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オトナのラノベの作り方  作者: ぼを
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40秒で射精しな!(第2話)

「お前の意見を聞こう」

 金山が2杯目のビールで唇を濡らしてから言った。髭に泡がついている。互いに蟠りのある状態で飲む酒がうまい筈はない。学生時代、とりわけ仲の良かった友人の1人に、やたら頭のいい奴がいた。学校の成績は優秀だったし、地元では最もレベルの高い国立大学にストレートで入学した。そいつから久々に呼び出されて食事をしていたところ、気づいたら宗教の勧誘を受けていた事がある。あの時は最悪だった。あまりの衝撃に、水を飲んでも飲んでも口の中は潤わないし、食事を口にしても砂の様な味しかしなかった。もう、あの感覚は二度と味わうまい、と心に誓ったものだ。

「僕の意見もそうだが…」僕は金山とは視線を合わさず、自分の手の中のウィスキーグラスの氷に映った照明をぼんやりと眺めながら言った。「そもそも、金山は当初から、この展開を想定していたんじゃないのか?」

 金山はすぐには答えなかった。暫く沈黙したまま、僕の眼に視線を送っているのが周辺視野に映った。居た堪れない。

「そうか…」金山が言った。「レトリックで言いくるめるつもりだったが、今回ばかりはそうは行かないようだ」

「見くびるなよ」僕は冷笑を交えて言った。「それなりに一緒にいれば、考え方のパターンだって解ってくるさ」

 金山は数度咳払いをした。

「正直に言うが、当初からハッキングを計画していた訳ではない。広告を打つというのは、俺も悪いアイデアとは思わなかった。だから堀田に声をかけたし、呼続にも相談に言った」

 金山の言葉に僕は頷いた。

「広告が悪手だと気づいたのは、中学高校生の組織票や根回しには、それでは勝てないと気づいたからだったね」

「その通りだ」金山が言った。「その事実は想定外だった。まあ、元々ラノベ界のお作法なんて俺は知らなかったからな。で、法人営業部の上小田井経由でユグドラジルを訪ねた訳だが、ラノベをWEBで募集するような企業がコネで特定の作品を優遇するなんてありえない事は自明だった。最も確実なのは、どう考えてもシステムそのものを操作してしまう事だからな」

「それはそうだろうけれど」僕が言った。「法に触れる事をやろう、って発想が理解できない。過去にもやったことがあるのか?」

 金山は視線をテーブルに落としながら、かぶりを振った。

「俺自身が主導してやったことはない。豊橋は知らんがな。奴はダークウェブを渡り歩いて海外の犯罪に使われた物品を購入するのが趣味のサタニズム野郎だが、様々なハッキング技術を駆使しなければ解決できないWEB上の『蝉の問題』にも取り組んできた変態だ。何を言っているか解らんかもしれんが、奴のハッキング技術は世界レベルと考えていい。つまり、俺は奴を信頼している」

