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グレン

 




 私はグレン・ルーズヴェルト。この国の宰相なんてものをやっている。全く面倒な話だ。宰相でなければ呑気に領地経営だけしていればよく、気楽なものだったはずなのに。

 

 我が家はどういう訳か宰相に抜擢されてしまう。息子のリアムにはさせまいと尽力していたのだが。


 貴族たちの世代交代を促進して、爺共をさっさと引退させようという話からリアムの話題になってしまった。タイミングを逃さないあたり可愛げがない。


「リアムは次期宰相だ、諦めろグレン」

「アルフレッド君でも良いはずでは? のらりくらりと躱し、良い宰相になりましょう」

「駄目だな。アルフは役職に縛らず放っておいたほうがいい仕事をするし、リアムは宰相にならなければ自分は無能だと認識する。それに、これから私が築こうとしている国の宰相にはリアムのような真面目さが必要だ。まぁ、そうは言っても、まだまだお前には働いてもらうがな。励むといい」


 そう言って、口の端をあげてニヤリと笑った。


 レオンハルトには隙がなく、不在の時を狙うしかなかった。本人は自分のことを凡庸などと言っているが、それを言ったら歴代の王が全員無能になる。


 レオンハルトはデオギニアから帰国するなり議会室のドアを蹴破り、その後散々暴れた。それ以来、朝議は荒れた議会室で機嫌の悪いレオンハルトに睨まれながら行われている。


 剣の腕が立つ者の覇気は、鍛練していない者には辛いだろう。

 

 ニコニコしているのはデジュネレス公爵ぐらいか。アレの場合、鍛練などではなく、ただの勘違いだが。


「議会室での件は、完全に暴れすぎです。請求しますので自費でお支払い下さい。支払いの目途が立たないとあのままですよ」

「あれから三か月も経っているというのにどうしてあのままなのかと思ったらそういうことか!!」

「いえ、荒れた部屋で睨まれながらの朝議、なかなか面白い光景だなぁと敢えて放置しておりました。費用は殿下への嫌がらせを先ほど思いついた次第です」

「なっ! それは払うが! 大体、お前があんな茶番を仕組むからだ」

「何度も申し上げましたでしょう。狸を追い込むなら姫を娶られよと」

「ヴィーが酷い仕打ちを受けていたこと知っていて黙っていたな?」

「そこに気付いてこそですよ、精進なさいませ」


 グレンを睨むレオンハルトは銀の髪を掻きむしった。


 あぁ、これから若い妻を娶るというのに髪が抜けたらどうするのだ。全く、文句言いつつちゃっかり愛称呼びとは。ジークハルト殿下でさえ幼少期にしか呼んでなかったというのに。


「わかりませんか。ジークハルト殿下とヴァレンティーナ嬢の関係は友です」

「知っている。それでも引き裂くのは心が痛む」

「友とは相手の幸せを願うものです。自分が幸せにしたいと願ってこそ愛でしょう」

「お前が言うと気持ちが悪いな」

「ええ、私も鳥肌が立っております」

「なら言うな!」

「愛おしそうに愛称呼びをされ、大変お幸せそうで何よりです」

「お前は本当に性格が悪い!!」

「お褒めにあずかり恐縮でございます。どうぞ年上の包容力を遺憾なく発揮なさいませ。父性に飢えた姫には殿下のような大人の男が宜しいでしょう」


 さっさと婚約していればもっとスムーズだったのに、と嫌味をこめながら言えば歯をギリギリさせて悔しがった。いい気味である。


 どれだけ骨が折れたか————仕組んだ私に、心が痛むなどと言う権利もなく————ライドン騎士団長(ヒースの父)がヒースとマーガレット嬢の婚約の継続を願っても、ラムレイ前騎士団長(マーガレットの祖父)からの許可が下りなかった。

