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世界に魔法が生まれた時に~魔法使いの骸〜  作者: 夏ノ鈴音
それは、魔法がまだない世界で
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3.小さな約束

鳥の鳴き声が微かに聞こえる。

閉じた窓の隙間から微かに光が入り込んでいるのが、ぼんやりと開けた瞳に映った。


(朝だぁ·····よく寝れなかったなぁ)


レノアは枕をぎゅっと抱きしめたまま、ため息をつく。

ノロノロと起き上がり脱ぎ散らかしたブーツを履くと、閉じられた窓を開けた。

湿った草の匂い。霧の中に光の柱が立ち並び、朝の景色は神秘的な雰囲気がある。昨日は寝坊したレノアだが、毎朝この景色を見るのは悪くない。


「おはようございますレノア、早くからすいません。」

「おはよーございます、ロイド!仕事に行く時は見送りするって約束したもの!それに、支度だって一人じゃ大変でしょ?」


部屋の入口からひょいと顔を出したロイドは支度をしていた。

黒いマントの下からは胸鎧が見え、腰のベルトには二つの剣。物々しい雰囲気の中、おろしてる長い黒髪だけが異質な感じをだしている。


「はい、本当に助かります。今日もお願いしていいですか?」

「まかせて!」


ベットに腰掛けたロイドの後ろから、その長い髪を梳く。片手ではまとめられないのでレノアの仕事。慣れた手つきで高い位置にまとめて革紐で結ってお終い。

レノアが髪を切ってあげられればいいのだが、昔任された前髪は根元近くまでなくなってしまったことがあり、それ以降切るのを諦めてしまったのだ。


「はい、出来たよ。」

「ありがとう。そっちを押さえてもらっていいですか?」

「うん。」


マントの中に隠れていた右の義手の調節を手伝う。木で出来ているのでそこそこ重さがあるようなのだが、それが動く時にはとても大事なのだとロイドは言う。


「これでどう?」

「もう少し、強めに·····あ、それぐらいで。」

「ふぅ、結構締めるのも力いるよね。」

「ありがとうございます。ふふ。」


義手のベルトを締めていた手がジンジンしている。

赤くなった手のひらを見ていたら、頭をぽんぽんとされ、ロイドの胸に引き寄せられる。


「え!ちょっ!」

「この仕事で僕も落ち着けます、だから帰ったらレノアの好きな事を一緒にしましょう?」


ぎゅっと後ろから抱きしめられたまま、レノアは顔を真っ赤にしコクコクと黙って頷く。心臓がドキドキしてて、爆発してしまうのでないかと思う。


「ロイド昨日から変だよ!!どうしたの?」

「いえ、·····私の方が寂しくなってしまったようでして。」


ロイドは苦笑いをしている。チャンスだと緩んだ腕から逃げ出したレノアは、先に部屋から逃げ出し玄関までたどり着くと乱れた呼吸を落ち着かせてロイドを呼ぶ。


「早くしないと他の人待たせちゃうよ!」


「今行きますよ!」


霧も晴れて出発にはいい天気。一昨日やっと帰ってきたのに、またしばらく帰ってこないのを考えると、もちろんレノアも寂しい。


(何もなく、早くロイドが帰ってきてくれますように)


用意の出来たロイドをそのまま見送るレノア。

「行ってきます」と「行ってらっしゃい」のいつものやり取りは何も変わりなく、何もおかしな事はない。


「怪我とかないと、いいな。」


揺れるマントが小さくなっていくのを見ながら、ぽつりと呟く。

レノアはロイドを父親のように思っている。ロイドもまたレノアを娘のように扱ってくれた。この町に来てからは特にそうだった。だから、帰ってきたら家族になって欲しいと言いたい。


(お父さんって呼んだら嫌がるかな?)





◆◆◆





街道と呼ぶにはあまりにもお粗末な道を、黙々と進む者達がいた。

中肉中背の小綺麗な男が先頭に立ち、その後ろに三人の男達。それぞれが腰や背に帯剣しており、目つきも鋭い。辺りを見回し警戒を怠らず、速足で進んでいく。


ふと、先頭の男が立ち止まる。

街道の外れた先に小屋が見えたのだ。後ろにいた男達は頷き、二人が小屋に向かって走る。


「モーゼス、約束は守ってくださいね。」ボソリと先頭の男に向かって男は言った。


「わかっているロイド、心配するな。」

「·····では、行きましょう。」


ロイドも小屋に近づく。

先に着いた二人がモーゼスを中に招き入れ、ロイドが素早く扉を閉める。

中は普通の休憩小屋。簡素な椅子とテーブルが置かれ、窓は閉められているので暗い。一つだけ置かれた棚には埃が積もり、ながらく使われていない事を物語っていた。


「変わりはなさそうだな、行くぞ。」


モーゼスの声に促され、護衛の男達が棚の前の床を剥がし、ロイドはテーブルにあったランプに火をつけ部屋を照らした。

剥がした床下には人が一人通れる程の狭い階段が続いている。ロイドを先頭に男達は黙って階段を降りると、地下の道をそのまま進む。頼れる光はランプ一つ。


ロイド達は街道沿いの休憩小屋から秘密の地下道を通り大森林の入口へ向かっている。

モーゼスと護衛の二人キースとケニーの三人は、ロイドが町に来る前から何かを探している。その仕事を昔のよしみで手伝わないかとモーゼスから持ちかけられたのだ。最初は断ろうと思ったこの仕事も、今思えば選択の猶予などなかった。


