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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
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気が狂いそうだ 6分の2

 敢太が早めの夕食を済ませ、車を通用口の方へ回していると日が暮れていた。


 今夜は月が出ない。それでもヘッドライトは点けない。敢太は助手席に山部を乗せて出発した。しかし、徒歩とほとんど変わらない速さだ。山部に夜道を何キロも歩かせるなど、敢太には考えられなかった。


「私に何か言いたいことがあるんじゃない?」


 昨夜、カメラ越しに"真正面から来なさいよ"と山部は言った。余計な感情が運転の邪魔をする。夜道の運転は神経をすり減らす。


「着くまで、、、話しかけないでください。危ないですから」


 暗闇の中、敢太は頬を赤らめた。


 二人は花木商店へ、アルバムを探しに向かっていた。ほのかに浮かび上がる白い中央線だけを頼りに。




 昼間に行われた会議が終わって、敢太が山部班の集合写真を見ていると、四島司令の目に留まった。


「なかなかいい写真じゃないか。私も入りたかったな~」

「し、司令。いつでも撮れますよ!なんならこれからでも」

「いやいや、いいのいいの」


 他の隊長たちが立ち去るなか、山部も近寄ってきた。


「司令はいませんが、デーモンさんはちゃっかり写ってますね」


 たしか、デーモンこと糸城勲を撮影に連れて来たのは山部だ。おかしな言い方をするなぁと、敢太は思った。


(いさお)のやつ、いいなぁ」

「たしか、花木さんの家にはずっと昔の写真もありましたよね?」

「うん?そうだったかな」

「花木さんが、新しく人が来た記念に撮ろうって言ったのが未だに続いてるって、(デーモン)さんが言ってましたよ」

「まったく記憶にないな」

「私もありません。まだ2歳でしたから」


 昔のことを話しながら二人が去ろうとすると、敢太が呼び止めた。


「優理奈さん、花木さんの家って花木商店ですよね?行けば見られますか?その、昔の写真」

「うーん、もしかしたら京子が箱根に持って行ったかもしれないわ。見返すことが、おばさんの楽しみだったらしいから。でも、長旅になるから置いていったかも。

 最近は、新しい写真を撮ったら、私がいつも1枚差し上げに行ってたの。保管場所を知ってるわよ。付いていってあげてもいいわ」




 ということで早速、行動に移したわけだ。


 敢太が村に来るのはじつに6年ぶり、石本沙耶(かか)に会いたくて基地を抜け出した日以来だ。すっかり廃れてしまった様子に寂しさを感じながら、子供時代を思い出していた。

 鍛え上げられたその横顔に男らしさを感じる山部だった。


 花木商店に到着したのは20時をまわったころだ。置時計だけが動いている。


「あれ?ハヤブサがない」


 ハヤブサとは店頭にあったフライトアクションゲームの名前だ。志帆と勇樹が来たときには、看板がすっかり錆びてしまい、その名を知ることはなかった。


「あれなら一月前に撤去して、整備隊の休憩所に設置してあるわよ。ここにあったって仕方ないじゃない?」

「ちゃんとゲーム機として使ってもらえるようになったんですね」


 二人は店舗の奥の居住区画に入った。至る所に蜘蛛の巣ができていた。


「懐かしいわ。子供の頃、沙耶ちゃんと一緒によくここにお泊りしに来たの。あのころはけっこう広く感じていたのよね」


 恋しい名前を聞いて敢太は思わず、花木京子と山部優里奈と石本沙耶が並んで寝ころんだ様を大人サイズで想像してしまった。三人の子供時代を知らないので無理はないが。

 背の低い茶箪笥と鏡台が所狭しと並んでいる。大人三人では狭すぎるが、敢太の頭の中は愉快なことになっていた。


「あの!優理奈さん」


 声のトーンが不自然に上がった。


「アルバムよね。こっちよ」


 的を外した敢太の勇気は音も無く壁にぶつかった。


 キッチンに入ると、円卓と小さな椅子がふたつあった。ここで食事をとっていたのだろう。

 山部は食器棚の一番下の扉を開けた。


「あったわ!これよ。あら、3冊もあるわね」


 アルバムは長旅にはそぐわない重厚な物だった。敢太は、綺麗な字で手書きされた表紙を渋い顔つきで眺めた。




 午前0時、瑠美隊長の引率により、第十一戦闘機部隊(エースパイロットたち)は居住区を出て、消灯した廊下を進んでいた。各人の手には敷布やジュース、お菓子などがある。外出するのだ。


 一行がトンネルへと出る扉に着いたとき、そこにはなぜか幸四郎と基嗣と勇樹がいた。


「あなたたち、何してるのよ。敢太じゃなきゃ開けられないでしょ。とっとと帰りなさい」


 そっちこそ何しているんだよと、心の中で思った三人だったが、口には出さなかった。相手が悪い。


「いやー、ちょっとねー」


 幸四郎が誤魔化そうとするが、何も言わずに素直に消えたほうがよかった。


「わかった。敢太が外出しているんでしょう。ろくなことしないんだから、あいつに権限持たせちゃいけないのよね。また変なことしたら絶対に司令に言ってやる。敢太なんか追放しちゃえばいいのよ」


 幸四郎と基嗣は冷汗が止まらない。二人には絶対に逆らえない相手だ。瑠美の息巻く熱気で窒息しそうだ。


 勇樹は志帆が夜中に起きていることが少し心配になった。


「出かけるの?眠たくない?」

「うーん、ちょっと眠たいけど、我慢する。勇樹も行くの?」


 志帆の笑顔は相変わらず癒しである。志帆はわくわくしているのだと、勇樹にはよくわかる。

 眠たいのは勇樹も同じで、また今日も志帆と一緒に寝ることを想像してしまう。今日から別々であることは睡魔が忘れさせた。


「志帆、勇樹はおねんねの時間よ。一緒には行かないわ」


 奈央の優しい言葉使いは勇樹の心をゆっくりと傷つける。


「あのー、一緒に行きたいんですけど。ダメですか?」


 勇樹はダメもとで奈央に訊いた。

 幸四郎と基嗣は、一瞬勇樹を冷たい目で見たあと、これはチャンスだと思い、援護した。


「一緒に出るだけでいいからさ、あとは放っといてもらっていいからさ!」

「帰りは敢太と一緒だから大丈夫!」


 瑠美はニヤリと笑い、素の表情に戻って振り返った。


「ばか、頼む相手が違うでしょ。まあいいわよ。出してあげてもいいわよ」


 瑠美が頼みごとを了承してくれたことが今までにあったろうか。幸四郎と基嗣は奇跡が起きたような気がした。


「ありがとう!!」


 瑠美が壁に手を翳すと扉が開き、8人は外出した。羽菜が最後に出て、静かに扉を閉めると、じゃじゃっ娘たちはトンネルを歩き始めた。


「良かったの?あいつら出して」

「いいのよ。敢太がどうにかするでしょ。舎弟の罰くらい、あいつにもできるわよ」

「ふーーん」


 羽菜は訊いておきながら興味はなさそうだ。


6分の3へ、つづく!


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