結局何がしたいの? 17分の4
羽菜は落ち着いたのだろう。しかし、何か企みのある目をしている。
「な、なによ?」
「冒険しようよ。しばらく時間あるんだし」
「散策ね」
わずか数分のことだが、じゃじゃっ娘にとって数分はじっとしていられない長さなのだ。
「そうね。でも、絶対に何も触っちゃダメよ」
「分かってる、分かってる!」
瑠美は辺りを見回した。制御盤らしきものや、工具のようなものがあちらこちらでむき出しになっている。遊び場ではないことは確かだ。
山部が瑠美に何も注意しなかったのは信頼しているからだ。浮かれている羽菜を見て、2歳下の自分が隊長をしている理由が分かる気がした。
しかし、隊長だからこんな性格になったのか、こんな性格だから隊長になったのか、それは瑠美にも分からない。
巨大な宇宙船の周りを歩いていると扉がひとつあった。司令室、もしくはそこへと続く通路があるのだろう。
なお歩いているとさきほどとは反対側に、中央の大型宇宙船を小型化したようなロケットを見つけた。
「何これ?もしかして一人乗りなのかしら」
羽菜がさりげなく言った言葉に、瑠美はドキッとした。一人乗りの宇宙船と聞けば、エースを想像する。
ロケット型で開発途中としか聞かされていない。目の前にある陳腐なロケットにしか見えないものが、命がけで戦う兵器なのかと疑ったのだった。
「まさかね」
静かに近づいてくる。二人は見上げた。篭が半ばまで降りてきていた。
「誰かな?」
「穂美を一人にはしないでしょ。志帆ね」
「そうね」
瑠美の予想どおり志帆だった。叫び声を出さないあたり、怖いと声が出なくなるのか鈍感なのか、まだ判断できない。
「ご明察」
「まぁね」
「どうだった?」
志帆も見上げて呆然としている。羽菜が志帆に歩み寄ると、笑顔になった。
「すごかったぁ。また乗りたい!」
「あんたならそう言うと思ったわ。帰りにまた乗れるかもね」
山部は微笑んで手を振り、また昇っていった。
また少し暇になる。羽菜が歩きだすのを見て、志帆もすぐに続いた。
こんなとき、瑠美は一歩引いたところから観てしまう。こんな時間がいつまでも続けば、、、
感傷に浸ってしまうと生きているのが辛くなってしまう。首を小さく振って、瑠美は冒険に加わった。
「キャッーーーーーー!!」
小さいほうのロケットをじっくりと眺めていたとき、これまでで一番大きな声が響いた。
「穂美ね」
「そうね」
「穂美ちゃん、歌ってるの?」
志帆は純粋にそう思ったのだ。穂美の声は、叫んでも美しかった。
「あれでも叫んでるだけなのよ」
「ふーん、歌ってるみたいだね」
「そうね」
「志帆もやってみる?」
羽菜が悪戯に提案したが、これも狙いがあってのことだ。
志帆は自己表現が苦手なのかもしれない。全力で何かをさせてやりたい、一片でも本当の自分を知るような体験をさせてやりたい、と思うのだ。
瑠美は、羽菜がそんなことを考えているのではないかと推して、見上げ、大きく息を吸い、叫んだ。
「ワァッーーーー!」
いきなりだったので羽菜も志帆も呆気にとられた。瑠美は照れているのか、決まり悪そうに鼻の下を伸ばした。
「何すんのよー?うるさいんだけど。ビックリしたー。叫ぶ前に叫ぶって言ってよね」
「ごめんごめん」
羽菜は腰に手をあてて抗議した。
「ワァッーァゥゥ、ぅ?」
間髪入れずに叫んだのは志帆だった。羽菜の肩がビクッとした。
志帆は無邪気にも羽菜を驚かそうと思ったのだが、もしかしたら羽菜は瑠美に対して本当に怒っているんじゃないかと、途中で躊躇って尻すぼみになった。
志帆は横目に羽菜の様子を伺った。もちろん、羽菜は怒ってなどいなかった。顔をしかめながらニヤけているだけだ。
「ワァッーーーー
次は羽菜が叫びだした。
「ワァッーーーー
「ワァッーーーー
志帆と瑠美も再び叫びだした。三人は楽しくなってきて何度も叫んだ。
篭の中の穂実は、奇妙に思ったが、目の前の巨大な円筒を眺めていた。
「何か叫んでるけど、どうしたのかしら?」
「優理奈さん、そんなことよりこれっ!!私たちが乗るんですか!?」
「これには司令が乗るのよ」
「私も乗ってみたいな」
穂実の好奇心は静かに爆発していた。口は開いたままで、欲望の欠片が滴り落ちる。
穂実が到着しても三人は、変な声を出して叫んでいた。三人とも背中を向けているので、穂実は少し寂しかった。
「あともう少し待っててね」
山部は、三人が奇声を発することには触れずに昇っていった。
日頃から閉鎖空間にいるのだから、精神面では解放的になれるようにしよう、と思うのは山部だけじゃない。
人がさらに圧迫するようでは潰れてしまうだろう。そのことは岐阜基地にいる者たちの暗黙の共通認識である。
「ハッ!ハッハハハ、ハァ~~~~~~」
穂実が叫ぶとほかの三人は気を取られた。
「やっぱり歌ってるみたい」
「今のは歌ったのよ」
志帆の笑顔が近づいてきて、穂実も自然と頬が緩んだ。
「もう一回歌って」
「いいわよ。ラ~、ラララ、ラララ~、ハァ~~~~~~」
かなり高さのある円形のホールは、よく響き、こだまのように帰ってくる。歌のレッスンが始まった。
穂実と志帆が気分よく歌っている間、瑠美と羽菜は、目測で高さ約8メートル、直径約1メートルのロケットに見入っていた。
「あっ、来た」
網篭が一旦止まったかと思うと、高速で降りてくる。
「奈央ちゃんは叫ばないね」
志帆は少し残念そうに言った。
「そこがいいところでもあり、物足りないところなのよね」
瑠美は誰にも聞こえないように呟いた。
網篭を降りて早々、奈央は目を輝かせ、中央の大型宇宙船を見あげて言った。
「何これ!?これがエースなの?」
焦点が意図的にすり替えられた、躊躇なく発せられた疑問を、瑠美は歓迎した。
「違うでしょ!さすがにそれじゃないでしょ」
じゃじゃっ娘の戯れを気にすることなく、山部は歩いていく。先輩なのだ。接し方もよく分かっている。
「こっちよ」
山部は分厚い扉を開けた。そこにはやはり廊下があった。
17分の5へ、つづく




