アレン(1)
王城や辺境で会ううちに、シリルとは自然と仲良くなった。いくら母親同士の仲がよくとも、気が合わなければそれまでだっただろう。
アレンは好き嫌いがハッキリしている子どもだったので、その日もシリルの誕生会なら出てもいいなと思い、ルーズヴェルト侯爵家を訪れていた。
大人は挨拶が長いので逃げるようにして庭に出ると、そこにいたのはまるで絵本に出てくる春の妖精みたいな女の子だった。
こんな可愛い女の子、初めて見たな。
フローラは幼少期の毒殺未遂事件以来、侯爵家で隠されるようにして育てられていたので、アレンでさえ会うのは初めてだったのだ。
「おうじさま?」
「どうしてそう思う?」
笑いながら聞いた。
本物の王子はもっと煌びやかで、ちょっとだけなよっとしてる。言うとみんなに怒られるから言わないけど。
「お兄さまより体が大きくて、とてもきれいだからです。おうじさまはお兄さまよりひとつ上だときいています。きょうはわがやにおこしくださり、ありがとうございます」
とても綺麗な礼をしてくれた。こんな小さい子なのに偉いなぁと、自分も子どものくせにそんなことを思っていた。
「オレは王子じゃないから、礼なんてしなくていいよ」
「おうじさまじゃない?」
「王子じゃなくてガッカリした?」
「いいえ。ガッカリしていません」
「そう?」
アレンが笑うと、真剣な顔でしっかりしたことを言った。
「おきゃくさまには、きちんとごあいさつしなさいとならいました」
「あぁ、うん、そうだな。それならオレも」
一歩前に出て騎士の礼をした。
「ガルブレイス辺境伯が長男アレンです。どうぞよろしく、春のお姫さま」
「フローラ・ルーズヴェルトです。おひめさまじゃないです」
「え?」
「おひめさまじゃないんです。ごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
父が母のことを時々「赤い薔薇のお姫様」と呼ぶから、どういう意味か聞いたら「可愛い人って意味だ。アレンも女性を褒めたいときに使え」と言われたので真似したのだけど。
親父の言うこと、ぜんぜん当てになんねーなぁ。
「フローラ嬢は可愛いですねって言いたかったんだ」
「そうなの?」
もう一度コテンと首を傾げたフローラは、しばらくすると意味を理解したのか嬉しそうに笑って「アレンさまもかっこいいですね」と言ってくれた。
すごい、四歳なのに社交辞令を言ってる!
なんて思っていた俺も六歳だったんだが。
そんな懐かしいことを呑気に思い出していたのだが、あまりにも帰りが遅いような気がしてホール内の化粧室前まで来てみた。そこから出て来た令嬢に聞いてみると、他に人は入っていないという。
「マズいな」
シリルを探し出し、事情を話す。
顔色を変えたシリルがアレンを睨みながら唇を嚙んだ。
「化粧室だろうが更衣室だろうが付いて行けよ!!」
「すまん」
素直に謝って、ダンスホールを飛び出した。ざっと眺めた限り、ホールには戻っていないことがわかったからだ。
慌てて左右を見渡し、シリルが校舎内の化粧室ではないかと予想した。校舎は四棟あるので、左右に分かれて捜索しようと走り出したところで呼び止められた。
「急いでいるので後にしてくれないか!?」
「もしかしてフローラさんを探しています?」
「どこにいるか知ってるのか!?」
「あちらの校舎に入って行くのを見て、わざわざ遠い校舎に向かうのは不自然かなと思いまして。シリル様に一応お知らせしようかと」
指で西側の校舎をさしたあと、背後のシリルをちらちら見ている女生徒を疑わしい目で見つめてしまった。
「アレン、この人は嘘は吐いていない。急いで」
余裕のないアレンは、お礼も言わずに駆け出した。女生徒にはシリルが上手いこと言ってくれるだろう。口の上手さで生き抜いてるような男だから。
西側の校舎に入ると、人が倒れるような音と喚き声が聞こえた。その教室の扉には鍵が掛けられていたが、扉を蹴り倒して電気を点けた。
