諦観と達観のスキマにて(第2話・最終話)
「時代は常に移り変わっているんだ」
モヒートビールに少し口をつけてから、僕が言った。金山は、僕が渡したコピー用紙の束を繰っては、何度も頷いていた。豊橋から貰った、『あおのさまよい』の分析データだ。結局、偽装投票を行っても、『あおのさまよい』は1位にはなれなかった。そのうえ、上位数作品が与えられる審査員賞、つまり出版の対象にも選ばれなかった。ほっとした、というのが正直な所だった。
「…謝罪を言わせてくれ」金山が言った。「すまなかった。結局、お前を巻き込んだに過ぎない結果になっちまった。俺がこんな事を言うのは珍しい事だと思うだろうし、実際に珍しいが、本心からそう思ってる」
珍しいというか、初めてだ。
「持ち掛けたのは僕だ」僕が言った。「そこはお互い様だろうな」
僕の言葉に、金山が、ああ、と言いながら笑った。
「普遍的な名作というのは難しいな」金山が言った。「価値観は多様化しているし、目まぐるしく流転している。確かにタピオカは流行を繰り返しているが、それが進化かどうかの議論は別としても時代に沿って様相を変化させている。結局、コンテンツとして消費される事を前提とするのであれば、俺たちはガラパゴス諸島から脱出を図らなければならない。判断が難しいのは、新大陸での新たな生存競争の勝利が、環境適用なのか、環境を適用させたのか、の差だ。ユグドラジルの作品たちは、どうにも環境適用をした醜い爬虫類に過ぎないし、今の在り方からは有意な突然変異は生まれ得ない。やはりここには、皮肉だが、当のガキどもが最も忌み嫌う、オトナの世界のお作法が作用している。つまり、右に倣えをしておかないと登用のチャンスを失うリスクを負う。じゃあ、環境自体を自分に合わせて変化させた作品が名作か、と言われれば、それも俺には解らない。普遍的であるという事は、ともすると、単純に小学校や中学校の教科書に掲載される事だけでしかないのかもしれない。でなければ、99%の人間が本質を理解しない現実を説明できない。更に、現代においては、文学作品でさえ只のテクストとしては語れなくなってきている。2バイトのCTRL+CとVでコピペできる事を定義付けるには時代は変化し過ぎている。挿絵の有無は置いておいても、フォントの種類の違い、Q数、色、アスキーアートのような文字を右脳でも捉える必要があるような作品も腐るほど登場している。当然、ここには最低限、縦書きと横書きの問題も関わってくる。この価値観と在り方の激動の時代において、俺たちが本当にやるべき事ってなんなんだろうな」
僕はビールを飲み干し、マドラーでグラスの底のミントをつつきながら、何度も頷いて聞いた。
「ずっと考えてた」僕が言った。「もし、利己的なのが遺伝子だけではなく、僕らの経験や心情や理想だったとしたら、って」
「なんだ」金山が言った。「ミームの話か」
僕は首肯した。
「金山はただのオナニーだって言うかもしれないけど、そうだとしても、本当はセックスを成立させたいだけなんだってね。有史以前から、って言ったら大袈裟だろうけど、人はGENEと共に、MEMEも残したかったんだろうな。でなければ、人間は言語を必要としなかっただろうし、グーテンベルグは印刷機を発明しなかっただろうし、インターネットは生まれなかった。この肉体が、旧約聖書にしたがっても精々120年しか維持できない儚さを乗り越えるには、自分の生きた証を情報の遺伝子として文化や芸術に織り込んで次世代に残していくしか方法がなかった。ところが、現代に至って、射精して精子を飛ばせる距離と量は格段に増えているのに、大半は受精の方法さえ満足に知らないし、運よく産卵しても育て方が解らない。SNSの登場もそうだけれど、情報が多様化しすぎてセックスしても奇形ばかりが生まれては淘汰されていく。結局キュレーションが必要とされるけれど、まとめられた情報は消費される事に迎合した劣悪遺伝子ばかりで優生学が働かない。僕らが今、創作活動において直面している課題とはつまり、優秀な遺伝子とは何かが解らなければ、生存競争に勝利する手立ても見当がつかない、という事なのかもしれないな。でもそれは、ノーマンがギブソンのアフォーダンスの話で突然変異を起こしてしまったような単純な事象の重なりで解決されるのかもしれない」
金山が、ははは、と笑った。
「その考えに立てば、前立腺はサードドアって訳だ」金山が言った。「通常では為し得ない方法で最大限のドーパミンを発生させられるようなイノベーティブな勘違いによってのみ、俺たちは救われる。それは肉体的には非生産的かもしれないが、MEMEにとっては思いも依らない有性生殖になり得る。これからの時代、もしAIが主流になって情報の個性が失われたとしたら、それはMEMEの滅亡か、または新たな利己的な遺伝子の時代の幕開けだろう」
それでも尚、自分の存在を誰かに知らしめたいし、共感されたいし、残したいという欲求は変わらないだろう。これが根底にある限り、僕は、例えユグドラジルの様なサイトで1位を取れるような作品でなかったとしても、自分が書きたい衝動にかられた作品を書き続けてしまうのだろうな…。
「ありがとう」僕が金山に言った。「結局僕は、僕自身を見失わずに済んだみたいだ」
「ああ」金山が言った。「俺もな」
僕らはもう一杯ずつ酒を頼むと、グラスを掲げた。
「偽装投票をしても大賞を取れなかった作品に」
僕が言った。
「youtubeで強制削除された30万再生の作品に」
金山が言った。
そして、僕らは杯を合わせると、一息に飲み干した。胸のあたりで随分永い間つかえていた澱みが落ちるのを感じた。
おしまい




