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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
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おかえりと言ってくれる人 3分の2

「そうか、それは残念だ」


 男子棟へと続く扉を開く敢太、後に続く麻呂たち、慌てて片付ける幸四郎と基嗣。勇樹は彼らの中に忘れ物を探した。


「ちょっと待って、基嗣さん。それってどこにありますか?」


 基嗣の手の中には、勇樹の手、ではなく粘土があった。


「あぁ、これか?花木商店だよ。じゃあまたな」


 聞き耳を立てていた敢太は、食い付いた!と思ったが、覚られぬよう、そのまま食堂を出て、死角に潜んだ。


「花木商店って、花バァのですよね?」

「あぁ、そうだ」


 基嗣は、キタキタキタ!と踊る心中を隠すのに必死である。


「どうしたら行けますか?どうしたら、ここを出て花バァのところに行けますか?」


 勇樹の形相は、見ているだけで気持ちがよく分かる。こいつは愛に飢えている。自由に飢えている。


 少々気圧されたが、基嗣の器量に余る相手ではない。


「知りたいか?」

「はいっ、教えて下さい!!お願いします」


 勇樹は自然と頭を下げた。


「敢太に訊いてくれ。俺からは無理だ」

「敢太さんっ!!!待ってください!」


 どこから声を出したのか、これまでにない大きな声に、基嗣は思わずイラっとした。

 その声に反応した敢太の行動は速かった。危険を察知した被食者のようだ。


「バカヤロウ!叫ぶなよ。女子が来ちまうだろ!」

「ここから出る方法を教えて下さい、お願いします」


 慌てて入ってきた敢太も、勇樹もむきになっていた。


「落ち着け、話は座ってできるもんだ」


 幸四郎の言葉で我に帰った二人は席についた。


「ここから出たいのか?」

「はい」

「出てどうする?」

「わかりません。ただ出たいです」

「ここが嫌いか?」

「俺の居場所はここじゃないです」

「どこにあるんだ?」

「わかりません」

「志帆はどうする?」

「志帆は俺がいなくてもやっていけます」

「そうか、教える気にならねぇな」

「なぜですか、教えてくれたっていいじゃないですか。出て行ったって俺の勝手でしょ?」

「教えなくたって俺の勝手だろ?」


 余人の割って入る隙はない。価値のない言い争いに誰も入る気などしない。幸四郎は壁に寄って何かゴソゴソしている。


「どうしたら教えてくれますか」

「わからねぇか?俺の原動力はロマンだ。お前からは、こっちが応援したくなるようなものを、熱いものを感じないな。だからお前に手を貸す気にはならねぇな」


 敢太は暗に交換条件を提示した。ブラジャーと外出の交換だ。あとは勇樹次第だ。


「俺のロマン、ですか?」


 敢太たちの脈が一瞬大きくうねった。あと一押しだ。敢太は黙って次の言葉を待っている。


「俺にはロマンなんて、、、じゃあ、俺がブラジャー持ってこれば教えてくれますか?」


 よく言った!とは心の中だけに留め、敢太は腕組みして背もたれに寄りかかった。あと一歩だ。


「じつは、お前には外出許可をまだ出せないんだ。上からの命令でな」


 もちろん嘘である。敢太はなかなか芝居がうまい。麻呂たちまで信じ切っている。


「じゃあ、何したって無駄なんですか」

「だが、俺は思うんだ。お前は一度外の空気を吸った方がいい」


 この敢太の言葉は嘘ではない。勇樹は希望を感じて、顔色が明るくなった。


 勇樹がここに来てから、敢太と奈央との間で情報交換がなされてきた。最近は勇樹の心が沈んでおり、心機一転させる必要があることは話にでていた。もちろん、山部にも報告済みであるし、彼女も同意であった。


