気が狂いそうだ 6分の5
翌朝、敢太が外への扉を開けると、幸四郎たちが倒れていた。いや、寝ていた。
「おい、小便かけるぞ」
反応がない。蜜柑もない。
「おーーい。もう一往復するか?」
まだ反応がない。どうやら寝たふりではないようだ。
敢太は大きく息を吸った。
「っだーーーー!」
三人は跳ね起きた。
「おはよう。もっと優しく起こしてよ」
情けない顔をした基嗣が呟いた。
勇樹は体をゆっくりくねくねさせていた。
「何やってんだぁ?勇樹。気持ち悪いぞ」
「カラダガ、チギレテマス」
これには他の三人は笑うしかなかった。全身が筋肉痛なのだろう。昨日いじめまくった成果が見てとれて、面白くてしかたがない。
「安心しろー。ちゃんと一つに繋がってるよ。それより、風呂入れ。なんか臭いぞ、お前ら」
それもそのはずだ。幸四郎、基嗣、勇樹は愚直にも、無いはずの蜜柑を暗い中でひたすら探し回ったのだ。おかげで汗まみれの泥まみれになっていた。
空の色が淡くなってきたことに気がつき、急いで戻ってきた。もちろん、時計が無いので、遅れていないとは言えないのだ。坂道を走り続けた。
到着したときの安堵と眠気は極みであった。十分ほど前のことだ。
三人がのそのそと居住区域に帰ると、利吉たちに色々と手伝ってもらいながら身支度をした。
勇樹は食欲がなく、ベッドに向かった。
「おい!朝飯行くぞ!!」
居室の扉を開けて敢太が大声で叫んだ。それでも勇樹は動かなかった。
「麻呂、手伝え。持っていくぞ」
奈央のように居室に朝食を運んであげるという心温かい発想はないようだ。勇樹の足を麻呂が、腕を敢太が持って食堂までまさに”運んだ”。
少し遅くなったようで、じゃじゃっ娘五人組と山部は先に食べ始めていた。
「おはよう。勇樹どうしたの?死にかけね」
敢太は、そう言って微笑む山部のことが少し怖い。昨晩、山部と二人で外出したときのことを敢太は頑なに話さなかったが、後年、頭髪が真っ白になってから一言だけ言った。優理奈さんは女王様だ、と。
勇樹は椅子に座って目を開けているが、生気がない。お膳は永悟が持ってきてくれた。
「勇樹、要らないの?貰っちゃうよ?」
誰から学んだのかは想像できるが、優しくすることしか知らなかった志帆が勇樹を焦らそうとした。
それでも勇樹の反応は鈍い。
「あ、うん。いいよ」
志帆は勇樹のお膳にあるデザートのプリンに手を伸ばした。
山部がダメよと止めに入るより早く、敢太が言った。
「志帆、勇樹はそれを食べれば元気になれるんだ。口の中に入れてやってくれないか?」
食事管理という補佐官の仕事を減らしたのだ。それは敢太なりの気遣いでもあった。山部に補佐官としてではなく、山部優理奈としてここに居てほしいと、皆が思っていることを知ってのことだ。
「勇樹、口開けてー。あーーーん」
志帆がスプーンを勇樹の口へ運んだ。しかし、それはプリンではなく、酢だった。勇樹は不意打ちをくらい、立ち上がって大きくむせた。
「どうだ?元気出ただろう?」
敢太の仕業だ。元気は出ないが、勇樹はすっかり目が覚めた。全身の筋肉痛は相変わらず痛い。
「ちょっと。勘弁してくださいよ」
勇樹は眠たそうな目で、困りながら笑った。
その様子を見ていて幸四郎と基嗣は慌てて食べ始めた。二人も飯より枕が欲しくてボーっとしていた。
食後、勇樹は居室で横になり、眠りに落ちたが、またしても敢太の叫び声に起こされた。幸四郎と基嗣は気力で平常を装っていた。
日常通り、シミュレーション室に入った9人だったが、服装が違う。
「俺は用があるから。自分たちでしっかりやれよ。あとは、今日は利吉に任せるからな」
そう言い残して、敢太は出て行った。
「おい、利吉。どうしてお前たちはPスーツなんだよ?」
幸四郎、基嗣、勇樹は運動服装だ。
「えっ、聞いていないんですか?三人はこれからランニングマシンでランニング一時間ですよ。俺たちはいつも通りシミュレーションです」
そんな気がしていた。幸四郎と基嗣は、新人への教育を俺にするなよと心の中で何度も繰り返した。
ニヤけている利吉たち四人に半ば連行されて、三人はランニングマシンに乗って、走り始めた。
「敢太さんは今食堂にいます。ちょこちょこ見に来るらしいんで、サボらないほうがいいですよ。じゃ、頑張ってください!」
四人がトレーニング室から出た瞬間、幸四郎と基嗣はランニングマシンから降りた。
「寝る。勇樹、50分後に起こしてくれ。頼む」
「お前も寝ていいぞ。利吉の言ったことはどうせハッタリだ。敢太は来ないよ」
それでも勇樹は走り続けた。
6分の6へ、つづく!




