8.小さな骸
森の奥へ奥へ進むレノアは、夢を思い出していた。
(もし、あの夢が夢じゃないのなら!)
ガシッ━━━!
腕を捕まれたレノアはハッと我にかえる。
アッシュがシゼルを抱えたまま走ってきたのか、大量に汗をかき、肩で息をしていた。
「おまえなぁ!一人で行くな、危ないだろう!」
「ご、ごめん·····。」
「アッシュすっごく速かった!凄いの!」
「あ、あはは、凄いねアッシュ。」
「·····うれしくねーっての。」
いつの間にか、だいぶ森の奥まで来ていたようだ。
まだ光の道は続いている。
「おまえ、おっかない顔してどうしたんだよ?」
「さっき見た夢で、星を追えって言われたんだ·····だから···。」
「はぁ?!·····んん〜よくわかんないけど、ここまで来ちまったんだから行くしかないな。」
「ご、ごめんね。」
光の粒子を辿りながら、三人は深くなる森に苦戦していた。
木の根が盛り上がり蔦が絡み道を塞ぐが、アッシュは蔦や邪魔な葉をナイフで斬つける。黙々と進む森の中、空の赤い月が三人を嘲笑っているようだった。
「なぁ、森が深すぎないか?大森林はもっと奥のはずだよな?」
「そう聞いてるけど、これじゃあまるで大森林に迷い込んだみたいだね。」
「そうだよな·····。」
「シゼル達迷子?」
不安なシゼルがレノアの手をぎゅっと握りしめる。
大丈夫と、自分にも言い聞かせるように繰り返す。森は益々深くなるばかり。
「あ!見ろ!何かあるぞ!」
アッシュが草を分け入った先で何か見つけたようだ。
シゼルが前に進むのを手伝いながら、ようやくアッシュの所までたどり着くと、森とは一変し開けた場所だった。
木の根に侵食された床は白い石が敷き詰められ、柱が倒れている。
何かの建物があった場所なのか、育ちすぎた樹が壁や天井を突き抜けていた。
「なんだここは?あ、こっちに部屋があるみたいだ!」
倒れた白い柱を乗り越え、アッシュは奥へ進む。
緑の蔦や葉に覆われているが、壁も天井も白い石で出来ている。
「綺麗なところだね!」
「森の中に居たのを忘れちゃいそうだね。」
「この石ツルツルしてるよ〜綺麗!」
シゼルが柱の欠片を拾う。見たことがない材質の石を気に入ったのか、ポーチの中に幾つもしまっている。
「いくよシゼル、置いてかれちゃう。」
「うん、いく!」
隣の部屋へ移ると、アッシュは何かを見上げている。
近くに行き、同じところを見上げると壁画があった。白い壁に描かれた絵は見たことがある。
「これってさぁ、前に見せてくれた本のじゃないか?」
アッシュが二つの月に立つ男女の壁画を指さす。
そう、紛れもなくレノアが持つ創造神話の挿絵の絵であった。
「持ってるよ、これだよね?」
籠から本を取り出しページをめくる。
同じ挿絵のところを見比べると、全く同じものが描かれている。
偶然にしては出来すぎている。夢は夢じゃなかったと、レノアは確信する事ができた。ならば、ここのどこかに彼女がいるのかもしれない。
「ここのどこかに墓標があるはずなんだ、探そう!」
「墓標が?じゃあ、オレはあっちを見てくる。シゼルはレノアと一緒にいろよ?」
「うん。」
壁画の部屋から更に奥へ進むと、硝子がキラキラと散乱した部屋があった。窓一面硝子張りだったのだろうか、森の侵食もこの部屋は激しかった。
「レノア、あそこ何か光ったよ!」
シゼルが指さした先は緑が生い茂っている。
手を離したシゼルが近づいて行き、ほら!と何かを掴んだ瞬間、シゼルは赤い光に包まれて消えてしまった。
「シゼル?!シゼル!どこにいったの!?」
「どうしたレノア?!何があった?!」
「シゼルが消えちゃったの!!どうしよう!!」
慌てるレノアの声に駆けつけたアッシュ。シゼルの姿がどこにも見えない事に気づき焦りながらも、レノアをまず落ち着かせた。
「何があったか、順番に教えてくれ。」
「えっと、·····部屋に来て、あ、シゼルが何か光ったって言って···。」
「光った?それで?」
「私には分からなくて、そしたらシゼルがそっちに行って、ほらって·····何か掴んだ様な仕草をしたら、消えちゃったの·····。」
「ここら辺か?」
シゼルが消えた位置に移動したアッシュは生い茂る緑を斬り払う。そこには白い墓標があった。
「あ!!これ!」
「探してた墓標か?」
「そう!でも全部で八つあるはずなんだ。」
何か考える素振りを見せたアッシュは、おもむろに立ち上がり崩れた壁の方へ向かう。瓦礫をどかしていくと、そこにも壊れてしまった墓標があった。
「レノア、これ見えるか?」
「ん?何かあるの?·····そこだけ窪んでるね?」
「オレにはここに黄色く光る宝石が見える。」
「えっ?!な、なんにも見えないよ!」
アッシュが指し示す墓標には小さな窪みがある。窪みがあるだけで宝石なんて見当たらない。
「多分これと似たものに触ってシゼルが消えたなら、レノアにも見える何かがあるはずだ。」
「え、アッシュもいなくなっちゃたら、私どうすれば·····。」
「やってみるしかないだろ·····。行くぞ!」
アッシュが何かを掴んだ。
黄色い光がアッシュを包み込み、光が止むとそこには誰もいなかった。
「な、何か光ってるもの·····。」
急いで辺りを見回しても、光っているものは見当たらない。
不安で泣きそうになりながらレノアは必死に考える。シゼルは赤い光だった。アッシュは黄色。二人とも髪の色と一緒だったのなら、レノアは黒?
「黒なんて、光らないじゃん!あ〜ぁ、もう!」
頭を掻き乱しながら地団駄を踏むレノアは、はっと気づく。
この部屋に入った時、硝子が散乱していた。だが、シゼルが歩いた時もアッシュが瓦礫を退けていた時も、硝子が散乱しているはずの床を気にせず動いていた。そして、今も硝子を踏みつけたはずなのだ。
「まさか?!私が見える光って·····。」
しゃがんで硝子の破片に手を伸ばす。
破片に映る光の色は七色。気づいたその時、部屋が七色に包まれる。
(見つけてくれて·····ありがとう!)
あの女性の声がした。
部屋中に散らばっていた硝子の破片が浮き上がり、レノアの手の中に吸い込まれるように渦を巻く。激しい光に視界が白く塗りつぶされ、レノアは気を失ってしまうのだった。