「しかし、俺はリスクを負うことになる。ただ漠然と外に出たいと言われても、理由にならない。何をしたいのかはっきりさせろ。今ここで」


 それらしいものを、勇樹は頭の中を隅々まで探してみた。そして、ひとつ見つけた。


「かかに会いたいです。会って声が聞きたいです。それだけで十分です」

「分かった。大切な人に会いにいくってことだな」

「はい!」


 敢太以外は皆、勇樹の死角に入って、その純粋さに憐憫を垂れた。もう勇樹が”かか”と呼ぶ存在には会えないことを身をもって知っているのだ。


「その気持ち、嘘じゃないよな」

「嘘じゃありません」

「わかった。明日の朝、朝食のあとに出してやる。門限は昼食の15分前、ヒトヒトヨンゴーだ。現実から逃げるなよ」

「ありがとうございます」


 ”ヒトヒトヨンゴ―”が分からないが、出られることが嬉しかった。


「ただし、忘れてもらっちゃ困る。リスクを負うんだ。リターンがないとな」

「わかってますよ、ブラジャーなら任してください」


 勇樹は根拠のない自身に満ち溢れている。てきとうに言ったが、考えてみても無理なことではない。

 居室の扉には鍵がない。それは女子居住区の5号室、山部の居室も同じはずだ。


「作戦がある」


 敢太の隣に幸四郎が座った。手には何か持っている。

 敢太は声の調子を落として続けた。


「この一か月、じゃじゃっ娘四人から聞き出した情報だ。


風呂場の隣にある優理奈さんの居室の右隣二部屋と、前二部屋は空室だよな。優理奈さんはフタフタサンマルに居室に戻り、すぐに風呂に入る。


皆が就寝してからってわけだから、勇樹が優理奈さんの居室に入っても気付かれないはずだ。


もちろん、できるかぎり音を立てないようにな。一つだけでいいんだ。


あとは分かるよな?」

「ヒトヒトなんとか、フタフタなんとかって何ですか?あとは分かりました」


 緊張していた面々は一気に破顔し、転びかけた。


「そこかよ!ヒトヒトヨンゴ―は11時45分だ。フタフタサンマルは22時30分だ。


一か月もあって誰も教えてくれなかったのかよ」

「あぁ、そういうことですか」


 敢太たちは、勇樹に意外と天然なところがあることを初めて知った。


「朝食後、居室に戻り、再度食堂に来い。そこで渡してもらう。そして、お前を外に出してやる」

「はい!わかりました。必ず成功させてみせます!」


 麻呂たちはその言葉を疑ったが、敢太、幸四郎、基嗣は盲信しないわけにはいかない。


「おっとー、忘れるところだった」


 幸四郎が何かを差し出した。


「これを脱衣所の隅っこに、この向きで、勇樹の入浴後から一晩置いといて欲しいんだ。朝一で回収して、これも一緒に持ってきてくれ」

「何ですか?これ」


 手のひらサイズで茶色の薄っぺらい箱である。


「成功か?」


 敢太の問いに幸四郎は満足げに頷いた。


「まぁ、ついでだ。よろしくたのむ」

「はぁ、わかりました」


 やはり、勇樹はどうでもいいことになると流される体質にできあがっているらしい。


 ようやく話がまとまり、お開きになった。勇樹は、もうすぐ授業が始まるので、会議室に移動した。


 移動中、ものすごい形相の瑠美が大股で歩いてトレーニング室に入るところが見えた。勇樹は思わず、首から下に視線を移してしまった。

 ジャージの長ズボンと薄手のシャツ姿の瑠美は、少女だ。


「年上好きになるわけ、、かな」


 瑠美の表情は非常に暗かった。それが怒りの表れであり、その対象が敢太であることまでを瞬時に読み取ることは、勇樹には難しかった。

 瑠美が昼休憩中に何をしていたのかを、男子が知る術はない。


 いつも通り、夕食をとった。敢太たちは姿を見せなかったので勇樹は女子6人と食べたが、珍しく一言も誰も口をきかなかった。

 居室に戻り、勇樹はいつも通りに一番風呂に向かった。もちろん、受け取った箱のことは忘れなかった。


 22時ちょうど、ラッパの放送が鳴り、消灯した。

 勇樹のすぐ隣には志帆がいる。毎日よほど疲れているのだろう、一か月近く、あっという間に眠りにつく。

 志帆に気付かれることはない。


 勇樹は扉近くで椅子に座り、耳を澄ませて時を待った。物音ひとつしない。


 うとうとし始めた頃である。優理奈が居住区に入ってきて、廊下を歩く音がした。

 扉が開いて、閉じて、少ししてからまた開いて、閉じた。風呂場に行ったようだ。


 勇樹は志帆の寝顔を確認して、ゆっくりと扉を開けた。児童園の扉なら軋んでしまい、必ず音が出ることを思い出しながら。


 聞こえるのは自分の呼吸音だけである。廊下がいつもより狭く感じた。

 初めて他人の居室に入る。それを意識すると急に息が苦しくなってきた。右手で握ったノブが汗で滑りそうになる。


 中は勇樹の居室と同じ仕様であった。シングルベッドと机と椅子、ロッカー、クリーム色の壁。しかしなぜか、絨毯は濃いピンクである。

 勇樹の部屋と同じく、ロッカーにも鍵そのものがない。


 まず、勇樹はロッカーの前に立った。数瞬の間、勇樹の中では良心が流れに逆らい、開けてはならないと言った。しかし、葛藤すらも面倒に感じて、無情のうちにロッカーを開いた。


3分の3へ、つづく


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