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ジークハルト(5)





「あのぅ……お借りしたジャケットもお返ししたいですし、ちょっとお願いしたい事というか、不躾で本当に申し訳ないのですが、アレ、わたしの離宮なんですけど、一緒に来ていただけますか?」

「離宮……」


 指の方向に目を向ければ、滞在先のちょうど反対側に建物があった。


「そうです。わたしはこれでも一応、皇女なんです。皇城を中心にして、庭園を挟みながら離宮同士が繋がっているんです。数もたくさんありますし、空いていたら留学してきた王族の方の滞在先にもなります。一応離宮と呼んでますが、ひとつひとつは貴族の別宅ぐらいの大きさでしょうか? こちらの離宮は薔薇の宮で、わたしの離宮は百合の宮って呼ばれてます」


 皇女本人だったことにも驚いたが、住んでいる皇女がすぐそばにいる場所に滞在させられることに絶句した。

 この庭はむしろ、この皇女の離宮の庭だろう。踏み込んでしまったことに焦りを感じるとともに、なんて危機感のない国だと憤っていた。


 皇女はこれでもかというほど自由だった。

 ドアは開けておいてもらったが、部屋には連れ込まれるし、ようやく足を隠してくれたかと思えば、紳士の普段着のような格好をして出てくるし、固辞するヒースを無理やり座らせてしまうし。


 百合の宮で出されたお茶は、コーヒーだった。前世持ちと呼ばれる人たちが好んで飲むものだと家庭教師に習ってはいたが、実物を見るのは初めてだった。黒く濁ったような液体に少々怯んだ。


 戸惑っていれば毒見が必要かと聞かれる。さすがにそこまで疑ってはいない。殺したところでなんの価値もないだろうと言えば、怒ったような顔で「この世に価値がない人なんていません」などと言う。


 スペアとしての価値以外、ジークハルトには何もない。サファスレートでは事実だが、彼女があまりにも真剣な顔で言うので、思わず頷いてしまった。


「先程はお見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。わたしは、デオギニア帝国第五皇女のミユ・ナカイ・デオギニアと申します」

「私は、サファスレート王国第二王子のジークハルト・ディル・サファスレートです。知らなかったとはいえ、女性のいる離宮の庭に入り込んでしまった無礼、お許し頂きたい」

「そんな、庭なんですから、いくらでも寛いで下さい。それに、デオギニアは開放的な国なので問題になりませんよ。えっと、騎士様のお名前を伺ってもよろしいですか?」


 ヒースはぎこちなく名乗った後、座りが悪そうにしながら頭を下げた。



「サファスレート王国は紅茶の国ですものね。お口に合わないようでしたら申し訳ありません。あいにく、この部屋にはコーヒーしかなくて。あの、ミルクとお砂糖を足してみてはいかがでしょうか?」


 ヒースは飲み物にミルクや砂糖を入れるのは苦手だからと言って、そのまま飲んで苦い顔をしていた。ジークハルトはミルクも砂糖も両方入れて飲んでみることにした。結果としては、あまり美味しいとは思えなかったが、飲みやすくはなったように思う。


「ジークハルト殿下はこちらへは留学で来られたんですよね? 大学での専攻はもう決められたんですか?」

「いえ、それはまだ。急な留学ゆえ、語学以外は心もとなく、先ほどシン皇太子殿下に相談したところ、半年ほどこちらに馴染んでから専攻を決めればよいのではとアドバイスを頂いたところです」


 急な留学と言ったときに、ミユの表情が面白いほど動いた。サファスレートの貴族であれば、静かなほほ笑みに留めるところだろう。感情を表現することをよしとされる国であることは知っていたが、彼女の疑問に答えたほうがいいのか、それとも見て見ぬふりをしたほうがいいのか少々迷うところだ。


「シン兄様とお会いになられたのですね。もしよければわたしに、この国のことを知るお手伝いをさせてもらえませんか? その代わりと言ってはなんですが、わたしのデザインする洋服のモデルになって欲しいんです」

「洋服……」

「そうです。先ほどの服も、ショートパンツと言って、わたしが流行らせようと考えてるデザインなんです。お兄様からのお許しが出なくて、まだわたししか着ていませんが」

「それは……そうでしょうね」


 いくら解放的な国とはいえ、太腿まで晒すのはいかがなものか。それに関しては皇太子殿下に大賛成だ。


「皇女殿下」

「ミユです」

「いえ、そのように淑女の名を婚約者でもない私が呼ぶのは……」

「わたしは皇女といっても第三王妃の子で、皇女らしくないと評判なんです。婚約者もいないので安心して下さい。デオギニアは大らかな国ですし、みんな愛称で呼び合いますよ。ジークハルト殿下の婚約者様に誤解されるなどのご事情があれば無理にとは言いませんが」

「いや、私に婚約者はいないのでそれは問題ない。こちらの習慣に合わせよう、ミュー嬢」

「嬢もいりません。ミユでいいです」

「ミュー」

「ミ・ユ」

「ミュ……ミュー……ミュー……発音が、難しいな」


 何度も真剣にミューミュー繰り返していると、笑われてしまった。

 どうしても発音できず、最後にはミューでいいですと言われてしまった。申し訳ないと謝れば、真面目なんですねぇと、ミユは口を開けて楽しそうに笑っていた。



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