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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
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現に夢を

 突然放送が鳴り、勇樹は眠りから覚めた。廊下から聞こえてくる、初めて聞く旋律だ。ところどころに人間らしい不完全さがある。よっぽど古いものらしく、電子音ではない、実際にラッパを演奏して録音したもののようだ。なぜか心地よい。


 などと鑑賞している暇はなく、勇樹が上体を起こすよりも早く、奈央が入ってきた。


「おはよう、風邪ひいてない?ごはん行くよ」


 そういわれても、すぐには起きられない。目が覚めてからまだ数十秒しか経っていないのだから。


「早くしなさいよ」


 奈央は手加減しなかった。すたすたと入ってきて、掛け布団を勢いよく剥ぎ取ると、二人の腕を引っ張って起き上がらせた。

 勇樹はこれくらいの雑な扱いをされてもこたえないが、志帆のこととなると心配になってしまう。眠気を吹き飛ばして、慌てて志帆の様子を確認したが、どうやら意外と図太いところがあるらしく、奈央に抱き着いた状態でうとうとしている。


「志帆、起きなさい。と言っても無駄みたいね。勇樹、志帆はまだ寝かせておけるかしら?あんた1人連れて行くわ」


 そっと志帆をベッドに寝かせて、二人は食堂へと向かった。道中、やはり長い廊下を通ったが、勇樹にはどの扉が何の部屋なのか、札を見なければさっぱり分からなかった。


 食堂に入ると、瑠美、羽菜、穂実と山部がいた。


「おはよう。志帆はどうしたの?」


 朝食を受け取って席についた勇樹と奈央に向かって瑠美が訊いた。


「まだ眠たそうだったから、無理には連れてこなかったの。朝ごはんは部屋で食べさせるわ」


 皆で合掌してから食事が始まった。不思議な感覚にとらわれたのは勇樹だけのようだ。


「さっさと食べないと貰うわよ」


 と、寝ぼけ(まなこ)で周囲の様子を伺う勇樹に、穂実が言った。


「あんたやめときなよ、また太るわよ」


 奈央が茶化した。その奥ではなぜか山部が目を細めて見ていた。


 ごはん、味噌汁、鮎の素揚げ、卵焼きに漬物と、昨日までより少し手のかかる内容ではあったが、勇樹にとっては量が少ない。皆は気にしないのか、当たり前のような顔をしている。山部のごはんが皆よりも少し多いような気がしたが、口には出さなかった。やって来てすぐに波風を立てないように、勇樹なりに気を遣った。


 勇樹がお膳を持って部屋に戻ると、志帆はまだ寝ていた。


「マルナナサンマルまでに、あぁ、7時半までにその制服に着替えておいてね。また来る」


 戸口で奈央が言った。

 時計を見るともう7時であった。勇樹は急いでしかし優しく志帆を起こして朝食を食べさせた。志帆はとても素直な子だ。好き嫌いせずに何でも食べるし、駄々をこねることも無い。ただ、苦手な食べ物は一気に流し込もうとして、ときどき喉をつまらせることがあるので注意が必要である。


 先程、奈央は制服と言ったが、机の上のそれはつなぎであった。サイズはぴったりである。

 少し時間が余ったので、勇樹と志帆はベッドに並んで腰かけて、ぼーっとしていた。


「勇樹、ここはどこなの?」


 不意に訊かれても答えようがなく、自分も教えて欲しいくらいなので、勇樹は返事に窮した。しかし、間髪入れずに奈央が扉を開いたので救われた。


「行くわよ」


 長い廊下に出ると瑠美、羽菜、穂実が待っていた。どうやら、じゃじゃっ娘四人組はいつも行動を共にしているようだ。

 皆も同じ緑色のつなぎを着ていて、後姿が全く同じうえ、まだ顔と名前が一致しないので、勇樹が呼びかけることができるのは奈央だけであった。


「な、奈央さん、これから何があるんですか?」

「うーん、眠たいから細かい話はあとでね」


 右も左も分からないこちらのことを全く考えてくれない、意地悪な人だと思ったが、それほど知りたいとは思っていないので、勇樹は質問を止めた。


 初めて入る部屋を抜け、エレベータに乗った。

 流れに任せて付いていくと、大きな空間に出た。とはいえ、そこにも天井があり、自然の光はいっさいない。しかし、天井が高く、反対側の壁はよく見えないほど遠い。


「ゆうきー、ほってくよー」


 一歳年上の穂実が遠慮がちに注意した。未知なる空間と前途を前にして立ちすくんでいた勇樹は、穂実の透き通った高めの声色に少し魅了された。勇樹の鬱蒼とした心は穂実の声に浄化され、5人に追いつこうという一心で走り出した。


