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リアム(2)

 




 誕生会は予定通りに進行した。

 ヒースと共に退出するジークハルトとは一度も目が合わなかった。

 マーガレットはこれからブレイデンと婚約についての話し合いがあるらしく、兄のロバートと共に退出してしまった。


 行きの馬車の中からずっと緊張していたアリシアは、疲労が限界に達しているようだった。

 セヴィニー伯爵邸に帰る前に休ませる必要がある。アリシアを連れてアルフレッドに準備してもらった部屋で休ませた。


『パーティーの後は二人で話せるように部屋を用意しておくからね! しっかり説明して誤解を解いて、ついでに睦み合うといいよ! そのまま泊まってもいいからね?』


 軽口を叩いたアルフレッドのことを睨んだものの、どこかで話す必要はあったので、一応部屋の用意は頼んでおいたけれど、本当にベッドがある部屋に案内されるとは。


 いや、休憩するためだからあるのか?

 執務室に案内されても困るが。


 リアムは脳内で激しく葛藤しながらも、表向きはスマートにエスコートしていた。

 ベッドに横になるか一応聞いたけれど、アリシアが首を振ったので二人で並んでソファーに腰かけた。メイドが運んでくれた紅茶を飲んで、人払いをしてから婚約破棄などあり得ないことだと説明した。


「リアム様、申し訳ありませんでした。リアム様が大変な時に、勝手に不安になってしまって……何を言われたわけでもないのに、わたしは、リアム様に断罪されるものだと」


 アリシアは珍しく震えていた。

 普段のアリシアは、その小柄な容姿とは裏腹に、気軽には他を寄せ付けない凛としたオーラがある。

 セヴィニー伯爵家は由緒正しい家系で、お父上が大変厳格なため、躾けはかなり厳しかった。人に弱みを見せてはならない、泣くなどもっての他、など……今では珍しいほどの古風な教育がアリシアのオーラを形成している。

 アリシア自身が貴族だから当たり前だと思っていることは、公にされていないだけで守ってる人が減っていることがある。


「不安にさせて申し訳なかった。そんなことは絶対にしないから安心して欲しい。先ほども言ったけれど、私はアリシアを愛している」


 アリシアの前に出て、片膝をついた。


「私の大切なアリシア、どうか貴女に触れる許可を」


 懇願するように見つめると、戸惑いながらも頷いてくれた。

 小さな手を取り、ほっそりとした指先にキスをし、甲にも唇を寄せ、わざと音を立ててから離した。

 アリシアの蜂蜜色の髪が揺れ、新芽のような淡い緑の瞳が潤んだ。

 腰を浮かせ、アリシアの背中と膝裏に手を入れ、そっと抱き上げた。


「リアム様、いけません!」


 ベッドに連れていかれると勘違いしたのだろう。

 リアムの胸元を押して阻止しようとしている。


「触れると言っても、怖がらせるようなことは決してしない。アリシア、私の春の妖精。貴女を私の身の上に留まらせたいのだ。許してもらえないだろうか?」


 もうすぐ結婚できるのだし、と耳元で囁いたら真っ赤な顔で頷いてくれた。

 ソファーに腰をかけ、膝の上に乗せた。食事は霞ですと言われても信じてしまいそうなほど軽い。


 あぁ……このまま連れて帰りたい。


 目元にキスをし、小さな額に唇を寄せ、背中の手をスルリと動かせば、わかりやすく震えた。

 頬に手を滑らせる。肌は柔らかく、とても温かかった。

 長いまつ毛が何度も瞬いている。


「リアム様」

「ん?」

「マーガレットは、今回の婚約のことをいつから知っていたのでしょう?」

「昨日だろうな」

「まぁ……!」


 先代のラムレイ伯爵は、当時十八歳だったブレイデンに、わずか六歳のマーガレットが恋心を抱いていることに気付いたらしい。

 十二歳差など貴族では珍しくもないが、長らく辺境周辺の情勢が荒れており、ブレイデン自身も婚約に割ける時間がなかった。先代のラムレイ伯爵は、それでも婚約の打診はしたらしいのだが、やはりというか、上手くはいかなかったようだ。

 マーガレットは早熟で、恋心を自覚したのも早ければ、ブレイデンとの婚約が叶わないことを理解するのも早かったらしい。

 

 その後、マーガレットはジークハルトの側近候補であるヒースと八歳で婚約した。


「急な話ではあったけれど、マーガレット嬢も納得していたようだが」

「でも……それだとヒース様は……いえ、それを言うならジークハルト殿下とヴァレンティーナ様も……」


 アリシアは眉を下げて寂しそうな顔をした。

 こんな顔を見せるのは珍しい。


「ヒースは、ジークが留学すれば必ずついていく。それが護衛騎士の務めだから。それがわかっていたから、マーガレット嬢の婚約者探しを急いだのだと思う。待たされた挙句、行き遅れなどと呼ばれるのはラムレイ伯爵は許せないだろうし……ジークとヴァレンティーナ嬢のことは、他にやりようはなかったのかと私も思っている」


