フローラ(1)
サファスレート王立学園は、貴族の子息子女が多く集まる学園だが、庶民の入学も許可されるようになり十年が経った。それまでにも、庶民が無料で通える学校や、サファスレート王立学園よりは学費の安い私立学園など、いくつかの学校が建設された。
研究者や医者など、専門の人材を育てる大学が三年ほど前に設立され、我が国はようやくデオギニア帝国の水準に達したとのことだった。
以前はドレス姿だったサファスレートの令嬢たちも、今では制服を纏い、庶民と同じ教室で勉強している。
制服が導入されてから徐々に、身分の違いなど気にせず交友できるような校風に変わっていったという。
代々宰相を担っているルーズヴェルト侯爵家の令嬢であるフローラも、傅かれたりせずに過ごせているのはそのおかげだ。
入学直後はお互いの緊張から、なかなか気軽に話せなかった商家のお嬢さんとも、三か月経った今では普通に会話ができるようになった。
父や母の世代では考えられなかったことらしい。
ちなみにフローラの母、アリシアは、制服のスカートが短いとお気に召さない様子で、今日もフローラの脚を見ては不服そうにしていた。
「もっと長く作り直しましょう」
「お母様、それではドレスになってしまいます」
「ドレスの何がいけないのです?」
「動きづらいです!!」
「淑女が動きやすさなど求めてどうするのです?」
「これでも誰よりも長いのです!」
「まぁ、それは破廉恥ですこと」
毎日のように繰り返されるやりとりに頭を悩ませていると、同じ学園に通う二つ上の兄のシリルが間に入って助けてくれた。
「フローラ、そろそろ出ないと遅れてしまうよ」
「お兄様!!」
「母上、フローラのスカートは誰よりも長いですよ。これ以上長いと悪目立ちします。改革を進めてる宰相家が自分の娘だけ特別待遇していると言われかねません。淑女たるものドレスであれ、というカビの生えた保守派に利用されかねませんよ」
母は、父に瓜二つのシリルにそう言われると弱い。溜息を吐きながら頷いてくれた。
「仕方ありませんね。フローラ、はしたない行動は慎むのですよ」
「わかっております!」
シリルに手を引かれながら馬車に乗り込むと、フローラは盛大にため息をついた。
「もうほんと、勘弁して。なんであんなに毎日同じこと言えるの!?」
「まぁ仕方ないよ。母上の古さは祖父母世代レベルだからね。淑女が足を見せるなんてあり得ないんだと思うよ」
シリルは琥珀色の目を細めて笑いながら、フローラの淡い金髪をそっと撫でた。
フローラは長いスカートの上に置いていた手をギュっと握りしめる。
「胸の開いたドレスには文句言わないのに? 昔のドレスのほうがよっぽど破廉恥なのに」
「ドレスはそういう物ってことだろうね」
「今度のダンスパーティー、欠席したい……」
学園の長期休暇前のダンスパーティーでは、普段の制服ではなくドレスを纏う。
学園で制服が採用されて以来、ドレスの流行が変わり、胸元を大きく開くのではなく脚を見せるスタイルに変化していった。隣国のデオギニア帝国から入った流行で、コルセットで締め上げて胸を強調するのではなく、脚の綺麗さが求められるスタイルになってきているのだ。
その流行を作ったのが、デオギニアで暮らしている王弟ジークハルトの妃であるミユだ。
ミユは最先端のドレスを発信しているデザイナーで、ジークハルトはそんな彼女のためにデオギニアで暮らすことを即決したと言われている。
母の伝手でミユに会ったことのあるフローラは、綺麗な細い脚でワンピースを着こなしていた彼女に憧れている。あの母に足首が出ているドレスを着せることができたのも、彼女のお陰だった。
母はミユから贈られた、ほんの少し足首が出ているドレスを着て、恥ずかしいといって部屋にこもり、父を困らせたことがある。父と室内でなにやら揉めて……かなり時間が経ってから出て来た母は、父にお姫様抱っこされていた。
このエピソードは我が家の秘密だ。
母はそのまま馬車に乗せられて夜会に出かけたけれど、夜会で社交はできたのだろうか?
なんとなく覚えている場面では、父がなんだか母をいつも以上に構っていたような??