「そういえば、今回の依頼でロイドは抜けるのか?」

「はっ?そうなのか?俺は聞いてなかったぜ?」

「その予定だ。」


キースとケニーが後ろで呑気に話し始め、モーゼスが黙って歩けとばかりに一番後ろから低く唸る。


「あ〜だから今回は期間決めなかったんすね。見つけるまで探すってマジで、キッついわ〜」


ケニーがわざとらしくため息をつくのに合わせて、キースが笑う。


「おいおい、その言い方は団長殿に失礼だろう?」

「違うぞキース、"元"団長殿だ。」

「····私は騎士団を抜けた身です。お二人共、お気になさらず。」


振り返らなくても、二人のニタニタした顔が思い浮かぶ。うんざりだと言わんばかりにロイドは歩調を速めた。


「いい加減にしろお前達、静かに歩け。」


モーゼスの仲裁で静かにはなったが、後にいる二人の態度に今日も先が思いやられるのはいつもの事。


「でもモーゼス隊長、気になりませんか?」

「何がだ、これ以上くだらない事を抜かすな!」

「いや、だって·····腕をなくした双剣の黒獅子なーー」

「つきましたよ。」ロイドはキースの言葉を遮って、足を止めた。「先に上がるのでランプを持っていてください。」


ランプをケニーに乱暴に渡し、階段の上にある板を左手だけで動かしていく。出た先は倉庫。ツーンとしたカビの匂いが鼻についた。


「外を見てきます。」

「は、はぁ。」


上がってきたケニーを残し、一人外に出る。

森の中に佇む小さな倉庫はぼろぼろで蔦や葉にほとんどが包まれている。元々は大森林周辺の整備の為に使われていたのか、周りには人の手が入った跡が微かに残る。


「ロイド!」モーゼスが倉庫から出てきた。

「慌ててどうしました?」

「あ、いや。その部下がすまない。」

「いいえ、事実ですから。気にしないでください。」


額の汗を拭いながらモーゼスはロイドを倉庫から少し離れた所に連れていく。


「あいつらはお前の強さを知らないだけなんだ。俺は腕が片方なくなろうが、お前の真の強さを理解しているぞ!」

「モーゼス、それは買いかぶりすぎた。」

「いやいや、じゃなきゃ俺はお前に声をかけたりしない。」

「それはありがとう。しかし、いったいこの仕事は誰に命令されているんだ?あの事件の後、騎士団は解散されたはずだ。」


痛いところをつかれたのか、モーゼスは俯いてしまう。

ロイドとモーゼスは騎士学校からの旧友である。戦争時は隊を同じにしていたこともある。話せないことはお互いにあるのはわかるが、巻き込んだのだから少しは話して欲しいとロイドは思ってしまう。


「ロイド、悪いが話せないんだ。俺は任務で"ある物"を探している。だが危険が伴う。だから護衛が必要だった、あの二人も十分に強いがな、それでも心配なんだ。」

「君がそうまで言うんだから、私は余計に心配だよ。」

「そうだな、うん。だがこれで最後だ。もちろんあの二人にもおまえの事は黙っててもらう。おまえが町にいるという事も秘密にする。それが約束だ。」

「その通りです。私はモーゼス達を守ります、それだけですね。」

「そうだな。すまんな。」


ロイドとモーゼスがお互いの拳を合わせる。

倉庫の入口ではキースとケニーが気まずそうに待っていた。どうやらモーゼスが倉庫から出てくる前に一喝したようだ。


「待たせた、行くぞ。」


モーゼスが率先し大森林の方へ進む。周辺の森よりも更に木々が密集し、光もささない樹海。迷い込めば二度と出てこれず、黒い化け物に飲み込まれてしまうらしい。


だが、倉庫のある場所から大森林に向けて森の中に道があるのだ。

最初に来た時は言われるまで分からなかったが、石で道が舗装されていた。長く伸びきった雑草で覆われているが、人工的な道は大森林の中にまで伸びているようだ。


「あー、剣じゃなくて鎌が欲しいなぁ、まったく。」

「やめろキース、鎌なんか持ち歩く傭兵がいるか?」

「だけどよー、俺らほとんど草刈りしてるだけだぜ?」

「森だから獣が出るかもしれないだろう!」


だいぶ歩き、疲れがそろそろ出てきたのだろう、キースとケニーがまたおしゃべりを始めた。ロイドは一番後ろで周囲に気を配りながら進んでいる。モーゼスも前回までに作った地図を見ながら石の道を見失わないようにしていた。


「ぐちゃぐちゃ喋るな!うるせー奴は狼にでも食われちまうぞ!」

「モーゼス隊長冗談ですよ。」


キースがヘラヘラと笑う。それを見てモーゼスは肩を落とし皆を集めた。


「今日はここらで休む。霧が出てくるだろうから、どっか勝手に行くんじゃねーぞ。」

「んじゃ薪に、なりそうなの拾ってきまーす。」ケニーが逃げた。

「ロイドとキースは手を貸せよ。」


ニヤリとモーゼスが短剣を取り出す。

諦めたようにキースもそれに習い、道に生えている雑草を斬り捨てていく。一夜を明かす寝床の準備が出来た頃、やっと薪を持ってケニーが帰ってきた。






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