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【完結】伯爵令嬢は悪役令嬢を応援したい!~サファスレート王国の婚約事情~  作者: 咲楽えび@(旧 佐倉えび)
デオギニア帝国からの留学

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ミユ(3)




 サファスレートの王宮の夜会に緊張感が高まる。


 一か月ほど必死に作法を覚えた。

 自信はあまりないが、エスコートしてくれるジークハルトに迷惑をかけないように頑張ろうと思う。


 初めてエスコートしてもらったとき、腕を絡ませ密着してしまったことを思い出す。知らなかったとはいえ恥ずかしい。

 そっと隣を見上げれば、ジークハルトが目元をゆるませ、小さく微笑んでくれた。さすが王子様だ。余裕が違う。


 サファスレートに来てみれば、ジークハルトは想像以上に本物の王子様だった。

 大学に一緒に通うようになり、気さくに話すことにも慣れたジークハルトを身近な人だと思い込みすぎていたようだ。





 馬車での旅は快適とは言い難かった。ストールを持っていたけれど、夕方近くなるとそれでも寒かった。途中でジークハルトがジャケットを貸してくれなければ凍えていただろう。今度はジークハルトが寒くなっちゃうと言えば、慣れてるから平気だと言う。


 ナターシャもヒースに借りて、くるまったまま静かにしていた。

 二人は気が合うらしく、普段はお喋りも弾むのだが。

 時間と共にナターシャの口数が減っていった。馬車の旅が辛かったのだと思う。


 ララとルイは薄着で大丈夫だっただろうか。コーディーやテッドが、何か羽織るものを貸してくれるといいけれど。特にララは、コーディーと会話が少ないので心配だった。


 ジークハルトの一時帰国を寂しく思っていたので、一緒にサファスレートに来れることになったときは嬉しかったが、ミユたちもサファスレートに行くことがシンから伝えられた時のララの表情は、とても暗かった。

 少し前からミユたちのいる大学に顔を出すたびに嫌そうな顔をしていたので気にはなっていた。ルイに無理やり連れてこられているような気がしたから。

 コーディーに誤解されたのだろうか。


 ミユたち四人を乗せた馬車は王家の別邸に着いた。国王陛下が休養の際、使用していた邸宅だと聞いた。絵にかいたような丘の上に建つ小さなお城のような建物だったので、お姫様のようだと心を弾ませていたのだけれど……。


 期待に反してという言い方は大変申し訳ないが、デオギニアのような空調設備がないのでとても寒い。夜になると暖炉に火が灯されたが、それでも寒かった。


「どうしてお隣の国なのに、こんなに寒いのかな」


 ふと疑問を口にしてしまった。ヒースは外で剣を振っているらしい。なんでこんな寒い日の夜にと思うけれど、聞いたところで理解できそうもないので聞かなかった。


「隣と言っても北に位置するし、山を越えるからな」

「なるほど?」

「越えたあたりで気温がぐっと下がるのがわかる」

「確かに」

「まだ寒いか?」

「うん……ちょっと」

「……そうか」


 隣で紅茶を飲んでいたジークハルトが肩を引き寄せ、ミユを突然抱きしめた。


「んっ……んん??」

「嫌か?」

「全然嫌じゃないけど、びっくりした」


 顔を上げたら綺麗な蒼の瞳が近くてさらにびっくりした。


「もうすぐ湯あみの用意ができると思うが、それまでこうしていよう。風邪をひいたら大変だ。デオギニアと違って、医者の数が少ない上に薬もあまり流通していないからな。ナターシャは大丈夫だろうか?」

「うん、うん……心配かな」  


「ナターシャの部屋へ行って、確認するように」


 ジークハルトは背後にいた部屋付きのメイドにサファスレート語で指示した。

 その後、報告に来たメイドが「小さいお部屋ですので大丈夫とのことです。何かを熱心に縫っていらっしゃったので紅茶をお出ししました」と言ったようだ。ジークハルトは頷き、なぜかミユの体をさらに強く抱きしめた。


「何か作ってるのね」

「ミユもそうだが、ナターシャも服作りに熱心だからな」


 ジークハルトは、いつの間にか()()と綺麗に発音できるようになっていた。

 自分だけ特別な愛称で呼ばれることに慣れてしまっていたので、ミユと呼ばれていることに気付いたときはとてもガッカリした。

 大学で教授に熱心に質問するようになったころにはもう、ミューとは呼ばれなくなっていたのだ。


「どうした?」

「うん……なんか、ミューって呼ばれてたころが懐かしくて。ちゃんと発音できるようになったことを喜ぶべきなのに、少し寂しくなっちゃった」

「……呼んでいいのか?」

「もちろん。むしろなんで呼ばなくなったの?」

「……やはり、愛称とは特別であろう?」

「……そっか」


 やはりミユでは特別な存在にはなり得ないのだろう。


 皇女といっても、元は庶民の生まれだった第三皇妃の娘だ。それでもユリアは前世の記憶が助産婦というものだったから、デオギニアでは安全な出産の確立に貢献した妃として有名だったけれど。