ご丁寧にカーテンが全部閉じられていたのは、そういうことをするためだと瞬時に理解したのだが。
「貴様、よくもこの僕を!!」
明るくなった室内で見えたのは、フローラに手を捻り上げられ、背中を踏まれているチャド・デジュネレス公爵令息だった。
「あ、アレン様。違うんです、あの、閉じ込められて、それで、手を掴まれたから咄嗟に捻って倒してしまって。母と武道を習っているものですから、つい!!」
可愛くてふわふわしている妖精のような女の子に踏まれている下衆という図に、アレンは堪えきれなくなって口を開けて笑ってしまった。
「どうする? 俺にやられたことにするか、それともフローラに捻り上げられたことにするか。今なら選ばせてやるよ」
アレンがニヤニヤしながら言うと、慌てたフローラが無意識にぐりぐりとヒールの踵をねじこんでいた。
「痛い、痛い、痛い、馬鹿女! 離せっ!!」
「俺の婚約者を馬鹿女と言った罪は重いぜ?」
「婚約者なら止めろよ!!」
「お前の行いは騎士団で裁かれる類のものだとわかってるのか?」
「僕を誰だと思ってるんだ!! この国の王妃を生んだデジュネレス公爵家の者だぞ!!」
「それがどうした?」
「なっ」
「お前まで偉くなったつもりか?」
近付き、フローラからチャドを受け取って引きずり起こした。
ちょうど到着したシリルの目にはアレンがチャドをボコボコにしたように見えたらしい。
「アレン、ストップ!! 殺すな!!」
「いや、まだ何もしてない」
「それチャドでしょ? 一応公爵令息。まぁ、一応だけど」
シリルは肩をすくめて言った。
チャドの祖父が一代限りの公爵を継いだだけ。チャドの親ですら継ぐ爵位などない。
一応、公爵令息と呼ばれてはいるが、王妃に敬意を表してというところだ。第二王子が成人したら、デジュネレス公爵を継ぐことになっている。
「こいつがフローラを襲った犯人だ」
「うん。殺そう」
「お前、さっき俺を止めてなかったか?」
「殺す、ぜったい殺す、さっさと殺す」
憤怒の形相をしているシリルの背後から、先ほどの女生徒が顔を出したのでお礼を言った。
「さっきは失礼な言い方をして悪かった。感謝する」
「いいえ、わたしは当然のことをしたまでですわ!」
得意げに胸を張っているが、小柄なせいか微笑ましく見える。
「イリーナ様がアレン様を連れて来てくださったのですか!?」
フローラの言葉で、ようやくこの女生徒の名前を思い出した。イリーナ・アディンソン侯爵令嬢だ。フローラ以外の女に興味がないせいで忘れていた。
「たまたまですわ! フローラさんがダンスホールから出ていくところを見かけて、たまたま、わたしも外の空気を吸いたくなって、たまたまホールを出たのですわ。別にフローラさんを追いかけたわけではないのですよ!?」
「……前から思っていたのですけれど、イリーナ様って、もしかしてお兄様のことがお好きだったりしますか?」
「な、何を急におっしゃってますの!?」
「お兄様とダンスを踊りたかったのでは? わたしを通せば誘いやすいでしょうし」
ん?
チャド、お前まで『ん?』みたいな顔すんな。お前は騎士団行きだから。
当のシリルは涼しい顔で完全にスルーしてんのに、関係ないお前がこっちの話に加わってんじゃねーよ。
腹が立つので腕をギリギリと締めあげてやった。
「痛い!! イタタタタタ!! 何を誤解してるのか知らないが、僕はローズという女にここで待ってろと言われただけで」
「ほう?」
「確かに、ダンスの練習の時、みんなに妖精姫とか言われてたし、ちょっと可愛いなって思ったから目はつけてたけど」
「つけてたのか」
「イタタタタタ!! だからって、何するつもりでもなかったんだ!!」
「じゃぁ、なんでカーテンなんか閉めてたんだ?」
「知らないよ! ローズって女が、恥ずかしいから閉めておいてってその娘が言ってるからって」
「……とりあえず、騎士団へ連行する。シリル、ローラを頼む」
「もちろんだ」
シリルは険しい顔のまま頷いた。




