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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
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番外編 敢太の決心 夢だ!ロマンだ!勲章だ!

 花木商店のフライトアクションゲームの、古式の7セグメント掲示板が9900点を示した。プレイヤーは10歳の少年だった。


「敢太すごいよ!あと少しで満点だ!」


 基嗣だけがはしゃいでいる。幸四郎には疑問があった。


「どうして最後、決めなかったの?わざとだろ?」


 その言葉で驚いたのは基嗣だけだ。敢太の目は、得点ではない何かをはっきりと見定めていた。


「まだ、満点は取っちゃいけない。やらねばならないことがある」


 順番待ちをしている女子たちは、敢太の点数に驚くことはなかった。早くどけと言わんばかりに腕組みして、右の人差し指で左肘の見えないボタンを何度も押している。


「いいか!基嗣!俺にはやらねばならないことがあるんだ!」


 腹の底から出る、力のこもった声だったが、瑠美には関係なかった。


「早くどきなさいよ、デブ!。さっさと交われ!デブ!!」


 ビクついた二人とは違い、敢太はいっさい瑠美を見ることなく、歩き始めた。軒下から出た少年たちに真夏の日差しが降り注いだ。温風が滴る汗を加熱する。


「帰るぞ」


 三人は徒歩10分の道のりを無口で進んだ。村の中心を流れる、幅20メートルほどの川の橋を渡ると児童園は目の前だ。

 三人は橋を渡ったあと児童園にまっすぐ向かわず、川辺に下りた。そよ風の吹く橋の下は絶好の避暑地である。


「敢太、どうしたんだい?やらねばならないことってなんだ?」


 基嗣にはさっぱり分からなかったが、幸四郎は見当がついているようで、にやけている。


「実は、な」

「やる、か?」

「あぁ、今晩だ」

「ついに、やるんだな」

「あぁ、満点を取ったら、できないからな」


 敢太と幸四郎は険しい顔つきで遠くを見透かしている。

 基嗣にはさっぱりである。


「何するんだよ!早く教えてくれよ」


 二人が焦れったいので、基嗣の声は少し大きくなった。それで気が付いたのか、川の反対側から石本沙耶が、かかが声をかけた。


「おーい、そこにスイカあるでしょー?持ってきてくれる?切っておやつに食べるわよ」


 いち早く反応したのは敢太だった。とっさの瞬発力は抜群である。川の水に浸かっているスイカをすぐに見つけて、ザルごと抱えて土手を駆け上がった。幸四郎はまだにやけている。


 食堂の台所で四人は、スイカを切って食べた。女子の分は冷蔵庫に入れておいた。


 敢太たちは居室に入り、作戦会議を始めた。


「決行は今夜、晩飯を食べたらすぐに風呂に入る。日が沈むまでゆっくり入るぞ。あがったら、ここで待機だ。その時を待つぞ」


 相変わらず、幸四郎はにやけており、基嗣はわけがわからずポカーンとしている。


 午後5時30分、食堂には沙耶と男子3人だけしかいない。女子たちの帰りが遅いのだ。


「あいつら遅ぇよ。どこほっつき歩いてんだよ」

「まあまあ、いつも敢太くんがしてることよ」


 夕食を前に、”待て”状態の敢太はイライラしている。否、作戦が狂わないか心配で焦っている。


「ただいま、お腹すいた~」


 女子が疲れた顔で入ってきた。


「いただきます!」


 慌てて掻き込む男子とは違って、沙耶と女子はお喋りしながらまったり食べた。男子はあっという間にたいらげ、風呂に向かった。


「じきに暮れるぞ!そろそろあがるか」


 男子は居室に戻り、向かい合って座った。

 少しして、粗っぽい足音が近づいてきた。


「第一関門だ。黙って微動だにするなよ」


 扉を勢いよく開けたのは瑠美だ。


「こらぁ!あんたたち、自分の食器くらい洗ってから風呂入んなさいよ!!」


 向かい合って黙ったまま見つめあう男子に、瑠美の怒りは空を切った。


「なによ、気持ち悪いわね。ちゃんとかかにお礼言っときなさいよ」


 瑠美は扉を勢いよく閉めて去っていった。


「第一関門突破!」


 ふぅ~と安堵する幸四郎と基嗣だが、敢太の集中は途切れない。

 耳を澄ましていると、廊下を歩く3人分の足音が聞こえてきた。残りの女子が居室に帰るところだ。


「よし、順調だ」


 それから30分ほどたった頃だ。小さな足音が一つ、さっきとは逆方向に走っていった。


「行った!穂実の足音だ」

「第二関門だ!行くぞぉ~」


 敢太たちは静かに居室を出て、誰にも会わないように建物を出た。声を殺し、周囲を警戒しながら裏手に回る。


「誰にも気付かれていないよな。第二関門も無事に完了だ。幸四郎あれを」


 三人は黒いビニール袋を頭から被った。目のあたりにだけ小さな穴が開けられている。

 外はすっかり真っ暗だ。ここまでこればライトで照らされないと見つからないだろう。


「さぁ、目的地はもうすぐだ。行くぞぉ~」


 ゆっくりと忍び足で灯りの点いている部屋を目指す。


 ここに来てようやく、基嗣は気が付いた。

 この時間、瑠美たちと離れて穂実が一人で行動するとしたら、入浴しかない。穂実はかかと風呂に入る。そして、目の前の灯りは風呂場のものだ。


「ちょっと」


 小声で誰にも気づかれていないだろうが、敢太と幸四郎は鬼と鉢合わせたかのように焦った。二人は基嗣を袋越しに睨んだ。


 三人は一瞬身動きを止め、周囲に人気が無いことを確かめて、前進を再開した。


 湯をかけ流す音と穂実の歌声が聞こえてくる。いよいよ、窓の下にまで来た三人は、戦々恐々として静止した。


 いざっ、と風呂場を覗き込もうとした時だった。頭上から布団が落ちて来て、三人の視界は真っ暗になった。


「バーカ。あんたたちの考えなんてお見通しよ。バーカ」

「サイテー!」

「ヘンタイ!」


 女子たちの声だった。作戦は失敗に終わった。

 布団とビニール袋をとって、顔を出した三人はすっかり意気消沈していた。


「ンッフッフ、残念だったわね。瑠美が教えてくれたの、敢太が何か企んでいるって。まさかと思ったけれど、本当にお風呂を覗きに来るとわね。だめよ、男の子だったら真正面から勝負しなきゃ」

「くっそーーー。俺の夢がぁ」


 敢太の無念の叫びに反応したのだろう、遠くの山から獣の遠吠えが聞こえた。


 その後、三人は瑠美、羽菜、奈央の計らいにより、満点の星空の下で一夜を過ごすこととなった。沙耶は一言、天気が良いわね、とだけ言い残した。


 翌日、敢太は一万点をとり、満点獲得者の名前が3つになった。

 志帆が一万点をとるより十年前の夏のことである。


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