 ミユは違う。

 何も特別な知識は持っていない。デザイナーなどとデオギニアでは言われているが、ユリアに教わった前世の服のデザインを模倣しているだけのインチキデザイナーだ。

 いつか本当の意味で自分のデザインを生み出さない限り、偽物のままだろう。


 こんなわたしでは、政略的には無価値だ。


 どんなに一緒にご飯を食べても、震える体を抱きしめてもらえても、友達の域を超えることはない。相手が王族なら尚更だろう。


 こんなことで胸を痛めていては、先が思いやられるのだが。

 サファスレートの王宮の夜会で、ジークハルトの元婚約者様とお会いしなくてはいけないのだから。


 本物のお姫様は、どれほど美しいのだろう。


 ジークハルトは、彼女のことをどう思っているのだろう。





 会場にジークハルトとミユの名が響き渡った。

 久しぶりの第二王子の登場に、人々の視線とざわめきが集まった。続いて入場したヒースも注目を浴びていたので、ジークハルトの側近は特別なのだろう。ナターシャは器用なので、サファスレート流の挨拶も難なくこなしているようだ。


 近付いて来た人たちにサファスレート語で挨拶した後は、ジークハルトの横で微笑んでいた。マナーの先生が「挨拶さえできれば、あとはジークハルト殿下にお任せすれば大丈夫ですから」と仰ったからだ。


 サファスレート語がそれほど堪能ではないので全て聞き取ることはできないけれど、ジークハルトのことやミユを称讃するような言葉が多かったように思う。

 

「疲れたか?」

「平気よ」

「よかった。そろそろ兄上たちが入場する」


 耳元で囁いたジークハルトを遠巻きに見ていた令嬢が頬を染めていた。その令嬢たちも美しかったが、直後に現れたヴァレンティーナは輝きが違った。

 

 全身が光のオーラを放っていた。結い上げた髪に乗るティアラも、レオンハルトの瞳の色と同じ色彩の首飾りも、ヴァレンティーナの輝きの中では正しく装飾品だった。最高級の品を纏っても負けない美貌と完璧な笑み。見事な金髪はデオギニアでは見ることができない。細くしなやかな肢体からは想像できないほどの胸元の曲線美も素晴らしい。


 もはや、誰がこの人と闘おうというのだ。完敗だった――いや、そんなことはわかっていたのだけれど。


「あれは、ララ嬢か?」


 ジークハルトの言葉に、彼の視線の先を辿ってみた。


「ララ姉様……かな?」

「……見違えたな」


 ララは引き締まった顔と体で背筋を伸ばし、涼やかな表情でコーディーと並んでいた。まるで本物の令嬢みたいだ。


 曲が流れ始め、ミユたちだけでなくララたちも踊り出す。ターンの度にララを目で追ってしまった。サファスレートのドレスは生地が厚いものが多く、ダンスの際かなりの運動量になるのだけれど、涼しい顔を崩さずに踊っている。洗練されたララを見るのは初めてだった。


「どこを見てる?」


 いまひとつ集中していないミユに、ジークハルトが片眉を上げて抗議してきた。


「ごめん。ララ姉様がダンスも上手くなっててビックリしちゃって」

「この国では視線の先まで読まれる。したがって、()()()の気になる男性はララ嬢の婚約者殿ということになるのだが」

「えっ? コーディーってこと? 視線があっちだから?」

「そうだ。ミューの視線を辿った人は、ララ嬢を見てるなんて思わない」

「それは困る」

「困るのか?」

「うん」


 なぜか嬉しそうに笑ったジークハルトが、添えていた手を引いてわずかに体を近付けた。視線がなんだかねっとりしている。初めて見る表情に胸が高鳴った。


 横で踊っていた女性がそんなジークハルトをやけに見つめていたから、彼女の視線はまさにそういう意味なのだろう。なるほどこれが気になる人というやつかと、納得してしまった。


「サファスレートのドレスも似合ってる。ミューは何でも着こなすのだな。綺麗だ」


 突然ジークハルトが耳元で囁くので恥ずかしくてたまらない。気持ちを逸らそうと視線を泳がせようとしたら「逸らしたら不貞」なんて言うから視線を逸らすこともできなくなってしまった。

 

 ジークハルトの口から不貞なんて単語が……なんてこと!!


「その黒曜石の瞳には、私だけを映していればいい」 

「そ、そんな、口説き文句みたいな」

「口説いているのだが」

「なんで……? 大丈夫だよ、そこまでしなくても。ちゃんと目を見るよ?」


 ジークハルトはいい笑顔のまま、触れていた指先を撫でるように動かした。あまりにも思わせぶりな辿り方に、身体が震えた。


 なぜ急に色気を出してきたのだろう?


 視線で問いかけてみたけれど、やたら素敵な笑顔が返ってくるだけで、真相は全くわからなかった。



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