 わずか三歩であった。勇樹が三歩走ったとき、200メートルほど離れたところから、鬼が叫んだかのような野太い怒声が飛んできた。


「走るなコラァ!なに走ることがあるか!」


 ビクッと全身が反応したのは勇樹ではなく、じゃじゃっ娘たちだった。


「すみませんでした」


 四人は息ぴったりに大きな声を出し、頭を下げた。勇樹と志帆は何が起きたのか分からずキョロキョロするしかない。


「お前たちじゃない、そこのお前だ。小僧のお前だよ。走るなって言ったんだよ。聞こえなかったのか」


 遠くにいるのに、ほとばしる熱意が顔面に伝わってくる。勇樹は、自分は走ったので怒られているということは理解できたが、何が悪かったのかさっぱり分からなかった。勇樹が返事に窮していると、後ろから奈央が助言してくれた。


「すみませんでしたって言うのよ」

「すみませんでした」

「もっと大きな声で言わなきゃ聞こえないわよ」

「すっ、すみませんでしたっ!」


 勇樹は全力で叫んで頭を下げた。鬼まで届いたのかどうか分からないが、何も言ってこないので、再び歩き出した。


「奈央さん、ありがとうございました。むちゃくちゃ怖かったです」


 志帆が勇樹の手を握って心配そうに顔を覗き込んだ。泣き出してしまってもおかしくないのだが、ひとの心配をするとは強い子だ。


「ごめんね、ここは絶対に走っちゃだめなの。言ってなかったね。教育係の自覚が足りなかったみたい」


 そう言う奈央は意地悪に微笑んでいる。他のじゃじゃっ娘たちもクスクス笑っている。勇樹にはもう何が何だかさっぱりである。

 一行は壁際の隅に陣をとった。


 しばらくすると放送が響いた。


「マルサン開門まで30秒前、総員用意。10秒前、3、2、マルサン開門、始め」


 壁と思われたものは上下に開く巨大な門だった。大きさのわりに速く、静かに、それは口を開けていった。


「よく見ておきなさい。あっという間だから」


 奈央の真剣な面構えを初めて見た。しかし、またもや言葉足らずで、その真意が勇樹に伝わることはなかった。

 鋼の口が開ききって数秒後、轟音とともに小さな飛行機が4機と大きな飛行機が1機、たて続けに入ってきた。全身を容赦なく襲う音という振動は体感した者にしか分からない。

 その姿はまるで、巨大な悪意が具現化して、空を裂きながら目の前を通過したかのようであった。しかし、あっという間に遠ざかっていく漆黒の後姿とエンジンの紅炎はロマンそのものだった。


「着陸完了、マルサン閉門始め、総員作業始め」


 着陸。それは衝撃そのものであり、勇樹の五感を完全に支配し、力とは何かを知らしめた。そして勇樹の心を奪うと同時に、一時的に聴力も奪い去ってしまった。


「おーい、聞こえてるー?だめだ、アハハッ、耳やっちゃったみたいね」


 今度の奈央は少し申し訳なさそうに、呆れたような目をして口を薄く開けている。

 勇樹は一人、機体の走行を眺め続けていたが、志帆が手を握るとようやく我に返ったようだ。


「今の、すごかったね」


 と言ったのだが、勇樹は自分の声が聞こえないことに戸惑い、動揺してパニックを起こしそうになった。


「耳、そのうち治るから」


 奈央が機転をきかせてメモを見せなければ、興奮と不安で、勇樹はまた走り出していたかもしれない。


 じゃじゃっ娘たちは元来た道ではなく、着陸した飛行機の方へと歩いていく。勇樹は気になることがいくつもあるが、今は飛行機のことが一番である。


 広い空間の反対側にはたくさんの機体が等間隔に並べられていた。それぞれの機体で作業している人が2、3人ずついて、全体ではざっと100人は超える。勇樹と志帆にとっては、こんなに大勢の人間を一度に見ることは初めだった。


 その中で一番手前の5機、つまり着艦したばかりの5機は小さくなったエンジン音を発している。


「どう?初めて見る戦闘機の感想は?」


 奈央が興味なさげに訊いてくるのが少し不快で、勇樹はてきとうに答えた。どうやら耳は元に戻ったようだ。一方、志帆の目は輝いていた。パイロットに向かって手を振っている。


「志帆は気に入ったようね。でも志帆はこれには乗れないのよ」


 残念がる志帆を尻目に、その言葉の裏に何かを察して、勇樹は気付かれないように不信の目を瑠美に向けた。


 小さな飛行機からパイロットが降りて来た。


「ようっ!ヒーローのお出迎えが出来るようになったとは、この敢太(かんた)様は感激して涙が、涙が、出ないけどな!」


次回、「笑顔って何?」、集合写真撮りまーす!


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