6.小さな白
街が燃えていた。
知らないはずの街並み。レンガ造りの家が崩れ道を塞ぎ、露店の品物が散乱している。火は家々を飲み込み、レノアは噴水広場から出れそうにもなかった。
(ここは、どこ?)
煙が充満し、目が痛い。熱い。
喉がカラカラだ。
「━━━と━━━━━ん━━!!」
必死に誰かを呼ぶ声がする。
身体が勝手に動き、呼ぶ声はレノアの口から出ていた。
(誰を呼んでいるの?)
レノアは自分を見ていた。
必死に叫びながら、誰かをさがしている。
噴水の水を浴びると、止める間もなく火に向かって走り出した。
(危ない!)
伸ばした手が空を掴む。すり抜けた手を凝視するレノアは、自分自身が透けていることに気づく。火の壁に阻まれ見えなくなった自分を追いかけようと踏み出すと、辺りの景色がぐにゃりと歪む。
渦を巻くように世界が吸い込まれ、落ちていく感覚に思わず目を瞑る。
(こ、これは夢だ!夢なんだ。早く起きて!)
先程まで家の裏の丘で本を読んでいたのを思い出す。
夢が終わるのを期待し目を開けると、夢のレノアが目の前にいた。
ボロボロのレノアは虚ろな目で鉄格子の窓から月を眺めていた。
石造りの暗い部屋。たった一つ置かれた椅子に座る自分の姿にぎょっとする。
早送りでもしているのか、窓から見える空は昼夜を永遠と繰り返し、黒い甲冑の兵士が部屋を出たり入ったりを繰り返していた。
(私の·····過去なの?)
また一歩踏み出すと、世界が黒く塗りつぶされる。
真っ黒で何も見えない、怖くなったレノアは闇雲に走り始めた。どこに向かうでもなく、ただその場でじっとしていられなかった。
キィ━━━━━━━ン!!
音のした方を振り返ると、誰かが戦っている。
剣と剣がぶつかり合い、多勢に無勢の中必死に剣を振るっている。
「ロイド!!」
闇の中でスポットライトを浴びたように、ロイドの場所だけ明るかった。
思わず駆け寄ったレノアは、ロイドが血だらけなのを見て絶句する。だらりと下がった右腕から血が滴り落ち、大量の汗をかきながら必死に戦っている。剣戟の音と怒声で耳が痛い。
黒い甲冑の兵士達は減らず、闇の中から黒い腕が伸びた。
黒い腕はロイドを包み込み、兵士たちが闇に溶ける。あれほど怒声が響いていた世界が静かになった。
「なんなのよ!いい加減にして!!こんな夢!こんな夢早く覚めて!!」
レノアは叫ぶ。
闇の中、真っ黒の世界。
(━━━━━っ━━━━━━。)
「な、なに!?だれ!?」
微かに声がした。内容は聞き取れないが、どこかで話し声がする。
キョロキョロと周りも見回してみると、闇の中に小さな白い点があった。
急いで向かうと、白い点はどんどん大きくなる。
(━━━ノ━━━━━ち━━。)
黒い世界をひたすら走り、白い点はいつしか扉に変わっていた。
「はぁ、はぁ·····はぁ····。」
黒い空間に突然現れた白い扉。
呼吸を整え、扉にそっと手をかける。木の感触がした。
すると、音もなく扉は開き光が溢れ出す。
(こっ·····ちで·····す。···)
沢山の声がした。
その中から、自分呼ぶ声に向かう。
白い光が溢れる空間に、美しい女性が一人。
腰まである長い髪、肌、着ている服、全てが白かった。
彼女は優しく微笑むと、手招きする。恐る恐る近づくと、彼女は陽炎の様に消えてしまった。
「なっ!?·····もう、いったいなんなの!?」
怒りが込み上げるレノアの背に何かが当たる。
びっくりして振り返ると、そこには白い墓標があった。
首筋に息がかかる。
「最後の鍵。どうか、貴方の良心のまま·····大切なものを···守りなさい。」
「ちょっ、あなたはいったい!?それに、これは━━。」
「ごめんなさい。」
白い女性はレノアを後ろから抱きしめる。抱きしめられた事に驚きながらも、さっきまで怒っていたのが嘘のように心が穏やかになる。懐かしい、心地よい温もりに自然と涙がぽろぽろ頬を伝った。
(あ、あれ?なんで?)
白い空間に八つの白い墓標が並んでいた。
「もう、時間が····だから、最後の鍵····貴方に···全て━━━。」
「ま、待って!お、置いてかないで!!」
「星を━━━━追って━━。」
レノアを包んでいた腕が粒子になって消えていく。
光が急に遠のき、また黒の空間に投げ出されたレノアは後ろを急いで振り返る。
白い女性の後ろに八人の人影がゆらりと立つ。
レノアは動けなかった。涙が止まらず、遠のく姿を見続けることしか出来なかった。
(━━おい、レノア!━━━━。)