十人目『飲む』
十人目→野間緋波
「あっ……つぁ」
まだ一年生なのに、夏休み中も夏期講習という名の授業があるなんて聞いてない。少なくともガイダンスでは。ついつい学校を詐欺罪と、ついでに器物損害罪で訴えたくなるが、高校はゲーム攻略サイトではないので諦めよう。うん。
汗をハンカチ片手に処理しながら、やっとの思いで高校に着く。水筒の中に入った麦茶の残量は既に半分を切っていた。どう考えてもこのままでは、帰りの通学路でお茶がなくなり、ミイラとなってアスファルトの上で焼かれる未来しか見えないので、今の内に例の西棟の自販機に立ち寄っておく必要がありそうだな……。
「うぉー。汗ダボダボだなー。教室に入ったら冷房で冷やされて風邪確定コースじゃね?」
と、干からびないための思案を重ねていると、後ろから声が掛けられる。
まず目に飛び込んでくるのは目の下に蓄えられた隈。夏休みだと言うのに、全然ベッドの上で休んでないことを察してしまうほどの隈を携えた野間は、眠気のあまり僕にのしかかってくる勢いだった。
「不吉なこと言わないでくれ」
「じゃーちゃんと体拭けよなー。タオル持ってる?」
「ティッシュなら、まあ」
「喉は?」
「渇いてるけど?」
「んじゃこれー」野間は冷えた蓋つきの缶を僕の首筋に当てた。「やる。一つ貸しね」
一方的に貸しを与えることに成功したからか、ニヤニヤと笑みを浮かべながら口元を抑える野間。
なんだか悔しい。なんだか悔しいが、渡りに船と言うか、ここからでも西棟の自販機に行くのは面倒だったから、願ってもない話だった。
「いらないか?」
「あ……い、いや。素直に受け取っておくよ」
「安心しろ。口は付けてない!」
「そ、そんな中学生っぽいことで悩んでない……」変につっかえてしまった。「でもまあ……ありがとう」
僕はそれを手に取って、確かに抵抗のある蓋を音を立てながら開けて、欲求のままにゴクゴクとあおった。
舌がヒリヒリする。どうやら炭酸のようだ。でもその飲み物を迎え入れる喉の音は止まらない。一生飲み続けられる気さえする。
「おーおー、いくねぇ」
「……うー、くっふ」
「あ、サイレントゲップ」
「余計な実況はしなくていいから」濡れた口元を拭ってから言う。「因みに……かなり独特な味だったけど、何の飲み物だったの?」
「エナジードリンク! ……カフェイン増し増し!」
「殺す気か……!」
結局。
僕は夏期講習中、数回に渡ってお手洗いに向かう羽目になる。
泌尿器系を散々に緩まされた代償を背負いながらも、普段あまり飲まないカフェインを摂取したからか、異様に先生の言う言葉がするすると頭に入ってきた。流石カフェインである。
でも、野間みたいにカフェイン教に入信するつもりはない。カフェインを摂取し過ぎた挙句、その状態がデフォルトになってしまうと怖いからだ。
「だから」
夏期講習が終わった流れで、途中まで一緒に帰ることになった野間に切り出してみる。
「カフェインを取るのもほどほどにしろよ?」
「それは私に死ねと言ってるのか?」
言ってない言ってない、と訂正を期して言うと、野間はさも聞いていないように一つ大きな欠伸をした。
それから、夏の暑さにやられたのか少しだけ足取りが……いや、かなりふらついている。どうやら重症のようだ。
「ぐー……お、とと、」
「おぉぉ」
僕は道端にへたり込みかけた野間を、すんでのところで両手で支える。
すると野間はそのまま、僕に全体重を預けるようにもたれかかってきた。
「ねぇー」
「……っ、なんだよ」
やはり、耳から近い距離で声を発せられると、少しドキリとしてしまうな。
「このまま寝ていいー?」
「……いいよ?」「うぃー」「野間と言って、素直に了承するところ程度には判断力が低下してることは分かった」
「じゃあ背負って」
「は?」
「背負って、家まで送ってって」
「自分の足で歩いてみる気はない?」
「……」
まずいな。
応答がやや鈍い。これじゃまた、瀬尾の二の舞になることは目に見えている。
それなら、早めに譲って、早めに対応しないと。
「分かったよ」僕は渋々言った。「それじゃあ、住所教えてくれ、住所。そこまで運んでくから」
「うふふ……ざーす」
それから野間は、呂律の回らない口でなんとか住所を言った。どこかで聞いたような住所だったけど、まあ気のせいだろう。僕はそう思うことにして、スマホにその住所を書き込み、音声案内に従って――を背負っていった。
そして着いたところは。
「……」
僕のアパートだった。
読んでくださっている方がいるかどうかは不明ですが、ここからは不定期更新になります。あしからず。




