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アリシア(2)

 






 学園内では、アリシアたちが断罪されるのではないかと、まことしやかに囁かれるようになった。高位貴族が揃って断罪される様は、まるで婚約破棄小説のようではないかと噂された。


 そんな居心地の悪い学園生活を一週間ほど過ごしたころ、グラント公爵家からアルフレッドの誕生会への招待状が届いた。ごく身近な人しか参加しないと書かれた招待状を見たアリシアは、とうとうこの時が来たのだと震える手を握りしめた。


 ヴァレンティーナとエミーリアは、招待状が届いたあたりから学園に姿を現さなくなった。手紙を送りたかったけれど、この誕生会で断罪されるのでしょうか?などと書くわけにもいかず、マーガレットと二人で静かに過ごした。

 マーガレットは、ヒースから誕生会ではエスコートできないと言われたらしい。憤慨するでもなく落ち着いた様子で「お兄様にエスコートしていただくわ」と笑っていた。


 リアム様に同じことを言われても、わたしは笑っていられるかしら?


 淑女としての教育ばかり受けても、イレギュラーな事柄には何一つ対処できない。

 貴族的な会話や言い回しに慣れたところで、婚約者の気持ちすらわからない。

 リアムからは迎えに行くという手紙と、琥珀のネックレスが届いていた。

 そのことに安堵する自分が、ひどく恥ずかしかった。



 無情にも訪れてしまった当日、侍女に全身を磨かれ、控えめにと言ったのに、柔らかな春を思わせる淡いイエローのドレスを纏っていた。色こそ控えめといえなくもないが、幾層にも重なった生地が腰からふわりと広がり華やかだ。

 アリシアは思わず首を振っていた。


「大丈夫ですよ! 頂いたネックレスに似合いますから!」

「そうですとも! お嬢様は春の妖精ですから!」

「やめて、妖精だなんて恥ずかしいわ」


 恥ずかしがるアリシアのことなどお構いなしに侍女たちは褒めたたえ、浮かない顔に化粧を施していく。気持ちとは裏腹に仕上がっていく様は、断罪が近付いていることを連想させ、胸が苦しくなった。


 迎えに来たリアムの整った顔を久しぶりに見ると、抱いた不安はますます膨れ上がり、アリシアの気持ちは深く深く沈むのだった。

 行きの馬車の中で、リアムがしきりに装いを褒めてくれたけれど、儀礼的な言葉しか返せず緊張するばかりだった。


 グラント公爵家の邸内に入ってからも、嫌な汗が止まらなかった。身近な人しか呼んでいないのは本当だったようで、見知った顔ばかりだった。それなのに、王宮の夜会よりも緊張していた。


 リアムには何かと声をかけられたけれど、上の空で頷くばかりでろくな会話もできない。

 視界の端で、兄にエスコートされているマーガレットを見てますます気持ちが塞いだ。


「アリシア、大丈夫だから」


 リアムが囁く。

 何が大丈夫なのだろう。

 その綺麗な顔で、貴様との婚約は破棄する!などと言い出すのではないか?


 アリシアが、いっそ早く断罪して欲しいとまで思いはじめたころ、ようやく主役であるアルフレッドが、エミーリアをエスコートしながら現れた。幸せそうな二人の表情に思わず声が漏れてしまった。


「えっ?」


 瞬間、リアムがアリシアの腰を引き寄せた。

 顔を上げると、これでもかというほど優しい顔でアリシアを見ている。


 リアム様、どうしてそんな優しい顔を?


 戸惑っているうちに、アルフレッドが挨拶を始めた。


「私の誕生会にお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。さっそくですが、本日は皆様にご報告がございます。私、アルフレッド・グラントと、かねてより婚約しておりましたエミーリア・マクファーソンは、サファスレート学園の卒業と共に結婚いたします」


 アルフレッドはそう言うと、二人揃って前を向き、綺麗にお辞儀をした。()()()()()()()仲睦ましい様子に、周りの拍手が鳴り響く。


 結婚!?

 婚約していたのだから本来なら当たり前のことだけれど、断罪されるものだと思い込んでいたからーー


 アリシアが戸惑っているうちに、リアムがアリシアの前へと躍り出て片膝をつく。

 驚きに目を見開くアリシアの手を取った。


「アリシア……愛している。一生大切にすると誓う。どうか私と結婚して欲しい」


 そう言って、流れるように手の甲にキスされた。


 愛!?

 愛って??


