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一 人物紹介(二) 林鵞峰

 羅山の三男として京で生まれる。当時、長男叔勝は五歳、次兄長吉二歳だった。だが次兄は二年後に、長兄も鵞峰が十二歳の時に病死したため、以後、嫡男として育てられる。十七歳の時に母や兄弟と共に江戸へ呼び寄せられ、儒者見習いとして剃髪、僧名を春斎と名乗る。弟読耕斎と共に羅山を助けて史書や系譜の編纂、朝鮮通信使の応接などに携わる。四十歳の時に父羅山が没した後は、林家二代目として幕府に仕えた。四十四歳の時に羅山の遺志を継ぐ形で『本朝通鑑』の編纂に着手、五十三歳の時に完成させている。

 羅山から受け継いだ上野忍岡の別荘の家塾を整備し、「門生講会式」を定めるなど、教育システムの構築に力を注いだ。それまで江戸城下の神田に本宅をおいていたが、後に本朝通鑑の編纂所(国史館)も上野別荘内に設置してからは家族と共に上野に生活の拠点を移す徹底ぶりであった。

 幕府の方針として僧形を取り、公的な身分としては僧侶(法印)のまま没したが、四十六歳の時に、中国唐代で儒者が任命された「弘文院」という皇帝直属の諮問機関から名を取り、「弘文院学士」という称号を許されてからは常にその称号を用いた。延宝八年(1680年)二月に病を理由に職を辞して嫡子鳳岡に家督を譲り、五月に六十三歳で死去した。


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