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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
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月(あんなもの)無くなってしまえ

岐阜基地・・・岐阜県の山岳地帯にあり、山1つを要塞化した航空基地。


村・・・岐阜基地の南側にある村。名前はない。


児童園・・・孤児を育てる施設。

 「お、み、ご、とぉ~!1万点!1万点!お、み、ご、とぉ~!1万点!1万点!」


 壊れかけた電子音声が高らかに鳴り響いた。村で唯一の娯楽と呼べるであろうフライトアクションゲームで満点が出たのは、実に6年ぶりのことだ。

 花木商店の店先で、二人の子供の歓声があがった。


「やったー、やったー!1万点!やったー!」

「おめでとう!本当に満点とっちゃった。志帆は天才だね」


 3千点とれれば上出来のゲームなのだが、1万点をとったのは、なんと7歳の少女だった。これで、電光掲示板にずらりと並んだ満点獲得者の名前は10個になった。

 それらはニックネームのようだ。古いものから順にイパイパノメユ、クイーンワイワイ、ムッチムン、カンタノバカ、ウクキツタナ、シャァァアッ、マニモニマネ、タッチゲイト、ハナカンザシとなっている。


「名前、なんて入力しよっか?他の人は変な名前ばっかりだね」


 まだ字を読めない志帆にはどうでもよいことであった。ただ、満点をとったことへのご褒美が欲しくて、店頭の椅子にある大きな兎のぬいぐるみを指差した。


「あれがいいなぁ」


 志帆は兎のぬいぐるみが欲しかったのだが、勇樹は先ほどの志帆の見事なプレイに圧倒され、少しパニック状態になっており、その気持ちを汲み取れなかった。


「わかった、ウサギがいいんだな。でも、ひとりだけウサギっていうのもなぁ。じゃっ、バニーチャンでどうかな?兎は英語でバニーっていうんだ」


 志帆は志帆で、ぬいぐるみに首ったけである。記録になど興味がない。

 曖昧なまま、勇樹は”バニーチャン”と打ち込みはじめ、志帆はぬいぐるみの方へと近づいた。ぬいぐるみの前までくると、突然ぬいぐるみから声がした。


「こんにちは、私はピョンピョン。あなたは?」


 もちろんぬいぐるみは喋らない。後ろの花バァ、花木商店の店番をしている老女が話しているのだ。


「ピョンピョンっていうの?花バァが付けたの?かわいいね」


 ぬいぐるみの陰から、それと同じくらいの小さな花バァが出てきて、志帆の頭をしわしわの手でやさしく撫でた。


「ピョンピョン、良い名前でしょ。あなた、1万点とったのよね。すごいわね」


 褒められて嬉しくなった志帆は、顔を綻ばせて花バァに抱き着いた。


「あのね花バァ、ピョンピョンちょうだい」


 花バァは腕の中で見上げている幼女に向かって2度、ゆっくりと大きく頷いてみせた。

 勇樹が近寄って来て、背伸びしたような低めの声で簡単に挨拶した。花バァは再びゆっくりと頷いた。

 勇樹が花バァからぬいぐるみを受け取り、二人が手を繋いで児童園に帰ろうとしたときであった。黒塗りの自動車が現れて、二人の前で止まった。知らない男が1人と女が1人、あと知っている女性が1人、降りた。


「勇樹くん、志帆ちゃん、そろそろお腹すいたんじゃない?」


 児童園の園長である京子だった。京子の思わぬ登場に二人の反応は別れた。見慣れぬ車と初見の大人に不信感を抱き、強張る勇樹とは対照的に、志帆は京子のもとに走り寄ってぬいぐるみを自慢し始めた。


「すごいじゃない、よくやったわね。あなたならできると思ってたわよ。あんなに一生懸命だったものね。さすがね」


 不自然なほどに褒める京子の言葉は異常で、不愉快で、正体の知れないものだが、志帆の純粋な笑顔が中和してしまう。しかしそれは確実に、勇樹の中で小さなヘドロとなり沈下していった。

 そんなこととはつゆほども知らぬ者たちが話を始めていた。


「花木さん、お疲れさまでした。あとのことは我々が責任をもって…」


 隙なく整えられた黒スーツとは裏腹に、柔和な表情の男が花バァに話しかけたが、反応がなかった。花バァは右耳が生まれつき聞こえないことを忘れていた。左側に回り込んで言い直す。


「花木さん、お疲れさまでした。あとのことは…」

「ええ、たのみますよ」


 男を朗らかに見据えた花バァの目は潤んでいた。あぁ、この人は本当にこの子のことを愛しているんだ、と思わせるような目だ。


「勇樹、こちらは四島さんと山部さんよ。優理奈は私の友達なの。あなたたちは、これからはこのお二人のお世話になるの。ちゃんと言うことを聞いて、ちゃんと仲良くするのよ」


 京子の目には涙が浮かんでいた。しかし、それは溢れることはなく、必死に堪えられていた。


「どういうこと?かかは?」


 勇樹の体は緊張が支配しており、たくさん疑問があるが、うまく言葉にできない。


「もうすぐ月が出るわ。早く車に乗って。これからのことはお二人に訊いてちょうだい」


 京子の目には千の言葉が湛えられていた。勇樹にはそれが何なのか想像もできないが、温かい想いがあることは感じられた。京子を信じて言われた通りに、何も知らないままの志帆の手を引いて後部座席に乗り込んだ。勇樹自身も理解できないままに。


「優理奈、よろしくね。志帆はまだ字が読めないの。勇樹はまだ声変わりの途中なの。ふたりとも成長が速い方ではないわ。でも一歩一歩、前に進んでいるのよ。私の代わりに優しくしてあげてね」


 優里奈は京子と熱い抱擁をかわして、わかったわと呟いた。


「京子君、これからはどうするんだい?」


 四島は涙を流しながら、しかし極力平静を保つ努力をしながら訊ねた。滑稽である。大人たちの間だけで、自然と笑顔が広がった。


「これからは、母とともに久しぶりに箱根まで行ってみようと思います。温泉に入ってゆっくり過ごそうと思っています」

「箱根か、遠いな。何か月もかかるだろう。でも、行く価値はあるだろうから、体に気を付けて。無事を祈ってるよ」

「ありがとうございます。遠くても、母の故郷ですから」


 山部優理奈の運転で車は走り去った。

 花バァこと花木宇美と娘の花木京子は橙色の空を遠くに眺めながら涙を拭った。本当に美しい風景だった。毎日同じものを見ているが、いつもとは違う。分かっていたことだけれど、もう勇樹と志帆には会うことはない。あの子たちはこの景色を守るために死ぬのかも知れない。そう思うと、二人との、否、皆との思い出の詰まったこの町や、皆と眺めたこの景色が愛しくて、薄暮が永遠に続くことを願わずにはいられなかった。

 されど、二人の願いが届くはずもなく、背後の山の稜線からは月が覗きはじめた。二人は合図があったかのように店内に入り、ろうそくに火を灯した。


 居間に腰を下ろした母の背は、京子には一段と小さく見えた。ぬるめのお茶を二人分入れて、自分も隣に座った。

 ありがとうと呟いた母の目は、僅かばかしの抵抗をもって窓の外の月を捉えていた。


「あんなもの無くなってしまえばいいのに」


 そう呟いた母の気持ちは痛いほどわかる。誰もが望むことである。しかし、京子はなにもかもを諦めてしまっており、添える言葉が出てこなかった。


次回、「祈りの夜」、二人はどこへ?

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