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101人目のヒロイン。  作者: 菓子子
6/10

六人目『相対する』

六人目→相沢詩乃

「ぐ……ぐぐ」


 いや……。


「んん……」


 どうしてそうなるのか。

 それを知りたいだけなのに、一番知りたい部分が書かれていない。

 話貞に諭されたとは言っても、分からないものは分からないし、イライラするものはイライラするものだ。自分の理解力と感情を、理性でどうのこうのできる人が世界中にいない……とは断言できないけれど、少なくともそれは僕じゃない。


「勉強?」

「っ!?」


 耳元へ絶妙に近い距離で声が掛けられて、咄嗟に僕はその声のする方へ振り向いた。

 すると同じく絶妙に近い距離で、どことなく眠たそうな表情の人が目に入って来る。


「あ、は……おお、」変な声が出た。「相沢さん」

「こんにちは」

「こんにちは……って相沢さん」

「?」

「距離が近いです……」

「そう……残念」


 何が残念なのかは分からなかったけれど、確かに残念そうに眉をやや八の字に歪ませながら、僕の対面に腰を落ち着ける。

 ……僕の目をジッと見つづけたまま。気になる。気になるし、なんだか気まずい。


「あ……なんか、コーヒーでも頼みます?」

「ん、いい。……自分で頼むから」

「そうですか?」

「貴方は勉強に集中しなさい」

「あ、はい」いきなりの命令口調に、僕は頷くしかなかった。「ありがとう……ございます?」


 それから相沢さんは、宣言通りブラックのコーヒーを注文して、僕は勉強の合間にカフェオレをあおる。

 ちょっと贅沢かもしれないけれど、近くにある個人経営の喫茶店で勉強をすることが僕の日課だった。駅前のチェーン店はうるさすぎて勉強に集中できないし、部屋にいたらいたで小説が目についたり、食野さんにラーメン誘われたりでこれもまた気が散ってしまう(そして例によってラーメン屋に同行してしまう)。

そこで、落ち着いた空間を探しに出かけた結果、この喫茶店を見つけた。

そしてこの店のマスターと、この店の常連さんである――さんと知り合いになった。

前方から視線を感じる。

……なんとか意識を机の上の紙に戻す。

……。

……やっぱり気になる。


「あの、」

「?」

「どうして僕の顔ばかり見ているんです?」

「見ていて飽きないから」

「多分、僕の顔を見て飽きない人、相沢さん以外にいませんよ……」

「……褒められた?」

「褒めてません」僕は言った。「そんなキョトンとした顔で首を傾げないでください」


 なんでもポジティブに受け取る能力を持っている人は、他の人に比べて幸せに違いないのだろうけれど、その能力を今発揮してほしくなかった。


「見られると気が散るので……やめて欲しいです」

「そう……残念」


 やっぱり何が残念なのかは一切分からなかったけれど、無事僕は相沢さんの視線から逃れられることができた。

 今度こそ、本当に紙に意識を傾ける。

 分かる。分からない。解ける。解けない。解法が分からない。解法は合っているはずなのに、計算が合わない。

 数学の問題を解く上で起こり得る事象を遍く網羅してると、一つの『解説書を見ても分からない』問題にぶち当たった。

 んー……。


「手が止まってる」


 手を止めていると、そのことを指摘した相沢さんと目が合う。


「はい。この問題、よく分からなくて」

「見せてもらってもいい?」

「いいですけど……」あまり失礼な言い方にならないよう心掛けながら、言う。「分かるんです?」

「うん……分かる」


 ここまで断言されたら、こちらとしてはもう問題集を渡すしかない。『このページの問題の、143番です』と言いながら、僕はそれを渡した。

 相沢さんは何も応じずにそれを手に取って、考える時の癖なのだろうか、左手の人差し指……の第二関節を唇に当てながら考え始めたようだった。

 そして……相沢さんの眉が、徐々に八の字に曲がり始める。

 あんまり雲行きはよくないようだ。

 それから数分後、相沢さんは視線を上にあげて。


「ごめん……分からなかった」

「ああ、ああ、そうですよね」僕は言った。「正直、問題の設定がよく分からないんですよね、これ。それに、数学の問題するの久しぶりだったと思うし、やっぱり難しいですよね」

「ああ、そうじゃなくて」


 相沢さんは言った。


「貴方は何が分からないのか、分からなくて」

「あっ……」


 ああ、この人。

 全然分かってたわ。むしろ熟知してたわ、熟知した上で、僕が何に躓いているのかが分からなくて、それに悩んでたんだわ。泣きそう。


「返してください……」

「分かったの?」

「はい……」相沢さんの頭がいいことが。「完膚なきまでに」

「そう……よかった」


 その時に漏らした相沢さんの晴れやかな笑みは、心が沈んだ僕には眩しすぎて、直視することができなかった。


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