「アリシア……どうか返事を」


 眉を寄せ、懇願するように名を呼ばれる。

 琥珀色の瞳が、本当の気持ちだと伝えてくる。

 アリシアは動きの悪くなった首を必死に動かし、縦にコクコクと振った。


 いつも冷静なリアムの相好が崩れ、気が付けば先ほどのアルフレッドたちのように盛大な拍手がおくられていた。

 

感極まった様子で立ち上がったリアムがアリシアを抱きしめる。


「……っ、リアムさ……ま……」


 マーガレットがこちらを見て、ニヤニヤ笑っている。

 皆の前で恥ずかしいと身悶えていると、いつの間にかジークハルトがヒースを伴って会場に乗り込んできて「マリアが入れないのはどういうことだ!?」と叫んでいた。

 驚いた人々が一斉に振り返った。


「ご招待しておりませんので」


 怒りを露わにするジークハルトに、アルフレッドが言い放った。


「なぜだ!? 私がエスコートすると伝えておいたであろう!?」

「マリア嬢は殿下の正式なお相手ではありませんので」

「なんだと!? たかが誕生会ではないか!!」

「お言葉ですが殿下、本日、私とエミーリアの大事な結婚発表も兼ねておりましたので、ただの誕生会ではありません」

「そんな話は聞いてないぞ!! 断罪はどうした!?」

「何のお話でしょう?」

「貴様っ!!」


 アルフレッドに掴みかかる勢いで一歩を踏み出したジークハルトに、その場を一言で制する、覇気のある声が響いた。


「いい加減にしろ」


 扉から入ってきたその人は、レオンハルト・ディル・サファスレート第一王子。

 そして、そのレオンハルトにエスコートされ、ヴァレンティーナが入ってきた。


「あに……うえ……ヴィー……」


 ジークハルトが呟く。隣にいたヒースの驚きようからして、こちらも何も知らなかったようだ。


「そのだらしない口を閉じろ。醜聞を振りまかぬよう最小限で済ませ、という陛下からの恩情だ」

「何のことです?」

「この状況でもわからないのか? 本当に、お前は何をしに学園へ行っていたのだ。このようなことを他国の留学生もいる学園の卒業式でやれば王家の醜聞は免れぬ。無理を言ってこの場を用意させた。幸いここに招かれた者は我が王家に忠誠を誓う者ばかり、その意味ぐらいはわかるか?」

「……っ!!」


 レオンハルトの言葉に、ジークハルトが唇を噛む。


「お前はデオギニア帝国への留学が決まった。これは決定事項だ。少なくとも五年、学問に励みながら己を律し、国交のために身を費やし、第二王子の責務を果たせ。当然、そのような期間ご令嬢を待たせることなど不可能。ヴァレンティーナ嬢との婚約は()()とする。ヴァレンティーナ嬢は私と改めて婚約することが決定している」

「なっ!! その女は!!」

「黙れっ!!! これ以上ヴァレンティーナ嬢を侮辱するなら私に切られても文句はないと思え!!」


 剣の柄に手を添えて発するレオンハルトの声に、ジークハルトだけでなく、聞いた者すべての肩がすくみあがる。

 ジークハルトの隣で蒼白になっていたヒースへとレオンハルトの厳しい眼差しが向いた。


「ヒース」

「はっ!!」

「デオギニアでもジークハルトを支えてやって欲しい。それと同じく……マーガレット嬢との婚約は解消となる」

「……はっ」


 咄嗟に騎士の礼をとったヒースは微かに震えていた。一方で、言い終えたレオンハルトの眼差しは柔らかく弧を描いていた。


「さて、待たせたな、入るがよい」


 後方の扉が開かれ、レオンハルトの言葉と共に頬に刀傷がある美丈夫が現れた。


「辺境伯のブレイデン・ガルブレイスだ。マーガレット嬢、こちらへ」


 アリシアは驚いてマーガレットを見た。いつもの強気な態度は影を潜めている。

 レオンハルトの近くまで兄にエスコートされ、ブレイデンが引き継ぐようにマーガレットをエスコートし、レオンハルトたちの斜め後ろに二人で並んだ。


「非公式ゆえ、追って正式な発表はあるが、ブレイデンとマーガレット嬢が婚約する運びとなった。ブレイデンは、ちょっと武骨だが愛いところもあってな、マーガレット嬢が婚約を解消するなら是非にと、辺境からわずか三日で登城したのだ。実に馬が気の毒な話であろう?」


「殿下それはっ……!!」


 焦るブレイデンに屈託のない笑みをみせたレオンハルトは優しい声で語った。


「国の為に尽くしてくれたそなたには幸せになって欲しいと願っている。皆もどうか、この忠実な臣下を共に支えて欲しい」


 歓声と共に、これまで以上の拍手に包まれた。


 アリシアは次々に起こる婚約や結婚の発表に混乱しながらも、マーガレットがしおらしく頬を染めている様子から、ブレイデンこそがマーガレットの憧れの人であったのではないかと、急に思い至ったのだった。




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