるような人間との間にあるものは、友情とは程遠い、虚無に近い何かだ。


「にしても、お前ってちゃんと笑えるんだな。今はこんなしかめっ面なのによー」


 彼は笑いながらそう言った。なるほど、そういうタイプか。俺をからかったりして、他の奴らみたいに明確な媚びを売らず、自分は他のやつとは違うとアピールしてくる奴。そうやって思考を巡らせた瞬間、頭に強い衝撃が響く。ガッと歯にグラスが当たって、中身が顔にかかり、酒の匂いが鼻の中に広がった。自分は反射的にグラスをテーブルに置いて、顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「なっ、なにすんだコラーッ!」


 息を荒くして男を睨みつける。男は、そんな俺を見て腹を抱えて笑い出した。


「なんだよ、喋れるじゃねぇか」


 男は毒気のない笑顔を向けてきた。それを見て、自分は、彼が一体何を考えているのか分からなくなった。男の不可解な行動に対し、自分は冷静になろうとするが、頭の中は今まで感じたことのない感情が渦巻き、それどころではなくなっていた。


「さっきから俺を無視してさ、失礼だろうが」

「うるせぇ。どうせお前も俺を社長だと知ってすり寄ってきた意地汚いやつなんだろうが」


 俺が罵声を浴びせると、男はキョトンとした顔をして、首を傾げながらこう言った。


「そりゃ、お前の自意識過剰ってやつじゃねぇか」


 自意識過剰。初めて言われた言葉だった。悪口なんてこれまでの人生で数回しか言われなかった。ムカッ腹が立って、自分は勢いよく立ち上がった。


「じゃあ、なんで見ず知らずのお前が俺なんかに構うんだ。俺なんか社長の肩書き以外に何もない男だぞ!」


 男は叫び声に驚いた。しかし、息を荒くして俯く俺を見て、男は愛犬を愛でる飼い主のような優しい表情になった。


「理由か、まぁ教えてやってもいいぞ」


 男はそう言って代金を置くと、扉に向かって歩き出した。俺は黙ってついて行った。


 寒空の下、木枯らしが吹きつけてきて、俺は体を震わした。チラリと隣の男を見てみると、彼はこの寒さをものともしていないようだった。かれこれ五分くらい歩いているが、男はまっすぐ前を見つめるばかりで、一向に話す気配がない。痺れを切らして、俺は威圧するように睨みつけながら、低い声で話しかけた。すると、男はようやくこちらを向いた。


「話すならさっさとしろ」

「お前、怖い顔はやめろよ」

「はぐらかすんじゃない」


 俺が睨みつけると、男は観念したように両手を上げて首を横に振ると、一呼吸置いてから話し始めた。


「単純な話さ。お前がつまんなそうな顔してたからだよ」


 なんでもない事を話すように、彼はサラリとそんなことを言ってのけた。呆気にとられた俺は、目を見開いたまま男の方を向いたままになっていた。


「俺の話はこれだけだ。さ、お前の話を聞かせてくれ」

「は?俺はそんな気はないぞ」

「俺にはあるんだよ。俺はお前がなんであんな顔してたのか、なんでそんな捻くれた性格になったのか知りたい」


 枯葉が舞う。バーの近くの公園まで歩いてきたようだ。こんな寒い中遊び回る子ども達と、それを体を震わせながら見守る大人たちが見える。自分は深くため息をついて、上を見上げた。秋空の中、飛行機が飛んでいるのが見えた。


「端的に言ってしまえば、金と地位のせいだ。そいつらのせいで、周りの人間は俺を見なくなった。奴らの目に映ってるのは、俺じゃなくて、金だけだ」


 言葉にしてしまうと、なんと単純な事だろうか。たったそれだけに見えるが、俺にとってはそうじゃない。男は、それを聞くと少し考えてからこう言った。


「つまり、お前は友達ができなくて拗ねてるってことか」

「馬鹿にしてるのか」

「いやいや、そんな気はないって」


 男は両手をポケットに入れて笑った。こいつは俺の問題にまともに取り合ってくれるのだろうか。そもそも、男の俺に対する興味はどこまで本気で、何処に向いているのだろうか。


「お前はさ、地位や金とかを持ってるお前じゃなくて、一人の人間として自分を見て欲しいんだよな。それってつまりさ、友達が欲しいってことじゃん。だから俺はそう言ったわけ」

「だからって言い方があるだろ」

「まぁ待てって。俺が思うに、お前の考えは少し子供じみてる。そして、お前自身もそうだ」


 殴りかかりそうになったのを堪える。男の失礼な物言いに少しずつ慣れてきた。不思議なことに、この男の意見は少しだけ聞いてみたい気がした。


「人間の関心なんてもんは他人にまで及ばないんだよ。みんながみんなお前をみてくれるわけじゃない。それこそ、友達でもなけりゃな」

「そうかよ。で、俺のどこが子どもだって?」

「お前のそういうところだよ。周りをみんな自分の敵だと思ってる。育ちのせいもあるが、結局はお前がそこからどうするかだ。周りの人間がなんで自分じゃなくて、自分の持ってるものにしか目が向かないって考えたことはあるのか?」


 パリっと、彼は足元の枯葉を踏み潰した。粉微塵になった枯葉は、風に乗って姿を消した。そんな事は気にも留めずに、男は俺に目を向けている。そうか、この男は俺に説教をしているんだ。端っこでうずくまってじっとしてる、どうしようも無い自分を見かねて。


「考えたことも無い。俺がどうしたって」

「やったことも無い事を無理だって言うな」


 自分が言おうとした事を、男は遮った。俺は拳をぐっと握りしめると、乾燥して冷えた肌が引っ張られて痛みが走った。


「じゃあ、俺はどうすればいい」


 俺がそう言うと、男は待ってましたと言わんばかりに、満面の笑みでこう言った。


「友達作りから始めたらいい」


 男は立ち止まって、俺に手を差し伸べた。自分もそれに合わせて立ち止まる。あまりにも唐突な行動に戸惑いを隠せなかった。そんな中、男は俺を見つめたまま、何も言わずに立っていた。その男の目を見て、俺は自分のすべき事、いや、やりたい事が分かった気がした。俺は、そっと男の手を握った。


「友達第一号はお前……で、良いのか?」


 震える手を、彼は力強く握り返した。


「まぁ、及第点だな」

「なんだよ、そりゃ」


 再び俺たちは歩き始めた。いつの間にか日が暮れて、子ども達は姿を消し、子連れの大人の代わりに、スーツを着た仕事終わりの成人男性がベンチに腰掛けていた。


「そういや、お前は俺のことをどう思ってるんだ?俺はお前のことを失礼でバカな奴だって思ってるけど」

「友達になって早々その物言いかよ。でもまぁ、お前は面白い奴だと思うぜ。なんか、普通のやつとは違う思考回路とかさ」

「そうか、俺は面白い奴か」


 自然と笑みがこぼれる。こんな感情はいつぶりだろうか。再び空を見上げる。黄金色に染まった空は雲一つなく、とても澄んでいた。それが自分にはとても綺麗に見えた。

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