5.小さな運命
ロイドが出発してから三回目の朝がきた。
テーブルには三人分の食器が置かれ、レノアは豆や芋をトマトで煮込んだスープを手際よく配る。
「おーレノアのくせに美味そうだ!」
「これくらいなら出来ますよ!失礼な!」
席に着いてお利口にしているシゼルとは対照的に、アッシュはスプーンをくるくる回しながら、湯気のたつスープのお皿を引き寄せる。
「もう食べていい?」
「うん、温かいうちにどうぞ。」
シゼルが待ってましたとばかりに目を輝かせる。
レノアはそこそこの出来の良さに安堵しながら席につく。今朝方アッシュとシゼルがパンとトマトを持ってきた時は驚いた。執事さんのお使いとして来た二人だったが、籠には焼きたてのパンが三つ。せっかくだから一緒に食べれるようにと、気を利かせてくれたそうだ。
「あっつい!」
「そりゃそうだよ、君はバカなのか?」
「う、うるさいなー苦手なんだよ熱いの。」
アッシュが文句を言いながら、慎重にすくっては息をかけて冷ましている。どうやら味も合格なようで、スプーンは止まることなく動いていた。
(トマトのスライスをパンに挟むだけにしなくてよかった)
美味しそうに食べてくれる二人を見ていると、レノアも食が進む。
屋敷で焼かれたパンはモチモチしていて、町で買うパンよりも断然に美味しかった。
「お屋敷のスープには負けるが、いい出来だったな。」
「はいはい、恐れ入ります。」
「レノアのスープ美味しいよ?」
あっという間に三人は食べ終わってしまい、「ご馳走様」をして片付けに入る。レノアはシゼルに運んでもらった食器を洗い始め、シゼルは拭く布を持って見守っていた。
「あ、今日さ、森の近くまで行くけど一緒に行くか?薬草探しに行く。」
テーブルを拭いているアッシュが思い出したように言う。
洗ったお皿をシゼルに渡し、流しの水を止めて振り返る。
「森に行くなら一緒に行くよ。」
「よし、じゃあ昼に迎えに来るから支度しとけよ!シゼル戻るぞ!」
「あ、アッシュ待ってよ!·····レノア、また後でね!」
「うん!」
拭いたお皿を重ねて、シゼルがバイバイと手を振る。レノアは手を振り返しながら、玄関まで二人を見送った。
「よ〜し、昼までにやることやらないとね。」
レノアは自分の部屋に戻ると、吊るして乾燥させていた薬草を持ち出し、薬研を床に用意する。薬草が良く乾燥しているのを確認し、適当な大きさにちぎって研ぎ始めた。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリーーー。
しばらくしてスーッとした匂いが部屋を満たし、粉末状になった薬草が出来上がる。それをこぼさないように紙を使いながら小瓶に入れ、残りの薬草も同じように研いでいく。
額に汗をかきながら小瓶二つ分の薬草粉が出来きた。一つは熱に効き、もうーつは腹痛に効く、水に溶いて飲むのが一般的で全てロイドから教わった。町に来る前はこの薬草粉を売って生計をたてていたので、現在もレノアの日課になっている。
片付けをしながら棚に小瓶を並べ、森へ持っていく籠などを用意して準備は万全。ただ、乾燥した薬草が少ししかなかったこともあり、昼まで時間が空いてしまった。
「ん〜困ったな。」
街を散策しながら屋敷に二人を迎えに行こうか考えたが、すれ違う可能性があるので大人しく家にいるしかないようだ。
外はいい天気。
(家の中に居るのはもったいないな〜)
レノアは色々考えながら、読みかけの本と昼食用のパン、ブランケットを籠に詰めて家の裏へ回る。家の裏は小さな丘になっていて、ここに居れば二人が来たのも見えるだろうと思いついたのだ。
「ん〜風が気持ちいい!」
緑に包まれた丘に腰を下ろし、持ってきた本を膝の上で開く。そこそこ厚みのある本は綺麗な絵が書かれており、古い神話が子供用に書かれている。始めてロイドに貰った本で、レノアのお気に入り。もう何度読み直したかわからない。
二つの月と二人の神様のお話━━━。
創造主が自分の身体から世界を作った時、とある世界を見守るために、仲の良い双子の神様を遣わした。二人の神様はそれぞれの月に住み、地上の生き物を見守り続ける。
創造の神セレナと破壊の神アレス。二人はお互いに助け合いながら世界を導いていた。だが、破壊の神アレスは主神と同じ力を持つ創造の神セレナより、自らが優れている事を訴え始める。
破壊の神アレスは度々地上に星を振らせ、生き物や文明を次々と壊していく。それを見かねた創造の神セレナは、力を分け与えた八人の使徒と一緒に破壊の神アレスを倒し、彼を月から落としてしまうのだった。
しかし、地上に落ちた破壊の神アレスは荒れ狂い、世界にあるものを手当り次第壊してしまう。世界を守る為に使徒達は命をかけて破壊の神アレスを大地に縛り付けた。創造の神セレナが新しい命を作り終わると、自らが封印の鍵となり二人の神は長い眠りに着くのだった。
いつか、目覚めた時に二人で世界を見守る事を夢見て━━━。
レノアは寝転び、空を見上げる。
青い空にはうっすらと白い月が二つ。
今日は珍しく、月が少し重なって見えた。
「二人の神様はどこで寝ているんだろう。」
頬をくすぐる風が心地よく、流れる雲がコロコロと姿を変えていく。
レノアの瞼は次第に閉ざされる。
(·····呼ぶ声が、·····する·····)