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101人目のヒロイン。  作者: 菓子子
3/10

三人目『信じる』

三人目→信楽切菜

「……」


 常日頃、様々な窮地に陥った時の脳内訓練は欠かさないようにしている。

 何故なら、何の心の準備もなしにいざその場面に出会ってみれば、あまりにもビックリして何も考えられなくなるからだ。窮地になったら覚醒するスポ根漫画の主人公のようには、中々うまくはいかない。


「…………」


 例えば授業中。退屈な授業を右耳から左耳に流している時は、大抵この学校にテロリストがやって来たらどう立ち向かえばいいかを考えている。ちなみに今の所、彼らによる急襲を、まず男子トイレの個室でやり過ごす立ち回りが、僕の中で一般的に評価が高い。


「………………」


 でも。

 それにしたって。

 鍵穴に鍵を刺して玄関に入ったら、目の前で、頭から血を流して倒れている人がいた時の想定なんて、一体誰が現実的な場面として考えるだろう。


「……んん……」


 彼女が一つ、身じろぎをした。

 息はしている。


「……ふぇ……?」


 僕が扉を開けたのを切っ掛けに、段々と眠りから覚めてきているのか、うっすらと目を開けて。

 まだあまり焦点の合っていなさそうな瞳でこちらを見た。一人の男が自身の寝顔を覗いている状況なのに、特別驚いている様子はない。まだ寝起きで、頭が回っていないのかもしれない。

 そしてそんな寝ぼけまなこをこすりながら、初めて彼女は言葉らしい言葉を発する。


「ここ……もしかして……地球……?」

「……お、おう……」


 そうだね。と、間違ってはいないので頷くけれど。

 そこそこ大きな規模で自分の居場所を尋ねてくるなんて、なんだか設定がややこしそうな人がやって来たぞ、と。

 心の中で独り言ちた。






「いやー、それがさー」


 とりあえず、血だのなんだの汚れたまま上がり込むのは良心に痛むということで、彼女は「借りるね」と言って、呆然と立ち尽くしていた僕を置いてシャワーを浴びに行ってしまった。


「ちょっと前、ここのアパートを出て直ぐの交差点で、赤信号無視して突っ込んできたトラックにぶつかっちゃったらしくて。ほら、覚えてない? 学校から帰ってきた時、私がぐちゃぐちゃになって倒れてなかった?」


 そして今は、箪笥の奥深くに眠っていたダボダボのTシャツとパジャマのズボンを着てもらっている。扉の向こうでグルグル回しているはずの洗濯機のごうごうという音が聞こえてくる。


「憶えてるよ……一週間前のことだろ? それに、らしくてって……なんでそんなに曖昧なんだよ。自分の身に起こったことじゃないのか?」

「いや、それが……ほら、死ぬ直前ってめちゃくちゃ頭が働いてるから、その時の様子は記憶として残らないらしくて」

「……なるほど?」


 だから、覚えてないと。

シャワー浴びたての彼女の髪に、室内を照らすLEDの光が反射して艶々と輝いていている。


「それで、やむなく転生の流れになったんだけど、終わっちゃった人生でどうしてもやり残したことがあってさ。だから神様に頼んで、ちょっとの間戻してもらうことになったの」

「じゃあ、なんであそこに……ええと、ピンポイントで僕のアパートの玄関に戻って来たんだ」

「座標が結構ズレちゃったみたいだね。いやー、参った参った」


 回想終わり。ここからは、現在進行形で進む

 たはは、と苦笑と素直な笑顔を足して二で割ったような笑みを見せながら、頭を掻く彼女。


「参った参ったは、僕の台詞なんだけど」

「……え?」


 どうしてそんな突拍子のないことを、躊躇いもなく言えるのか。

 アパートに鍵が掛かっていたとはいえ、それは彼女が内側から鍵を閉めればいい話で。

 彼女が中に入れたのも、単純に僕が鍵を閉め忘れていただけなのかもしれないし。

 彼女の頭に付着していた血のりも、子供だましの小道具だった可能性もある。

 この3つの仮定がすべて正しい確率と、彼女の言っていることが正しい確率とを、天秤に掛けて。

 どちらに傾くのかは、結局僕の価値観と人生経験に委ねるしかないのだ。

 だから。


「申し訳ないけど、僕はまだ、君を信用できてない」

「……そっか」


 恐らく、彼女が望んでいない言葉を返すことしか僕にはできなくて。

 案の定、彼女は悲しそうな笑みを浮かべて、そこから強引に、愛想笑いを張りつけたような表情を僕に見せた。


「そうだよね」

「悪い」

「ううん、いいの。だって――」


 彼女は言った。


「――私も、信じられてないんだ……」


 彼女は立ち上がった。立ち上がって、僕の前を通り過ぎて行った。言われたことの真意は分からなかったけれど、彼女はここから出て行くらしいということは、言われなくても分かった。


「……っ!」


 くそ。

 どうして僕を放って、勝手に結論付けて帰ろうとするんだ。少しは僕のことも考えて欲しい。

今、彼女の頭は自分自身のことで一杯のはずで。

そんなことは分かりきっているのに、文句の一つや二つ、垂れたくもなる。

でも。


「待って」


 目に涙を浮かべている人に、そんな追い打ちをかけられるほど、僕は空気を読めない人じゃない。


「分かった、手伝うよ」

「……本当?」

「うん」僕は頷いた。「それに――」


 僕は言う。


「――貸した服、返して欲しいし」

「……あはは」彼女は笑った。「空気の読めない人だね」


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