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二 林家の兄弟たち(二):鵞峰と読耕斎

 さて、羅山の後を継ぐ鵞峰であるが、彼には二人の同母兄がいた。四歳年長の叔勝、一歳年長の長吉である。だが前述の通り、長吉は二年後に、叔勝も鵞峰が十二歳の時に病死する。羅山は幼少より多病だったにもかかわらず、それを自覚した上で養生と節制によって七十五歳の長命を保ったが、長男叔勝もまた病弱だった。羅山は摂生に努めさせ、叔勝もよくそれに従いながら学問に励んだ(※1)、結果的には十七歳で病没してしまう。一方鵞峰は好き嫌いなくよく食べる子供だったよう(※2)、羅山はその健康を喜んでいる。

 兄二人は早世したが、鵞峰には六歳年少の弟守勝(読耕斎)がいた。鵞峰は十五歳の時に九歳の読耕斎に句読を授けたとあり、この弟を可愛がり、長じてからは頼りにもした。鵞峰に先立って三十八歳で没するが、後に少し上げるように、鵞峰はその死を悼んで多くの文章を残している。

 鵞峰は勤勉で、二十三歳の時に羅山に命じられた「五経」の講義を二十三年かけて四十六歳の時に終えるなど、コツコツと実績を積み上げる几帳面さと粘り強さを持ち、また史書編纂といった事業では、幕府に対して激しい態度で要求を通そうとするなど、エネルギッシュで社会的な顔をもつ。

 一方、読耕斎はその号が示すように隠逸的な性向があり、幕府に仕えるために剃髪を命じられたが長く拒み続けたという潔癖な人柄だった。鵞峰はこの弟を「性格は厳しく、また作る詩は険しい山、松柏が霜雪を凌ぐようだ」と評した。ただ朝鮮通信使の一人が、二人の印象として、鵞峰は「性質冥頑、挙止倨侮」、読耕斎は「顔面豊厚、性質純真」だったと書き残しており、鵞峰は本場の儒者に侮られまいと緊張していたのかもしれないが、読耕斎は自然体で、案外社交性もあったのかもしれない。

 羅山の友人石川丈山が三十六詩仙の詩の選定を羅山に相談してきた際、羅山は十九歳の読耕斎に選定を任せるなどしており、早くから詩文の分野で才能を発揮し、また羅山が「自分以上」と認めた驚異的な記憶力の持ち主だった。羅山も「外では鵞峰が、内では読耕斎が自分を助けてくれる」と喜んでいる。

 鵞峰が「ずっと共に生きてきたが、喧嘩一つしなかった」と書いており、性格も嗜好も対照的なだけにかえって衝突もなく、良好な兄弟関係だったようである。


※1 我常に叔勝が多病なるを恐れ、是に於いて之が薬療を勧む。叔勝もまた能く慎めり「林左門墓誌銘」

※2 此の児、能く飲食す。常に五味を択ばず「鵞峰先生自叙譜略」

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