結局何がしたいの? 17分の13
洗面を終えて居間に入ると、将次は猟銃を点検していた。
「飯食ったら行くぞ」
「はい」
テーブルの上には鹿肉とレタスを挟んだサンドウィッチがあった。
「矢雄さんはどこにいるんですか?」
「まだ寝てるよ。あいつは低血圧だから、朝が苦手なんだよ」
昨日はそんな人に起こされたのかと思うと、自分は何なんだと思うが、そんなことはどうでもよかった。
「あの人も一緒に行ったんですか?」
「麗子のことか?あいつは幸四郎君とずっと一緒にいるってさ。嫉妬か?」
それからは勇樹は何も言わなかった。
毛皮のコートを借りて、将次と二人でオープンカーでしばらく走った。
「これ、持ってくれ」
勇樹は手提げを持ち、男の後ろに付いて山に入った。
傾斜は大きいが、よく使う道なのだろう、整備されており登りやすい。
「お前、体力あるな」
誉められたことなど、どれくらい久しいか。勇樹は嬉しいはずだが、素直には喜べなかった。いつも体力ぐらいつけろと散々発破をかけられ、つい二日前も小言を言われたばかりだ。
「若いので」
失礼なのは承知で、将次ならば笑い飛ばしてくれるだろうと期待して言った。しかし、無言で足を止めるので、怒られると思って顔を上げたが、将次は遠くを見ていた。
「いたぞ」
将次は屈み、小声で続けた。
「小さな群れだ。大きな声を出すなよ」
勇樹は一つ頷いた。将次の視線の先を探すが、谷、山、空があるだけで、鹿は見つけられなかった。
「ここから撃つんですか?」
「遠すぎる。おそらくあいつらはこっちの山の北側に進む。逆から行って待ち伏せる」
「分かるんですか?」
「勘だよ。外れたら今日は失敗だ」
将次は笑いながら立ち上がると、速足で進み始めた。先ほどまでと違い、ほとんど上り下りしなくなったが、速いので勇樹は息が荒くなり、高揚感が出てきた。
山は木々が生い茂り、経験のない勇樹はどこにいるのか、館がどちらなのか、さっぱり分からなくなった。だからなのか、将次の大きな背中がよりいっそう大きく見えた。
「そろそろだ」
目印なのだろう。大きな岩を見つけると進路を変えて少し登り、見晴らしの良い所に来た。
「ここで待とう」
将次は猟銃に弾をこめた。
「腹へったな?」
「はい」
陽はすっかり昇っていた。二人とも双眼鏡をずっと覗いているが、鹿が現れるより先に腹が鳴った。
手提げからおにぎりを出して食べることにした。
「でかいですね」
「手がでかいんだ。そりゃあ、でかくなるだろう?」
おかげで一つで満腹になった。
「将次さん、俺ってそんなに変ですか?」
初めて名前を呼ばれて、将次は嬉しくなった。
「うん?なんでそんなこと言うんだ?」
「だって、矢雄さんも麗子さんも変だって」
将次は双眼鏡を覗きながら続けた。
「うーん、たしかに変だな」
勇樹は無言で双眼鏡を覗いた。
「でもな、俺に言わせれば皆が変だぞ」
「えっ?」
「皆変なんだ。変なのは勇樹君だけじゃないさ。俺も変なんだろうさ」
勇樹は将次を見たが、笑っていなかった。真剣に双眼鏡を覗いている。
「変だって言われたって良いじゃないか。変じゃないほうが変だぞ」
「皆、変、ですか」
「うん、それぞれに変だな」
「でも、変だって言われるのは俺だけですよね?」
「それは、勇樹君がずば抜けて変だからさ」
「どこがですか?」
少し間ができた。やはり教えてもらえないのかと、勇樹は気を落とした。ならばと、鹿を見つけたが言わないことにした。
「お前は、、、何歳だ?」
「えっ?もうすぐ16です。昨日も言いましたよね?」
「うん、、、16歳ね。俺の目には、8歳くらいに見えるんだよな。皆もきっと、だから変だって思うんだろうなあ」
馬鹿にされていることくらいは分かる。狩りなんてどうでもいいと、勇樹は双眼鏡を下ろして、顔を上げた。
「俺は16くらいの頃に初めて、一人で鹿を捕まえて、大人に分けてやった。子供扱いされるのが嫌で、見返してやったんだ」
勇樹は聞き流すふりをしていた。
「そしたら、俺は親父に家を追い出された。酷いと思うかい?でもな、そのとき親父が言ったんだよ。お前はもう一人前だって」
双眼鏡を覗いたままの将次を見ても、勇樹は同年代の話を聞いているような気がしてきた。
「自分の意志が初めて伝わった気がしたんだ。今なら分かるけど、俺は根性を示したんだよ。黙れ、俺は俺だ、てね」
「それが何なんですか?」
「お前は、、、勇樹君は誰だ?」
「俺は、俺ですよ」
「その俺って誰だ?」
「どういうことですか、俺って俺でしょう?さっきから何を言って」
「だから!その俺っていうものの正体は何なんだよ!?お前の意志は、お前の欲望は、お前の願いは何なんだよ?」
「おっ、俺はっ、ただ志帆と京子と一緒に生活できればいいんです!前みたいに一緒に!何も欲しくなんかない!飛行機だって乗りたいわけじゃない!こんなところになんか来たくもなかった!」
勇樹は肩で息をするほど激しく言い放ったが、将次は相変わらず双眼鏡を離さない。
「うるさいぞ。鹿だ」
「そんなのどうでも」
将次は双眼鏡を置いて、素早く猟銃を構えた。
「話はあとだ。今は静かに」
将次は大きくゆっくりと息をして、一発撃った。
「やったぞ!」
その顔は緩んでいた。
しかし、勇樹は何も嬉しくなかった。
17分の14へ、つづく




