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アルフレッド(1)



 





 アルフレッドは人使いの荒い宰相に頼まれ、とある小説の作者の元にリアムと来ている。

 本来であれば、次期宰相のリアム主導で進めるところだけれど、女性相手の時はアルフレッドが担当になることが多い。


「初めまして、フランソワ嬢。僕はアルフレッド・グラント。こっちはリアム・ルーズヴェルト。フランク・バートンは貴女のペンネームで間違いないかな?」

「はいっ……あの、す、すみませんっ、どうか許してください」

「話を聞きたいだけだからそんなに怯えないでくれると嬉しいな」


 大抵の女性ならこれで表情が緩むという笑顔で言ってみたけれど、フランソワはかえって顔を青ざめさせるだけだった。チラリとリアムを見る。お前の出番だと視線で促せば神妙な顔で頷いた。アルフレッドの顔が有効ではない場合、リアムの真面目な語り口に心を許す場合がある。


 適材適所だね。


「フランソワ嬢、貴女が書いた本について少し話をお聞きしたい。決して、貴女を咎めるために来たのではないということを理解していただきたい」


 案の定、話を聞いてみよう、という表情になった。フランソワは、無造作に結った薄い茶色の髪を揺らし、そばかすの散った頬を少しだけ赤らめて頷いている。


「逆襲小説は見事だった。女性が自分の未来を自分で切り開いていく様に感動を覚えた。あれもまた、貴女の前世の記憶によるところの書物なのだろうか?」


 婚約破棄小説を最初に流行らせたのはデオギニア帝国なので、オリジナルはデオギニアになるのだろう。現在、サファスレートでは様々な婚約破棄小説が出ていて、婚約破棄までの流れは違うけれど、そこに至ってからの流れは大抵同じだ。


 それとは逆に、逆襲小説はデオギニアでは出ていない。逆襲小説では、婚約破棄そのものを回避したり、ヒーローが再び令嬢に心を寄せたりしていた。登場する女性は自立しており、サファスレート人が書いたものであるとするならば、前世持ちだろうと結論付けられていた。サファスレートの女性は受け身なので、自立した女性を描くのは難しいだろうと思われたからだ。


 実際、調査後にサファスレート人、しかも女性だとわかったとき、調査に関わった全ての人が驚いた。


「わたしが前世持ちって知ってるんですね……」


 フランソワはこの世の終わりみたいな顔をして眉を下げた。顔色も悪くなってきているようだ。

 控えている侍女が、そんな彼女に、紅茶ではなくコーヒーを淹れて出した。


「ありがとう」


 侍女にお礼を言うあたりも、前世持ち特有ともいえる。この国の令嬢は侍女にお礼は言わない。そう躾けられているからだ。

 前世持ちの人に人気があるコーヒーはサファスレートではあまり受け入れられていない。特別に取り寄せているのだから当然お金がかかる。それでも彼女に飲ませたくて購入しているのだろう。


「お父様は、こんなわたしのことも愛して下さっています。小説を書くことも許して下さいました。とても感謝しています。わたしは前世の記憶が鮮明過ぎて、この世界になかなか馴染めませんでした。貴族社会は身分差のない世界で自由に生きた記憶を持つわたしには苦しかったのです」


 フランソワは悲痛な面持ちのまま、コーヒーを飲んだ。紅茶とは違う、嗅ぎ慣れない香りが部屋に漂っている。


「婚約破棄小説を最初に読んですぐ、わたしと同じ世界から来た人が書いたものだとわかりました。元の世界でとても流行った小説に似ていたからです。わたしが逆襲小説を書いたのは、他に書いている人が見当たらなかったからです。試しに書いてみたら思いのほか楽しくて。最初は誰にも見せないつもりだったのですが、最後まで書き上げてみたら、誰かに読んでもらいたくなってしまい……侍女に見せたのが最初でした」


 チラリと侍女を見ている。見られたほうの侍女は、静かに頭を下げていた。


「グレンジャー子爵家の使用人たちは、わたしが前世の記憶で苦しんでいたことを知っています。わたしは、小説を書いてから生き生きとしていたようで、皆はそれを喜んでくれていたようなのです。小説も、面白かった、また書いて欲しいと言われました。お世辞だとわかっていてもそれが嬉しくて」


