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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
21/54

雲になった少年 8分の1

 勇樹の基礎体力の強化を目的としたトレーニングが追加されて10日ほど経ったころである。食堂にいるのは勇樹たち、第一戦闘機部隊の9人だけだ。


「敢太さん!午前の筋トレ以外、以前と何も変わってないんですけど、いつになったら皆さんみたいにシミュレータさせてもらえるんですか?」


 勇樹は女子棟にいた頃と変わらず、朝食後に男子棟の第一戦闘機部隊階の共用区域を掃除してから筋トレをして、午後には山部の授業を受けている。掃除も筋トレも一人っきりだ。


「お前がシミュレータ訓練をすることは、無いかもな。うん」


 敢太は昼食のカレーライスをスプーンですくいながら答えた。毎週金曜日は、必ずカレーライスが出る。


「無いって、もしかして!それじゃいきなり実機で訓練させてもらえるんですか?」


 突拍子もないことをと、皆が笑った。幸四郎がスプーンを差し向けて教えてあげた。


「勇気にはパイロットになる資格がないからシミュレータを使わせる必要もないってことさ。勘違いするな」


 たしかに、勇樹が勝手にパイロットになるつもりでいたのだ。誰かから、勇樹はパイロットになれと言われたわけではない。

 しかし、敢太の部下として”パイロット候補生”という扱いを受ける以上、事情知らずの勘違いだとは言い難い。


「資格って何ですか?」


 右も左も分からない以上、勇樹は幸四郎の言葉を素直に受け止めるしかない。


「そんなことも知らないのか?お前は今まで何をして生きてきたんだよ」


 パイロットになるための資格なんて知るわけがない。基地(ここ)に来るまでは村で平凡に暮らしていた。


 花木京子(かか)と志帆と三人で村の皆の畑仕事を手伝ったり、志帆のゲーム遊びにつきあったりで、勉強のべの字すら知らなかった。


「村で何してたんだよ。ぼーっとしてたのか?」


 勇樹は考えた。パイロットになる資格を村で得られたのならば、いつ、どこでなのか。さっぱり分からない。


「やっぱり、お前は向いていないらしい」


 冷たく言い捨てて、食べ終わった敢太はおかわりするために席を立った。山部とじゃじゃっ娘たちがいないからできることである。


 勇樹は、いつか穂実に言われた”エースタイプかも”という言葉を思い出していた。しかし、瑠美が言うには男はエースに乗れない。


 志帆は勇樹がいなくても大丈夫なのだから、女子棟に入る理由はもうない。男子棟(こっち)でやっていくしかないのだが、依然何も目的がないではないか。


 十日ほど前に、久しぶりに外に出たことと、毎日筋トレして汗をかいていることとで、溜まっていたストレスはきれいさっぱり発散されている。それと同時に向き合うべきことから気が逸れて、勇樹は忘れていた。


 なぜここにいる?なぜ学び鍛える?なぜ生きている?どれも忘れてしまいたい問いだが、先日までは考えてしまうほどに暇だった。


「俺は、何をすればいいですか?」


 ほとんど独り言だった。誰も答えない。


「利吉、相手してやれ」

「えっ、俺ですか?」

「そう言ったんだ」


 珍しく基嗣が命令口調で話した。

 敢太以外は並列だ。立場に差がなく、命令できる関係ではない。

 しかし、利吉にとって基嗣は先輩である。そして、戦闘操縦者にとって、先輩の言葉を否定することは、容易ではない。


「わかりました。今度シミュレータ付き合ってくださいよ」


 敢太が相手だったら、後半の言葉はなかったに違いない。




 結局、利吉もろくに教えてはくれないまま午後の授業に移った。


 勇樹はひとり、男子棟の会議室で山部を待つ。


 壁に掛けてある時計が13時ちょうどになるとラッパの放送が流れ、山部が入ってくる。

 毎日、1秒の狂いもない。


「お疲れ様。今日もよろしくね」

「お疲れ様です。よろしくお願いします」


 毎日同じ青いPスーツとブーツ、髪はポニーテールにまとめた山部にすっかり見慣れた勇樹だが、知らないことは多い。


「山部さんはいったい何者ですか?」

「何者?いきなり失礼ね。でも、そう思うのも無理ないわよね」


 勇樹の右隣に通路を挟んで座る山部は、頬杖をついて考えた。


 勇樹はその姿を真横から眺めていたが、何を考えているのか全く見当がつかないでいる。志帆ならばだいたい分かるのに。


「サラッとしか自己紹介していなかったわね。何か知りたいことはある?」


 見つめ合う山部の瞳が純粋すぎて、勇樹は心の内にある言葉を整理できなくなってしまう。

 それに、勇樹は他人について知りたいと思ったこと自体初めてだったので、何を訊けばいいのかわからない。


「えぇー、何もないの?」


 そう言いながら少女のように首を傾げる。山部の言動と見た目の不一致は、たまに歳を感じさせる。


「何歳ですか?」

「アハハッ!歳?女性に歳を訊くのはまずいわよ。京子と同じよ」


 それは知っていた。勇樹は再び質問に窮した。


「詳しく自己紹介しましょうか?」


 勝手に喋ってくれると助かるので、勇樹は頷いた。


「個人的な部分が知りたいのよね?山部優里奈、32才。生まれは静岡県、基地ここーー育ち。好きな食べ物は豆乳、枝豆、納豆。趣味は読書とヨガ。走りにはけっこう自信があるわ。うん、こんな感じかな。あっ、あと身長は171センチ。質問は?体重とかはダメよ」


 要求しておきながら、勇樹は山部を無視して考え込んだ。”生まれは静岡県”と聞いたあとの言葉は耳に入っていない。


 自分はどこで生まれたのだろう。孤児であることは昔から知っているが、どういう経緯で村の児童園に預けられたのだろう。そして、自分の親は、、、


「えっ、あぁ」

「しつもん、は?」

「好きな、、、好きな人はいますか?」


 志帆の場合はどうなのだろうかと考えていて咄嗟に思いついた。訊いたってしかたがないから無視してくれたらいいと勇樹は思った。


「もちろんいるわよ。誰かは内緒だけど。勇樹はいるの?お年頃だものね」


 勇樹は再び無視した。もやもやとした違和感が具体的になり、言葉にできそうなのだ。


「あの、、、」

「うん?何?」

「えーと、その、どうしてここにいるんですか?なぜ、補佐官なんですか?」


 山部の問いに返事をしないうえ、次なる質問をする。指摘しない山部は器が大きい。いや、勇樹が小さいのだ。


「そうね。そういうことは簡単には表現できないものね。でも一言でいうなら、私がそうしたいからかな、けっきょく」


 違う何かを期待していたため、勇樹は迷路の振り出しに戻った気がした。少し疲れて、嫌気がさしてきた。


 それを見取ったのか、山部は休憩を設けることにした。手のかかる少年だとは思わなかった。


「勇樹、今日勉強する項目は分かってる?」

「はい、方程式と世界史と地理です」

「今日からは数学と物理と化学だけに絞るわ」


 歴史だけが勇樹の楽しみだったため、驚きを隠せない。


「どうしてですか?歴史も勉強したいです」

「やる気を見せるのは良いことよ。初めてね。でも、今すぐ身につけるべきものを優先するの。歴史は落ち着いてからでも学べるわ」


 歴史よりも知りたいことについては、質問すらできない勇樹だった。


 勇樹はトイレへと席を立った。戻ってくると授業は始まった。


8分の2へ、つづく


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