――いや、今はそれどころではない。
「また古臭いドレスにされちゃう!! 最先端は膝上丈なのに!!」
「うーん、そこは婚約者殿からの贈り物が届くだろうから大丈夫なんじゃない?」
「それはそれで困るのよ」
「困る……あぁ、なるほどね、婚約者殿から贈られた真っ赤なドレス着てエスコートされたら目立つもんねぇ。どうせ他の令嬢たちに、婚約者がいても恋愛はできましてよ? 気に入った殿方がいらっしゃるなら、こちらから解消すれば宜しいのですわ! オホホホとかやられたんだろ?」
「言い方!」
「大差ないだろ?」
「……あるわ、そんな……確かに好きな人ができても解消できるとは言われたけど」
「同じだよ。要するに婚約者がいるなんて今時ダサいっていうくだらない話でしょ?」
そう言われるとその通りなので、黙るしかないのだが納得はできない。
先日、ダンスパーティーのパートナー選びの話の流れで、今も婚約状態であることを漏らしてしまった時のこと。
「え、フローラってまだ婚約してたの?」
伯爵令嬢のブリジットと子爵令嬢のローズは慌てて辺りを見回して言った。
「大丈夫よ、ほら、あの方もそろそろ成人でしょう?」
「そう、そうよね? そうしたら騒がれることもなく解消でしょ?」
「今はそれが知られたとしても、傷物なんて言われなくなったし……ね?」
昨今、サファスレート王国では早すぎる婚約の弊害を理由に、十三歳以下は婚約不可となった。さらには十五歳、十八歳という節目に、婚約の継続意思確認手続きが義務付けられた。男女ともに王城の官吏の元、確認作業が行われる。
また、継続意思手続き期間でなくとも、申し出れば円満に解消できるようになった。爵位の低い方からの申し出も可能だ。婚約者はお互いに対等な立場である、という大義名分によるものだった。
婚約者がいなくとも令嬢は行き遅れなどと言われることもなくなり、相手を自由に選べるようになったことに多くの人が喜んだ。この改革は、親世代からの相当な後押しがあったという。
「フローラのお家は特殊だものね」
「代々宰相を担っているんですもの、色々な思惑があったのでしょう?」
「大丈夫よ、学園で好きな人ができても、円満に解消できるから、ね?」
二人は慰めるように言った。
現在のサファスレート王国の王太子殿下には婚約者がいない。
幼少期から婚約をし、成人したら立太子するというこれまでのしきたりを変え、婚約者がいなくても立太子できるようにしたのは現王のレオンハルトだ。
厳しい身分制度や、政略結婚による派閥がここまで緩んだのはレオンハルトによる実力主義での統治がある。それにより、貴族たちは政略結婚での繋がりで力を持つことが難しくなった。
元々政略結婚への負のイメージが強かった親世代は、祖父母から強いられていた子どもたちの婚約を嬉々として解消しはじめた。
もはや政略結婚など必要ない!婚約なんて古い!ダサい!という、子世代の流行も相まって、それは急速に進んだ。
ブリジットとローズも入学前の十五歳の時に解消しているらしい。
「エスコートを婚約者が務めてしまうと目立つわね」
「そうよね……なんと言ってもお相手がお相手ですし」
「……有名人ですものね」
そう言ってフローラを切なそうに見つめるブリジットとローズに、何も言い返すことができなかった。
思い出すだけで溜息が出る。
「婚約者がいることがダサいとか過剰反応だよ、婚約するしない、どちらも自由だよっていう政策なのに」
「令嬢は流行に敏感なのよ」
「そんなこと言ってて大丈夫? フローラの婚約者が誰なのかわかってる?」
「アレン様よ!!」
「うん、そうだね。あの、アレンだよ? 覚悟した方がいい」
シリルは澄ました顔でそう言った。
アレンとシリルは、同い年で仲が良い。
そのシリルが覚悟しろと言っている。
そんなこと、言われなくともわかってるわ!!
真っ赤な髪に金の瞳、王族と見間違えるほど整った顔が脳裏に浮かび、フローラは頭を抱えた。
将来有望なアレンを狙っている令嬢は星の数ほどいるだろう。
もしもアレンに、好きな人ができたから婚約を解消したいと言われたら、その時はシリルに言われずとも身を引こうと思っている。
好きだからといって、自分の気持ちを押し付けてまで婚約を続けるつもりはない。
愛し合う人を割くのは嫌だ。
「何を拗らせてるのかね」
「婚約者のいないお兄様にはわからないわ」
「俺に婚約者がいないのは、そういう政策を率先して行わなければならない立場だからだよ」
シリルはそう言って、視線を外へ向けた。
宰相である父も、学生でありながらすでに仕事を手伝っているシリルも、フローラに仕事について詳しく語ることはない。
そういうものだと思っているし、母にも厳しく言いつけられている。
殿方のお仕事の邪魔をしてはなりません!
詮索など、もってのほか!!
わかってますよ、お母様。
どうして婚約意思確認手続きなんてものを作ったのかなんてお父様に聞きませんし、お兄様がグラント公爵令嬢のシャーロット様のことが大好きだなんて知っていても口にはいたしません……!!
ですから!!
ドレスは流行の物を着させてください!!
フローラは伝わらぬ母に切なる願いを祈りながら、到着した馬車から静かに降りた。




