7.小さな石
「おい!レノア!起きろよ!」
「はっ!··········アッシュ。」
「あぁ〜もう!なんでこんなとこで寝てんだよ!」
アッシュに両肩を掴まれたまま、レノアは夢から覚めて呆然としていた。
家の裏の丘の上。太陽が頭の真上を通り過ぎた頃。
レノアは背中に流れる汗を感じる。今までのが本当に夢だったのか、生々しい感覚や感触がそれを否定していた。
なにより白い女性と八つの白い墓標。
草の上に転がる本に出てくる挿絵と似ていた。
「ご、ごめんね。ちょっと、疲れてたのかな·····。」
「レノア具合悪いの?顔が真っ青だよ?」
「あ、うん。ちょっと·····。」
「ひとまず立てるか?」
シゼルとアッシュが覗き込んでくる。「大丈夫」と言ったレノアだが、ふらついて立てなかったのを見て、シゼルがお水を持ってくると丘を降りていく。
「どうしたんだ?すごくうなされてたぞ?」
「あ〜うん、なんか昔の夢見たみたいで·····、頭混んがってる。」
眉間に皺を寄せたアッシュは、口を開きかけまた閉じた。
その代わりぽんぽんと頭を叩かれる。
「無理しすぎんな。あのロイドだって無理に思い出さなくていいって言ってんだろ?」
「そうだけど。なんか嫌じゃん、自分だけが知らないの。」
「まぁ〜そう言われるとそうだけど。知らなくてもいい事ってのもあるんじゃないか?」
「適当過ぎない?」
「それがオレじゃん!」
ニカッと笑ったアッシュ。
ちょうどシゼルが水を持って丘を上がってきているのか、赤い髪がひょこひょこ見え隠れしている。
「レノアお水!大丈夫?」
「ごめんね、大丈夫だよ。」
冷たい水を一気に飲むと、頭も心もだいぶスッキリしたようだった。
アッシュの言う通り、わからないことをうじうじ考えていてもしょうがない。
「行けそうか?」
「うん、大丈夫。迎えに来てもらったのにごめんね。」
シゼルの頭を撫でた。
心配そうにしていた顔が笑顔になって、申し訳ない事をしたと反省する。
そういえば、籠の中のパンを食べ損ねてしまった。
「それじゃあ行くぞ、探さなきゃ行けない薬草が多いんだよ。」
「頑張ってさがそぉー!」
やれやれとアッシュが立ち上がり、シゼルの手を引いて歩き出す。
レノアも荷物をまとめ、急いで後を追うのだった。
「待って〜待ってよ〜」
「とっとと行くぞ〜」
「いくぞー!」
三人並んで歩きながら、森へ行く道を進む。
くだらない話をしていると、シゼルが何かを見つけたように足を止める。指さされた空を見上げると双月が先程よりも鮮明に見える。
「月がくっつくてるよ〜赤いね。」
「そうだな·····レノア、知ってたか?」
「いや、知るわけないじゃん·····。」
双月は本来、薄い黄色と薄い青色をしている。が、月が重なり合った所は赤く光っているのだ。どす黒い赤、まるで血の様な色に気味の悪さを覚えるのだった。
「レノア、お月様一つになっちゃうの?」
「いや·····それはないんじゃないかな?!大丈夫だよね?たぶん。」
レノアが恐る恐るアッシュを見るが、聞くなと言わんばかりに顔を背けられた。
雪だるまを横にしたような状態の月は、丘で見た時よりも重なり合っているのは間違えない。博識なロイドならすぐ答えてくれそうなのだが···。
「そういえば、なんか暗くなってないか?」
「な、なんだろうね·····、早く薬草詰んで帰ろうか?」
「それがいいだろうな。シゼル、危ないからレノアと手を繋いどけ?」
「うん、レノアつなごう!」
三人は駆け足で森の道を下っていく。
その間、空はどんどん暗くなり、双月の重なりも進んでいく。
「や、やっぱり帰るか?!」
「今更じゃない?!」
森まで後一歩の所でアッシュが立ち止まる。
大森林の周りの森は明るく迷うこともない、だが今は月のせいで辺りは薄暗い。ランプの用意もない中、薬草を探すのは大変だ。
「少しここで待ってみようよ。重なり合うのが終わったら元に戻るかもしれないし·····。」
「そうだな·····。」
もし何かあれば町にいる人も慌てているはず。
屋敷の人なら、アッシュとシゼルが森に来ているのを知っているから何かあっても大人が迎えに来てくれると思いたい。
「あ、真ん丸になったよ!」
「うわぁ〜不気味すぎだろ·····。」
双月がついに重なり合った。真っ赤に燃えるような月が一つ。
いつの間にか太陽が見えなくなっていた。
空を支配したように赤い月は怪しげに輝いている。
「戻らねーなぁ·····。」
「あ、流れ星!」
黙って月を見ていたシゼルが唐突に大きな声をだした。
白い尾をひく流れ星は消えることなくそのまま落ちていく。
「星·····。」
レノアは思い出す。
(星を━━━━追って━━。)
夢で言われた言葉。
あの美しい女性は時間がないと言っていた。大切なものを守れと。
「おい、レノア!あれは隕石だ!!」
「大変、こっち来てるの!」
アッシュとシゼルがあわあわとレノアにしがみつく。
地響きと共に星は迫り、轟音と共に頭上を通り過ぎていく。手を伸ばせば触れそうだったそれは、七色に輝く綺麗な石。目に焼き付いたその光はとても暖かかった。
「追いかけなきゃ!!」
「「えっ?!」」
星が通った後にはキラキラ輝く粒子が漂い、道標のように続いている。
走り出したレノアにアッシュとシゼルは呆気にとられるが、慌てて後を追うのだった。