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三 資料紹介(一):鵞峰文集(四)
〇一歳で無くした息子に(鵞峰43歳の時に夭折)
天、我に児を與へて早くその年を奪ふ。命なるかな、痛ひかな。
余、宜人を娶りてより以来二十餘年、其の際、死胎の児、未だ其の面を見るに及ばざる者も有り。然も群児団欒の際、往往之を思はざるに非ず。
況んや此の児の如き、其の言ふこと未だ分明ならずと雖も、然も喜ぶ時は則ち笑ひ、怒る時は則ち啼き、且つ眼中父母を知り、兄姉を知り、老女を見る時は則ち婆と喚び、意に稱ふ者を見ては則ち匍匐、膝に上り、意に稱はざる者を見ては則ち揶揄、面を背く。…
(鵞峰文集75巻「亥児が事を記す」)




