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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
9/54

おかえりと言ってくれる人 3分の3

「ふぅー」


 思わず小さな声が出た。山部のロッカーにはPスーツと外出用のスーツ、シャツ、少しの小物しかなかった。


 勇樹は、悪事を働かなくて済んだと思ったのだった。もう禁断の園に入ってしまったのだが。


 あまり悠長なことはしていられない。いつ山部が戻ってくるかわからない。


 次に勇樹は机の引き出しを探したが、メモ帳と筆記具しかない。


 ベッドメイクを崩すのはさすがにまずいし、布団の中にはないだろう。ベッドの下を覗いてみるが、もちろんそんなところには何も無い。


「無いことがわかった、、、うん」


 ”失敗”である。しかし、敢太の計画通りに動いた勇樹に責任はない。あとはバレないように自分の居室へ帰るだけだ。

 それまでは気を抜けない。


 息を殺して気配を探り、素早く廊下に出る。扉を閉めて振り向いたときであった。勇樹は立ち止まった。


 敢太は外出させてくれるだろうか。ブラジャーなしで外出させてくれるだろうか。ロマン、そんなものは持っていない。


 きっと明日もやれと言われるだろう。そう思うと、このままでは終われないと、妙にやる気がでてきた。


 部屋にブラジャーがないとすると、他のところにあるか、山部はブラジャーを着けないかだ。それを確かめることは、今からできる。


 勇樹は自ら決めたプランBに運を任せた。脱衣所には外したばかりのものがあるはずだ。持ち去りはしない。使用の有無を確かめるだけでいい。


 風呂場の引き戸の前に立って、耳を澄ませる。脱衣所にはいなさそうである。


 取っ手を引こうとしたとき、別の引き戸の開く音がした。山部が浴室から脱衣所へ出たのだ。残念ながらプランBも断念せざるをえない。


 こうなったら諦めるしかない。緊張の糸が緩むと、勇樹は尿意をもよおした。


 トイレで用をたして、手を洗っている時、微かな希望が勇樹の脳裏を横切った。プランCだ。


 勇樹はトイレの掃除用具置き場に隠れて、山部が風呂場から出てくるのを待った。

 数分後、出て来た山部はトイレではなく、居室の方へ歩き出した。居室の扉が開いて閉まったことを音で確認して、勇樹は風呂場に移動した。

 勇樹は、なんだか楽しくなってきた。


 風呂場も自動照明である。勇樹がじっとしていると消灯する。そして、待つ。


 しばらくして、山部が廊下に出てこちらに向かってくる。また風呂場に来れば鉢合わせるが、来ないはずだ。トイレに行くだろう。


 その読みは的中し、山部はトイレに入った。

 時間がない。勇樹は躊躇うことなく廊下に出て、再び山部の部屋に入った。


「あった」


 机の上に、先程は無かったものがある。風呂で脱いだ服である。その中に、、、


「無い、、え!?、下着が無い、、、」


 許された時間は僅かである。勇樹は廊下に出た。ここから居室に戻れば、運が悪ければ後姿を見られるだろう。


 それよりかは、トイレに行くふりをしてすれ違う方が安全である。

 勇樹の脳の活性化が止まらない。


「あら、まだ起きていたのね。おやすみなさい」


 トイレの方へと三歩半進んだときに山部が手洗い場から出て来た。間一髪、隠し通せた。


「おやすみなさい」


 勇樹は眠たそうに装って答えた。しかし、その目はしっかりと山部を捉えていた。山部はどこを切り取っても”大人”だった。


 歩くたびに爽やかに靡く、艶やかな山部の髪の毛は良い匂いがした。


 勇樹はトイレに入り、個室の扉を閉めて、二度流してから出た。


 手を洗って廊下に出たとき、人影が待っていた。


「これ、敢太に。ちゃんと渡してね。早く寝なさいよ」


 そう言って、山部は不敵な笑みを浮かべながら、紙袋を手渡した。


 居室に戻った勇樹は中身を覗こうと思ったが、紙袋の封に隙がなかった。

 勇樹は志帆の寝顔を見てからベッドに入った。



 翌朝勇樹は、いつも通りに過ごし、朝食後に紙袋を持って食堂に再度入った。


「おはよう。勇樹くん!それが例のものかい?」


 敢太と二人の子分だけが待っていた。


「おはようございます。山部さんが敢太さんに渡してくれと」


 中身を知らない勇樹は浮かない顔をしている。他方、敢太たちは興奮を隠しきれていない。


「優理奈さんが俺に?どういうことだ?まぁいい、見れば分かるだろう」


 基嗣が受け取って封を開ける。


「こ、これは」

「おおおお、うぉ~~~!」

「ほぁーーー」


 四人の目の前にあるのは、確かにブラジャーである。ちゃんと茶色い小箱もある。


「か、感動だな」

「ようやっとだ」

「10年越しに叶った」

「いや、本物にはまだ届いてないぞ」

「現実だな」


 敢太たちは興奮して落ち着きがない。勇樹は寝不足であるが、自分の願いは固く保持している。一つしかないのだから。


 冷静を失った敢太は約束をすっぽかしやしないだろうかと、勇樹は眉をひそめた。


「敢太さん、外出させてください」

「おう、分かってるよ!行くか!」


 四人は男子棟側の扉から食堂を出ると、幸四郎と基嗣は紙袋を持って右へ、敢太と勇樹は左へ歩きだした。


「幸四郎、あれはまだ見るなよ」

「早くしないと見るぞ!」