 リアムの頬をアリシアがそっと撫でた。そこに傷があるみたいに、いたわるような柔らかな手つきで。

 頬を撫でるアリシアの手に、自分の手を重ねて目を閉じた。




『おとうさま、おにわでようせいにあいました。おはなのようせいでした。とてもかわいらしかったです』


 アリシアに初めて会った時、その姿のあまりの可愛さに胸を打たれたリアムはそう言って笑ったらしい。

 普段あまり表情が動かない子どもだったので、その様子を見た使用人たちはこの日のことを語り継いでいた。


 しばらく本当に妖精だと思っていたのは、子供のころの恥ずかしいエピソードのひとつだ。

 婚約者候補と呼ばれる相手だと知った後は、何度も婚約者にして欲しいと父に願ったが、なかなか許可されなかった。


 ヴァレンティーナとエミーリアだけでなく、マーガレットとアリシアを含めた四人が、ジークハルトの婚約者候補だったらしく、ジークハルトの婚約が決定してからでなければ許可できなかったらしい。

 それをリアムが知ったのは、八歳でアリシアと無事に婚約できてからだった。

 四歳で出会い、四年ほど粘った結果だった。


 リアムがアリシアにずっと想いを寄せていたことを知っていた使用人たちは、婚約が成立した日に密かに坊ちゃんを祝う会を開き涙した。

 後程リアムの耳にも入ったのだが、とにかく恥ずかしいエピソードだ。





「君は本当に妖精だったのか」

「リアム様、恥ずかしいのでおやめください」


「なぜだ、抱いていないとどこかへ行ってしまうのではないかと思う」

「どこにも行きませんから」


 何度も妖精だと呟きながら顔じゅうにキスをしていたら抗議された。


「私がアリシアを愛していて、婚約破棄などという言葉がいかに馬鹿らしいかを知ってもらわないといけない」

「もう、充分わかりましたわ!」

「本当に?」


 思わず疑わし気な目を向けたリアムを、深呼吸したアリシアが見上げた。


「正直に申し上げます。わたしはリアム様を心からお慕いしております。リアム様に婚約破棄されるかもしれないと思ったとき、わたしの胸は痛みました。今になって思えば、ずっと前からリアム様をお慕いしていたのです。わたしはそんな自分の気持ちすらわからず、とても愚かでした。それに、もしリアム様がわたしとの婚約をなかったことにしようとするのならば、わたしに非があったとしても破棄などなさらず、リアム様に非があるかのように見せながら解消なさるはずです。リアム様はそういうかただと、よく存じ上げておりますのに、わたしはオロオロとするばかりで——でも、これが恋というものなのでしょう。恋とは、人を愚かにしますのね」


 くっきりサッパリ理路整然と告白された。


 こらえきれずアリシアを強く抱きしめながらキスをした。

 驚いたアリシアが肩を震わせる。やめてと言わんばかりに手の平がリアムの胸元を押した。唇を離し、抱きしめていた腕を緩める。頬から耳をそっと撫で、首筋に指先を這わせた。


「いけません……」


 震えるアリシアは、正直可愛いだけだった。

 けれど、あまりやり過ぎては嫌われてしまうだろう。


 アリシアの息が整うように背を撫でれば、ふぅ、と息をつく声が艶めかしく、なぜかアルフレッドの言葉が脳裏を掠めた。



『エミーリアを取られるのなんて絶対嫌だったから既成事実はそれなりに作ったよ』


 絶句したが、冷静になってから問いただせば、あちら(王家)が勝手に何かあったと勘違いしてくれればいい、とのことだった。

 レオンハルトの婚約者候補にエミーリアの名があがらないはずだ。

 実にアルフレッドらしい。


『は!? 唇へのキスすらしてない!? 頬だけ!? それも一年に一回って、リアムお前……』


 可哀そうな子を見るような目つきをやめろ。

 ついでに既成事実がどこまでか教えろと迫ったが、刺激が強すぎたので途中でやめてもらった。

 才女を落とす手管が恐ろしかった。



「わたしは、政略結婚で良かったですわ」

「ん?」


 アルフレッドのことを思い出していたら、アリシアがアルフレッドみたいなことを言い出した。


「恋愛だなんて、そんな不安定なものではリアム様を取られてしまいます」

「……それは私のセリフなんだが」

「寝言は寝てから言ってください」

「いや、それも私のだな」

「リアム様はご自分の魅力をわかっていらっしゃらないのですね」

「待て、だからそれは私のセリフだと」


 何度言っても、何を言っても、アリシアは自分の魅力を頑なに否定した。学園でどれだけ自分が人気があるのか知る由もないらしい。


 想像して欲しい。


 俺の肩にも届かないほどの身長に蜂蜜色の髪をフワフワ漂わせて、芽吹いたばかりの淡い緑の大きな瞳の可憐な少女が歩いている姿を。


 皆、保護欲をそそられ、見た目通りかと思って話しかけては取り付く島もなく撃沈していたが。


「リアム様、わたしはそろそろ帰らないと家の者が心配いたします」

「うん………わかった……」

「リアム様!! いけません……っ……!!」


 妖精なのに凛としていて、なんて可愛くて愛おしくてかっこいいのだろう。

 

 私のアリシア————



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