 フランソワはとうとう泣き始めてしまった。リアムに差し出されたハンカチを首を振って拒んでいた。侍女に視線を送る。


「お嬢様、紳士から差し出されたハンカチは受け取らない方が失礼ですよ」

「そうなの?」

「こういう時は受け取っちゃった方がいいです! ほら、お嬢様の好きな黒髪男子ですし!」


 なるほど。リアムの容姿がお好みのようだ。


「うん、使っていいと思うよ。あと、気にせず喋ってくれていいよ。先に言っちゃうと、君のことスカウトしに来たんだし」

「えっ……」


 アルフレッドの言葉に、ハンカチを受け取っていたフランソワの口がぽかんと開いた。


「領内の本屋に持ち込んだのは、影響力を考えてかな?」

「はい。領内ならそんなに広まらないのではと思い、お父様の許可もおりまして」

「なるほどね、うん。調査通りだよ」


 アルフレッドが笑うと、フランソワは顔を引き攣らせて怯えた。


 にこやかに笑ったつもりが、やけに怖がられてしまった。こんなことは初めてなので、さすがに戸惑う。


「垂れ目じゃないし、ホクロもないのに腹黒……」

「ん? どういうこと??」

「茶髪、色っぽい美男子、腹黒キャラの鉄板」


 ひどい悪口を言われたような気がする。

 横を見ると、リアムが無表情のまま静かに固まっていた。理解できていないようだ。


「お嬢様、お嬢様、キャラ設定してる場合じゃありませんよ」

「はっ! そうね。ごめんなさい。鉄板まで言っちゃったけど、わたしの中での話なので忘れて下さい」

「うーん、ちょっと忘れられるか自信がないけど、まぁいっか。それで、本題なんだけどね」


 リアムに視線を送ると、気付いたリアムがようやく息を吹き返し、わかっているとばかりに頷いて話し始めた。


「実は、貴女の書いた凌辱小説が広まってしまっています」

「えっ!? どういうこと!?」


 フランソワが叫んだ。


 凌辱小説とは、一見婚約破棄小説のように見せながら、中身は王子や側近にヒロインが凌辱されるという過激な内容だ。その描写がリアル過ぎて、ピンク色の髪の女の子が襲われかけるという事件が起きて調査が入ったのだ。


「使用人の間で貸し借りをしていて、内緒と言いながら外の者に手渡した者がおりまして。旦那様が直ぐに動いてくださいましたが、既に複本が作られ、全てを回収するのは不可能だったのです。旦那様は流出させた者を解雇し、この件について、お嬢様には決して漏らさないようにと……お嬢様が、小説を書けなくなってしまわないようにと仰っていました」


 フランソワに侍女が説明した。


「そ、そんなっ!! あれは、わたしの元いた世界の表現の自由が、どれほどのものか知ってもらいたくて書いただけなのに!!」


 フランソワは震える肩を抱き締めるようにして叫んだ。

 なぜフランソワが凌辱小説を書いたのか、最後までわからなかったのだけれど、ようやく理解できた。リアムも同じことを思ったのか、頷いている。


「単刀直入に言います。王国公認の艶本を書いていただけませんか?」

「へっ!?」

「凌辱小説のようなものは検閲の対象でもありますし、サファスレートの国民性からしても、なかなか受け入れられません。けれども、影響力が凄かった。影響力があるということは、いずれまた何かしら広まります。どこの国でも多かれ少なかれ受け入れていることです。サファスレートは娯楽が少なすぎて、少々困った問題が起きています。そのため、先んじて国公認の娯楽小説を出して広めてしまおう、という計画です」

「それをわたしが書くのですか?」


 リアムは変わらない表情で頷いた。


 うん、まぁいい感じなんじゃないかな。


「もちろん王国から給金が出ます。艶本以外の娯楽小説も書いていただいて構いません。内容にもよりますが、そちらにも給金をお支払い致します。いかがですか?」


 フランソワは戸惑いの表情を浮かべたまま、侍女とリアムを交互に見ている。


 その僅かな表情の変化の中に、歓喜が見え隠れしているように思えた。


 アルフレッドは仕事が一つ片付いた事に安堵しながら、冷めてしまった紅茶に口をつけた。




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