「確かに何を言っているか解らない」僕が言った。「信頼をおいているから、警察沙汰にならない保証を金山がしてくれる、って言うのか?」

「…ああ」金山が言った。「俺が保証する」

 金山の言葉に、僕は大きく溜息をつきながらソファの背もたれに凭れかかった。

「どう保証しれくれるのか知らないけど、そこまで金山がやろう、って考えに至った理由が全く理解できない。理解できないから、信用のしようがない」

 金山はまた、少しだけ沈黙した。

「…これは俺にとってもチャンスなんだ」金山が口を開いた。「凡そクリエイターを気取っている人間であれば、多くが同じ課題にぶち当たる。自分の作品は、自分自身を含めた一部の人間にだけ理解されればそれでいいのか、それともできるだけ多くの人間の目に触れられて認められたいのか。つまり、誰の為に自分は作品を作っているのか、という問題だ。これは先だっても話したが、エンターテイナーであれば、始めからコンテンツを消費する人間の顔が浮かぶ筈だ。誰かに喜んで貰う事が目的になるからな。だが、お前もそうだし、俺もそうだが、自分が作りたい衝動にかられて作りたい物を世に出した場合、これはどう捉えられるべきか議論の余地がある。本当にただのオナニーであれば、誰かに見せる必要は一切ない。日記と同じだ。毎晩夢うつつに鍵のついた分厚い日記帳にペンを走らせては、独善的なポエムを刻んでいればそれでいい。想定されている読者は紛れもない自分自身のみだし、この前提に立てばアンネの日記を出版した人間は最低の盗撮野郎だ。だが、動画やラノベといったメディアにストーリーが嵌め込まれた時、ここに想定されている受容者は果たして自分自身だけだろうか。本当にそうであれば、わざわざ苦労して曲を作ったり同人誌にしたりする必要はない。頭の中で空想にでも耽っていた方が建設的だ。人生を無駄にしなくて済む。しかし、メディアに落とし込んだという事は、自分以外の他者の目に触れる事を想定した行動に他ならない。『自分のオナニーを見てオナニーをして欲しい』。つまり、共感をして欲しいんだ、と。当然、より多くの人間が俺のオナニーで射精をした方が痛快なのは疑いようがない」

 金山の言っている事こそ、自分が『あおのさまよい』で遭遇しているテーマだ。金山も同じ悩みを持っていた、という事だろうか…。

「クリエイターの創作の原動力は、大抵が怒りの感情や鬱だったりするだろ?」僕が言った。「金山の言っている事はよく解る」

 金山は頷いた。

「お前が俺の言っている事がよく解るって事を、俺はよく解ってる。俺のボカロ曲に『60秒で射精して!』というあまりにもエモいタイトルの楽曲がある。敢えて言う。これにだけはコメントしなくていい。何故なら、既にニコニコ上では恐ろしい数のコメントがされているからだ。こう言えば人気曲の様に思うだろ? 確かに、再生数で言えば人気曲だった。Youtubeでは30万回以上再生されていたからな。だが、前も言ったが、この動画はyoutubeの規定という表現の不自由を名目に強制削除された。わざわざyoutubeが指定する『R-18』タグをつけていたにもかかわらず、だ。しかも、この動画には一切の性器は映らない。何故なら、この動画の中で出てくる隠語は全てメタファーだからだ。つまり、そもそもエロを目的に作った曲じゃなかった。なのにどうだ。ニコニコでつけられている2,000前後のコメントの内、俺が隠喩で伝えたかった内容を理解している物は、ほんの10にも満たない。99%以上の人間は、そもそも俺がオナニーしている事すら気付かなかったんだ。こんな残酷な事があるか」

 金山は珍しく、演技ではなく、興奮をしていた。これは本心なのだろう。奴はボカロ曲でSOSのモールス信号を発信し続けている。だが、だれもそれに気づく事ができていないんだ。コンテンツの消費者からすると、ムスカがSOSではなく『本日は晴天なり』を発信していたとしても、彼らの人生上、全く興味がなければ意味もない事なのだろう。

「そんな連中が、ピカソのゲルニカを前にその素晴らしさに気を失う、とか、ロスコーの教会の絵の前で涙を流す、とか、信頼できる訳がない」金山が続けた。「奴らのうち99%は、アートという文脈の中で語られないと自分でオナニーもできない不能どもだ。そんな童貞どもが、ユグドラジルの投票システムというマッチングアプリで、できもしないセックスの機会を伺っては票を投じている。上位作品は如何にも、いにしえの言葉で言うところの『コケティッシュ』だが、最後に落籍するのはユグドラジル自身であってガキどもではない。俺は、自分の人生に責任を持たず、明日があるとか明日から頑張ればいいとか雨はいつか止むなどと嘯く大衆迎合の無責任な歌詞のポップスを貪り、刹那の充足の為に射幸心を煽られる事だけを目的としたコンテンツを消費しておきながら、自分達の意見がこの世の中を動かしていると勘違いしている連中に心から鉄槌を下したい。それが、今回の案件って訳だ。安心しろ。もし警察沙汰になる事があるとしても、全責任は俺がとる。お前も豊橋もこの件には一切関わっていなかったと証言する。お前も知っているだろうが、俺は既に会社の出世コースからは外されている。独身だし、失う物がこれといってない。信頼してくれ」

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