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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
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番外編 初代じゃじゃっ娘

 山部優理奈がもってきたアルバムの最後のページには写真がなかった。おそらくはあったのだろう。フィルムに形が残っている。

 何もないページを眺める糸城勲(デーモン)に山部が話した。


「そこにはたしか、京子と沙耶と私と、デーモンさんが写った写真がありました。ハヤブサの前で撮った写真なのですが、京子が持っていったんだと思います。覚えていませんか?」

「そんなこともあったな。もう何十年も前か」

「私、まだそんな歳じゃありませんよ。27年前です」

「ハッハッハ、そんなに経ったか」


 糸城にとって彼女らは歳の離れた妹のようなものだった。


 たった3年ほどだが、精神面の成長に大きな安定をもたらした、あの頃の生活がとても懐かしい。4人にとって愛しい日々である。


「じつはこの写真、3枚あって、私と沙耶も持っているんです。司令室にありますから、とってきます」

「おう」


 山部は整備隊の隊長室を出た。


 糸城は一人になった。椅子の背もたれを倒して目を瞑り、過去に思いを馳せた。


「どうせなら俺にも一枚くれたらよかったのに」




 糸城勲が村にやってきたのは30年前、中学三年生の夏休みだった。


 朝早く、父親の同僚を名乗る男から電話があり、訳も分からぬまま自転車でひたすら北へ向かおうとしていた。四島が運転する車と鉢合わせ、乗せられて、たどり着いたのが名もない”村”だった。


 着いた初日に同級生の兼継の父、四島万士郎は初対面でこういった。「父を超えなさい」そしてそのために「悪魔になりなさい」と。


 その日から地下に住まわせられた。長く太陽を見ない日が続いたが、不思議と飽きることはなかった。地下だとはいえ、窮屈感は全くなく、元気の限りに走り回ることもできた。暑さもなければ寒さもない、じつに快適な生活だった。


 冷静になって顧みると、ただの引きこもりである。ほとんど一日中、ゲームをしていたのだから。


 一週間ほど経ち、地下の生活に慣れてきた頃、勲は兼継とともに万士郎に呼び出された。


「とっておきの発明品を君たちに受け継いでもらいたい」


 そういって披露されたのが”ハヤブサ”だった。誰が見ても時代遅れの代物だ。丸いボタンが十個だけの、子供向けゲームにしか見えない。


「手本を見せるから、よく見ておきなさい」


 万士郎が電源を入れて二つ三つ操作すると、空中戦(ドッグファイト)が始まった。


「指だけだと思ったかもしれないが、足にもペダルがあってね。これがなかなか厄介なんだ」


 万士郎は喋りながら次々と敵機を撃ち落としていく。背中は大きいが、横顔は子供のように無邪気だ。


「ハァ~、歳には敵わないね。くたくただよ」


 そういう顔に傲慢さはまったくない。画面には”満点”の文字が大きく表示され、うるさいだけの電子音が鳴っている。


「これを作ったのは俺なんだが、じつはひとつだけ失敗があってね。満点が出ると、ニックネームを入力しないと、次に遊べなくなるんだ。でも、どんなことにも抜け道はあるもんだ」


 万士郎がゲーム機の横に行って屈んで、「えいっ」と力んだかと思うと、電源が落ちた。


「これでよし。私の名前はもう入れてあるしね」


 消える前の電光掲示板にあった名前を覚えてはいないが、一つだけだった。


「二人目は君たちのどちらかがとってくれよ」


 そう言って万士郎は立ち去った。


「お前やってみろよ」


 反抗期まっ盛りの兼継少年が孤独(ひとりぼっち)の勲少年に言った。


「手本見せてやるよ」


 万士郎の見よう見まねでやってみるが、まったくうまくいかない。たったの250点だった。


「お前もやれよ」


 次に兼継もやったが、こちらは1点もとれぬまま撃墜されてしまった。


「ゲームなんかやってる暇ないんだよ。お前は暇なんだからずっとやってろよ。目指せ一万点」


 強がる兼継だが、勲は鼻で笑ってバカにした。


 それからである。本当に暇だったとはいえ、勲はハヤブサにのめり込んだ。見に来ることはあっても、兼継がすることはなかった。




 勲たちが村に来てから約三か月が経ったころである。皆が”広場”と呼んでいた十万平方メートルはあるだろう部屋の、床と天井が大きく開いて、一本のロケットが打ち上げられた。四島万士郎率いる謎の集団が月へと旅立ったのだ。


