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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
14/54

気が狂いそうだ 6分の1

 臭い。これが”男の匂い”ではないはずだ。汗まみれの男たちに囲まれた勇樹は歯をくいしばった。


「上げろ!!」

「ふんッッッ!!、、、」

「ラストだ!!」

「んッ!あっ」―


 結局、50kgのバーベルは永悟と秀がラックに乗せた。

 ベンチに横たわって腕を垂らしている勇樹の顔は真っ赤だ。


「記録45kg、まぁ初めてなんだしそんなもんか」


 秀は電子帳に入力しながら言った。


「じゃあ、次はダンベルを使うぞ」


 腕を組みながら見守る面々の中で、やはり敢太が一番逞しい肉体をしている。贅肉がついている、というよりも脂がのっていると言ったほうが適切だろうが、引き締まっていないことはたしかだが。


 ショルダープレス、アームカール、リストカール、クランチ、スクワット、エクステンション、、、


 約一月前に、山部に体の隅々まで測定された勇樹は、まだ調べることがあったのかと驚きながらも、自分のもてる力を解放するように努力した。

 地獄の筋力測定にほぼ半日かかった。


「勇樹、男子棟(こっち)では夕食の前に風呂に入るのが決まりだ。理由は分かると思うが、体が熱を持っているから冷却するためだ。しっかり冷やせよ」


 つまり、風呂で水を浴びろ、ということだ。汗臭いからこそ入るんじゃ、、、勇樹は心の中で呟いた。


 勇樹も皆と一緒に風呂に入った。男と一緒に入るのは初めてだ。シャンプーの匂いが変わって勇樹は変な気分になった。

 風呂からあがると、皆各自の居室でPスーツに着替えた。


「おう、行くぞ」


 基嗣が呼びに来た。扉を開ける動作が優しい。

 廊下に全員揃うと、幸四郎の先導で食堂へ向かった。


「敢太さんはどうしたんですか?」

「あいつは用事があるから先に行ってるよ」


 敢太はひとりで行動することがあると知っていたので、勇樹は気にかけなかった。しかし、幸四郎と基嗣だけは知っていた。敢太はロマンへと向かっている。


 食堂に入るとじゃじゃっ娘五人組がいた。

 タイミングが合ったら皆一緒に食べる。それが山部班のルールであるが、今晩は山部と敢太はいない。


「瑠美、敢太どうしたの?」

「知らないわよ」

「何があったのよ」


 余計な介入であることは百も承知で、奈央が訊いた。

 羽菜や奈央、穂実の頭の中では、瑠美が怒る原因は敢太以外にないのだ。


 部隊間で連絡をとるのは隊長のみである。第一戦闘機部隊(ゴキブリ)の中で敢太だけがいないことと、瑠美がツンツンしていることから察して、何か揉め事があったのではないかと期待したのだった。


 普段ならば気さくに敢太のことを罵るのだが、今日の瑠美の口は固かった。


 それでも女子はよく喋る。食事の量は男子より少ないのに、女子のほうが食べ終わるのに時間がかかる。


 食器を返却した勇樹が女子棟側の扉に近づき、壁に手を翳した。


「もう反応しないに決まってるでしょ」


 冷たいようで温かい奈央の指摘が飛んできた。

 勇樹は何も用はないのだが、なんとなく、何かが分かるような気がして、試したのだった。


「はい。もう入れないんだな、と思うと寂しくて」


 このとき勇樹は、引き返せない過去がひとつ、すぐ近くにもあることを認識した。


「勇樹、バニーちゃんあげよっか?」


 志帆が心配そうな目をしていた。勇樹は、志帆はまだ志帆だと思えて、とても嬉しかった。


「いいよ、あれは志帆の物じゃないか」


 勇樹は何気なく言った。しかし、奈央の目には成長が見て取れ、志帆には勇樹が少し遠い存在に感じた。



 夕食後の行動は、敢太の説明では自由時間なのだが、男たちはこぞってシミュレータ室へ行く。勇樹は早くも全身に筋肉痛を覚え、ベッドの上で呼吸だけをしていた。



 一方、女子棟では、ある準備が進められていた。


「何時ごろだっけ?」

「えーっと、21時から5時までで、ピークは0時から1時くらいよ」

「1時は遅すぎるわね」

「行かないの?」

「もちろん行くわよ!」


 瑠美の顔も普段通りに明るくなっていた。志帆は疲れて眠たいようで目を擦っている。まだ7歳なのだから当然だ。


「志帆も行きたい」

「もちろん、一緒に行きましょ。あとで起こしてあげるから、もう寝てていいよ」


 志帆は素直で、歳の割にしっかりしている。歯を磨いて、明日着る服を机の上に出して、ベッドに入った。

 もう自分のことは一人でできる。奈央の教育の賜物だった。


「さすが教育部長!その横顔はまさに我が子を見守る母親そのもの。貫禄が出てきましたねー」


 志帆の様子を隠れて見ていて、羽菜が奈央をからかった。


6分の2へ、つづく!


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