『若い二人には互いの道を』との言葉で婚約は解消と決断された。


「さっさと古臭い風習の全てをぶっ壊すぞ」

「全て殿下のお心のままに」

「不正の証拠は」

「整っております」


 待ってろ、デジュネレス公爵。

 この国の尊い王子たちを追い込んだ罪、きっちり償わせてみせる。

 婚礼を急ぐことを理由に王族の居住区内へと姫を囲い、第二王子を国外へ逃がした今、絶対に逃さない。

 私が味方ではなかったと知るのは全てが終わった後だ。

 次期王妃の名に傷をつけるわけにもいかず、秘密裏に事が運ぶのだけが心残りだが。


「グレン」

「何でございましょう」

「ジークを逃がしてくれたこと、感謝している」

「身に余る光栄に存じます」


 グレンは深々と頭を下げた。


 レオンハルトが婚約者問題で悩んでいたころ、前宰相だった父が体を壊し、引き継いだばかりのグレンには力が無かった。


 デオギニア帝国の第二皇女との婚姻には多大なメリットがあった。サファスレート王国が発展するきっかけにもなったはずだ。


 けれども、保守的な老人たちが身分制度を根底から覆しかねないデオギニア流の発展を厭った。


 次期王妃の父の座を狙っていたデジュネレス公爵は、他国の姫では太刀打ちできないと老人たちと結託し、侯爵令嬢を婚約者にし続けた。


 その裏で、箝口令が敷かれていたレオンハルトの恋の話を侯爵令嬢に耳打ちし、追い込んだのはデジュネレス公爵の手の者だった。


 都合が悪いため公にされていないが、侯爵家は娘を次期王妃になどしたくなかったのだ。侯爵令嬢には、彼女に想いを寄せる従兄がおり、その者を婿にしたいと長らく訴えていたのだが……。


 ジテニラ王国の末姫を娶った侯爵家という都合のよさを利用された挙句。


 大切な一人娘を失うなど——————








 * * *







「あぁ、疲れたな」

「あら旦那様、珍しいことおっしゃいますのね」


 メリッサは、ふふふ、と口に手を添えて笑った。何年経っても可愛らしい乙女のような妻の頬をそっと撫でた。

 目配せをして侍女と侍従を下げる。


「今日こそアリシア嬢に会いたかったな」

「とても可愛らしかったですわ。今日は淡いグリーンのドレスで、出会った日のようだとリアムが大変喜んでおりました」

「浮かれていたか」

「それはもう。一緒にお茶を飲んだ後は、私室で睦まじく過ごしておりましたわ」

「ほぅ」


 リアムが四歳の時に、アリシアを妖精だと言い出した時に覚悟した。これは何としてでも手に入れなければと。

 

 セヴィニー伯爵家は、典型的な保守派で中心人物でもある。今はまだ隠しているが嫡男は改革派のため、世代交代後は我が家と共にレオンハルトの派閥に入る。


 それをスムーズに進めるためにも、アリシアとリアムの婚姻は必要だった。あの堅物から賢い息子と愛らしい娘が生まれたのも、天の采配としか言いようがない。


 もしリアムが他の令嬢と婚姻せざるを得なかったとすれば、真面目さゆえに悩み、酷く拗らせただろう。それを思うと背筋が凍る。


「うちの子、あんなに笑う子でしたかしら?」

「私もよくメリッサに会った後、母上に言われたな」

「まぁ! ではやはり、容姿だけでなく性格も旦那様に似ていますのね」


 メリッサは綺麗に笑って、紅茶をひと口飲んだ。

 ソファーに預けていた背をおこし、隣に座ったメリッサの腰を抱き寄せた。


 私もまた、政略でありながら愛しい人と結婚できた幸運な男の一人だ。


「メリィ、湯あみをしておいで」


 そう言って、目元にキスをする。

 あら、とメリッサが蜂蜜色の瞳を瞬いた。


「ふふ、旦那様ったらお疲れですのに」

「疲れたから癒して欲しいのだ。それに」

「何でしょう」

「グレンと」


 名で呼んで欲しいと耳元で甘く囁けば、メリッサは頬を染めながら『グレンさま……可愛がって……くださいませ』と呟いてくれた。

 あまりの可愛さに思わず抱きしめ、亜麻色の髪に顔を埋めながら、深く、深く息を吸い込む。


「愛してるよ、私の可愛い可愛いメリィ」




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