 この打ち上げは勲も、皆と一緒に基地外から見物した。雲一つない真っ青な空に、力強い炎が一条の白線を紡ぎながら去っていった。天地を震わせる轟音を残して。


「もう一回、手本を見たかったな」


 さりげなく呟いた勲の独り言は、誰にも聞かれることはなかった。


 基地に帰ると、なにやら式典が始められた。ゲームばかりしていた勲は何も聞かされていなかった。流されるままに参列させられた。




「兼継が司令ってなんだよ」


 式が終わって、兼継と対面したときに勲の口から出た言葉である。兼続は不似合いな荘厳な服を着ていた。

 勲は、司令という言葉を聞いたのはこの日が初めてだった。しかし、それがどういうことかはわかる。地下(ここ)にいる全員を指揮する立場にあるのだ。


「そのまんまさ。父の跡を継ぐことになった。日本を預かったってとこだ」


 さらりと大層なことを言ってのけ、遠くを見やる兼継は憎たらしかった。


「お前は天才だからな。凡人の俺には理解できない世界にいるんだろうな」


 自分と対等であり、唯一友と呼べる可能性をもつ存在を、勲は失ったような気がした。その顔には生気がない。


「ついて来い」


 兼継が勲を連れて行ったのは、ハヤブサのある部屋だった。


「やるから見てろよ」


 三か月間、勲が独り占めにしていたのだ。1点もとれなかった兼継が、久しぶりにやって上手くいくはずがないと、勲は思った。

 しかし、結果は3150点だった。


「お前、いつの間に上手くなったんだよ」

「目を盗んでやってたんだ。次は勲がやれよ」


 勲の脳裏には常に、満点をとってみせた万士郎の姿があった。勲はひたすら、満点をとるために思考を巡らせてきた。兼継なぞ敵ではない。


「7000点って、お前どんだけやってんだよ」

「ペダルを使わないと2000点を超えられない。ペダルを踏み込むだけだと5000点が限界だ。踵だけで踏み込むことを覚えたらこうなった。それだけさ」


 勲は画面を眺め、兼続に背を向けたまま話した。


「センスの違いってやつか」


 兼続は奥歯で苦虫を噛み潰した。


 勲のプレイ時間のほうが圧倒的に長いが、兼継は3000点を超えたところで伸びなくなっていた。ペダルを上手く使えていないので頭打ちしているのだ。

 中学校の勉強では、学年トップであり続けた兼継だったので、勲に腕力以外で負けたことが悔しかった。


「ただのゴリラだと思ってたよ。やるじゃん」

「お前の父親にはまだまだ敵わねぇよ。本人に向かってゴリラっていうなよ」

「お前はお前の父親を超せばいいさ。俺の父親は俺が超す相手だ」

「わけわかんねぇよ」

「俺もなんとなくしか分からない」

「司令のくせに」

「だよな。まだまだこれからさ。今いえるのは、俺には仲間がいないってことくらいだ。父にはあんなにいる。お前が俺の右腕になってくれると助かるんだけど」

「仲間、ね」

「嫌なのかよ?」

「嫌だね。司令の仲間って呼ばれるのはダサい」

「そんな呼び方しねぇよ」

「じゃあ、何?」

「考えておくよ。それより、早く満点とれよな」


 それからも勲は毎日プレイしつづけた。兼続は司令室に籠るようになり、誰も来なくなった。

 勲は夜更けまでプレイして、居室に戻らずそのまま横になることも多くなった。




 ある日のことである。例のごとく、勲が朝からハヤブサをしていると、小さなお客がやってきた。


「なんだお前たち、二人だけか?お母さんはどうしたんだ?」


 3歳のちびっ子は探検中のようだ。部屋の中を無闇に歩き回る。優理奈と京子は止まらない。


「ホォ~~~、ハァ!ハァ!」

「ヤァ、ヤァ、ヤァ!」


 散らかった部屋に怪獣が現れた。脱ぎ捨てられた服やお菓子の袋が蹴り飛ばされて、舞い上がる。


「おーい、やめろー」


 勲はどのように扱えばよいのか分からない。力なく注意するしかない。手を出すわけにはいかないし、物で釣ろうにもおもちゃは何も無かった。


 勲が二人を無視してハヤブサを再開してしばらくすると、後ろで扉が開いた。二人が帰ったのだと思ったが、逆だった。もう一人、幼女が入ってきた。その背後には黒幕が立っていた。


「どーゆーつもりですか?」


 勲が放った小言は扉に遮られた。四島英子は悪戯な眼差しを注いで扉を閉めた。


「沙耶ちゃんも来たの?あそぼー」


 優理奈に沙耶ちゃんと呼ばれた娘は無言で頷いたものの、おもちゃのひとつもない部屋から早く出て行きたいと言わんばかりに、勲を眺めた。初対面だった。


「おばちゃん言ってたよ。たくさん蹴ったらね、新しいお人形くれるって」

「だから沙耶ちゃんもやろ」


 沙耶は頷き、勲はため息をついた。


「ちょっと、おばさん!」


 勲が部屋から出たとき、そこには誰もいなかった。二人だけなら両手を繋いで居住区に連れ戻すことができたかもしれないが、一度に三人は相手できそうにない。


「おーい、これで遊ばないか?」


 3歳の子供にハヤブサはかなり難しいが、服が服でなくなる前に、暴れるのを止めさせたかった。


 ちびっ子らの反応は以外と良く、勲の傍に寄ってきて画面を眺めた。


「おデブ、これ何?」


 勲は太ってはいない。ゴツいのだ。どうせ兼続が教えたのだろうと、勲は定めた。


「ハヤブサだ。手本を見せるから、見てろよ」


 慣れた手つき足さばきでプレイする勲のことは眼中にないのだろう。三人は、目まぐるしく移り変わる画面に釘付けだ。いや、脳が情報を処理しきれずに、呆然としている。


「やるか?」

「いい」

「やらなーい」


 高度な遊びに理解が追いつかず、楽しさを見出だせなかったようだ。しかしその日、英子が迎えに来るまで三人は、ずっと勲のプレイを横で見ていた。




 勲の新しい観客は毎日来るようになった。必ず三人揃って昼過ぎにやってきた。


 いつも、来てすぐは勲のプレイを見ているのだが、しばらくするとかならず走り回って部屋を荒らす。悪い癖がついたようだが、勲はいっさい咎めなかった。

 勲にとって心を許せる数少ない相手だ。楽しそうにはしゃぐ彼女らを背中で感じていると、勲は孤独を忘れることができた。


 いつしか勲は、三人をまとめて"じゃじゃっ娘"と呼び始めた。




 山部優理奈が指令室から戻ると、糸城勲は目を瞑って静かに頬を緩めていた。


「デーモンさん?気持ち悪いですよ」


 勲は山部の手から写真を受け取った。太い勲の右腕に、可愛らしい子供が三人ぶら下がっている。


 懐かしい。山部に初めて”おデブ”と呼ばれたのが昨日のようである。勲はひとり頷いた。


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