 敢太の歩調はだんだん速くなる。


 外へと続く扉は廊下の突き当たり、居住区とは反対側にあった。扉を開けると更に廊下がある。何度か曲がりながら進むと空気が変わった。少し寒い。


 出口の扉は少し頑丈に見える。車を降りて始めに通った扉だ。


 敢太は扉の前で立ち止まった。さっきとは違い、真剣な目だ。


「命令を言い渡す。勇樹、マルナナサンマルより外出し、花木商店へ行け。そこで物資の調達をして、帰隊せよ。帰隊予定時刻はヒトヒトヨンゴーとする。以上。

 粘土5キロと絵の具と筆を持って帰ってこい。まだあるはずだ」

「わかりました」

「命令を復唱せよ」

「えーっと、花木商店に行って、粘土5キロと絵の具と筆を持って帰ってきます。ヒトヒトヨンゴーまでに」

「うーん、むちゃくちゃだけど、仕方がない。行け。それと、現実から逃げるなよ」


 勇樹はトンネルへと出た。閉じた扉に見覚えがあるが、あまり良い印象はない。

 施設の中では、ろくなことは何もなかった。モスキートの後ろ姿に心が踊ったが、その感覚はもう忘れてしまった。


 トンネルは思った以上に長かった。平坦ではあるが弛く曲がっており、出口が見えず、精神的に辛い。


「なんて綺麗なんだ」


 トンネルを抜けた勇樹の目に、大自然が飛び込んだ。緑豊かな山々が折り重なり、雲間からは柔らかな朝日が降り注いでいる。

 秋の風が優しく頬を撫でた。木々のささめきが命の素晴らしさを教えてくれる。


 緩やかな坂道を勇樹は早歩きで下った。

 一月前、車で10分ほどかかった道は、延々と続くように思われた。しかし、勇樹はどこまでも行ける気がした。その先にかかが待っていると思えたから。


 かかに会ったら何を話そうか。喜んでくれるかな。志帆も連れていたらもっと喜ぶだろうから、今度いっしょに外出しよう。花バアは元気にしてるかな。久しぶりに肩揉みをしてあげよう。

 などと考えながら歩けば、勇樹は自然と笑顔になっていた。

 勇樹は、子供じみている欲求を、"一番に抱きしめてほしい"という気持ちを、素直に認めた。



 そのころ、男子棟、第一戦闘機部隊階、居住区の幸四郎の部屋では、上映会が行われていた。

 出席者は敢太、幸四郎、基嗣の3人だけだ。


「二人とも、こんな卑劣な手など誰が使う?」

「俺たちだ」

「自分で卑劣と言うなよ。その通りだけど」

「俺たちは何歳だ?」

「敢太は20、俺と基嗣は19だ」

「だな。そして、我らが優理奈さんは32だ」

「つまり?」

「”ころあい”だ」

「つまり?」

「うーん、上手く説明できないけど、とにかく見てみよう」

「歯切れが悪いなぁ」


 基嗣は再生ボタンを押した。

 食堂が映った。昨日の昼食時の映像だ。


「ここは早送りでいいな」


 女子と勇樹が入って来て、最後に山部が入った。しばらくして食べ終わり、女子だけが出て行った。男子は食堂の片隅に集まって、ごそごそしている。そして、幸四郎が近寄ってきた。

 そこで映像が途切れた。


 次に移ったのは脱衣所である。勇樹の足元が映る。


「再生!」


 敢太の反応速度に他の二人は敵わない。


「なかなかいい画角だな。いいセンスだ」


 勇樹が出て行き、しばらくして誰かが入ってきた。瑠美だ。タオルを片手に行ったり来たりしている。


「おいおいおい、まさか。やめてくれよ」


 十年前、風呂覗きを邪魔された記憶が蘇る。

 残念ながらその再現である。カメラに近づいてきて、瑠美の足がアップになった。それを最後に画面は真っ黒になった。瑠美がタオルを被せたのだ。


「かぁっーーー、また瑠美かよ!!」

「やってくれたな、また」

「こっちの成果は瑠美の(すね)だけかよ」


 三人は天井を仰いで悔しがった。


 覗きの次は盗撮に”挑んだ”つもりなのだ。ただの犯罪である。瑠美にバレたということは何かしらの罰が待っていることになる。


 しかし、そんなことは、この三人のロマンの前では小さなことであった。


「待てよ、タオルを被せただけだ。誰かが拾ってくれたりするかもしれない。このまま見るぞ」


 じつに諦めが悪い。しかし、そんなやつらが大した事をやってのけることも、なくはない。


 タオル越しに見えることはなく、ただ音声だけが流れていく、じゃじゃっ娘たちの会話は食堂と何ら変わりない。


 本当に収穫なしかと思われた。

 じゃじゃっ娘たちが出ていって約二時間後、おそらく山部が入ってきたが、足音くらいしか聞こえない。


「あぁ、やっぱだめか。しかたないな。勇樹には見せなくていいだろう」

「ちょっとこれ!」


 席を外しかけた敢太がすぐに戻る。

 画面が動いている。山部が持ち上げたのだ。タオルをとった。しかし、山部の隣には天敵の瑠美がいた。

 二人の寝間着姿は、これはこれで”レア”だ。


「これね、敢太の。ありがとう、あとは任せて」


 呆れ顔の瑠美が脱衣所から出て行った。山部は棚に置いて、レンズを覗き、何か考えている。


「コラ、敢太!男なら真正面から来なさいよ!沙耶が怒るわよ~。マ、ショ、ウ、メ、ン、から来なさいよ!じゃあねー」


 そこで映像は停止した。


「おい、最後の」

「ああ、あれは」

「あれは!」

「行って来るぜ、今晩」


 敢太の目はギラギラに燃えている。


次回、「必ず俺が」、子供扱いって面倒なのよね


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