1.小さな幸せ
部屋に一つしかない窓から、太陽の光が寝ている少女の顔に降り注ぐ。ジリジリと頬っぺたをやかれた少女は寝苦しそうに寝返りを繰り返し、のそっと起き上がった。
「あつい。」
ボサボサの黒髪をうなじの辺りで一つにまとめあげ、そのまま手を挙げて伸びを一つ。窓から見える太陽は、お空の真上に近い。寝過ごしていることに気づきながらも、ゆっくりとあくびを噛み殺した。
「·····やってしまったなぁ·····。」
反省しつつ、簡素なベットに腰掛けて身支度をする。と言っても床に転がっていたブーツを履いて、上着を羽織るだけ。
勢いをつけてベットから飛び降りると、床がギィィと嫌な音を立てた。お世辞にも綺麗と言えない部屋を後にして、廊下の先の部屋へ向かう。
「おはよーございます·····いない?」
そろーっと顔を覗かせた少女は、部屋に誰も居ない事を確認し、少し安堵の表情を見せた。
部屋には2人掛けのテーブルにパンが用意されている。隅には小さなキッチンがあり、鍋から微かに湯気が上がっている。
「···今日も芋かぁ〜」
鍋を覗き込んで見えた物に苦い顔をしながら、パンのお皿に茹でられた芋を一つのせる。
「おや、レノア。おはようございます。」
「っわぁ!お、おはようございます!!!」
突如後ろから声をかけられて、レノアと呼ばれた少女はびっくりしながら、声のした方へ振り返る。
ぎこちない笑みの先には、長身の男性。しっかりとした身体つきだが、服の右腕が結ばれている。
そう、彼は戦地で右腕を失くした元兵士。レノアの保護者である。
「出かける前に窓を開けて声をかけたのに、あれからまた寝ていたのかい?」
「ぁぁ···その、入ってきた風が気持ちよくて、つい···。すいません、ロイド。」
「ふふ、しょうがないですね。」
ロイドと呼ばれた彼は、抱えていた荷物をキッチンの台に起き、紙に包まれた物を取り出しにこやかに笑う。
「それでは遅めの朝食にこれを!町長さんの執事さんが分けてくれました。バターですよ!」
「えっ!本当に!?」
広げた紙の中の艶やかなバターに目を輝かせる。
早速、パンと芋の皿にバターを乗せてもらい、テーブルにつく。パンを割ってまだ暖かい芋を挟み込み、バターをのせる。熱で溶けだしたバターが黄金に輝き、レノアは唾を飲み込んだ。
「い、いただきます!はぐぅ〜」
「レノア美味しいですか?」
「うん!とっても!」
満足気に頷いたロイドは、レノアの対面に座りニコニコしている。レノアはバターの味に染まったパンと芋をゆっくりと噛み締め、微笑み返した。
レノア達がいるのは、王国の首都から遠く離れたアドニアスの町。隣の帝国との境となる大森林の近くにある、辺境の町。
ついこの間まで二国は戦争をしていた。今は休戦しているそうだが、町は荒れており、物資も少ない。
そんな中、ロイドは町長に頼まれた仕事をしてどうにか生活をしている。
「ご馳走様でした!ロイドありがとう。」
「いいえ、仕事の報酬のおまけみたいなものですからね。また次も貰える約束もしました。」
「次のお仕事?」
口の中の余韻を味わいながら、ロイドの言葉に首を傾げる。今朝は昨日までの護衛の仕事が終わって、その話をしに行っていたはずだ。いつもなら次の仕事まで間隔が空くはずなのだ。
「はい、明日からです!ただ期間が決まってないので、少し寂しい思いをさせてしまうかもしれなくて·····。」
「だ、大丈夫!心配しないで。もう一人でお芋も煮れるし、洗濯とかもできるんだから!」
不安げな顔のロイドは覗き込むようにレノアを見る。
まるで親が子供の心配をするような態度だが、二人とも若干のぎこちなさがあるのはしょうがないこと。
レノアとロイドが一緒にいるのはここ一年のこと。しかも、三ヶ月前までは戦火を避けて逃げ回っていたのだ。