気が狂いそうだ 6分の1
臭い。これが”男の匂い”ではないはずだ。汗まみれの男たちに囲まれた勇樹は歯をくいしばった。
「上げろ!!」
「ふんッッッ!!、、、」
「ラストだ!!」
「んッ!あっ」―
結局、50kgのバーベルは永悟と秀がラックに乗せた。
ベンチに横たわって腕を垂らしている勇樹の顔は真っ赤だ。
「記録45kg、まぁ初めてなんだしそんなもんか」
秀は電子帳に入力しながら言った。
「じゃあ、次はダンベルを使うぞ」
腕を組みながら見守る面々の中で、やはり敢太が一番逞しい肉体をしている。贅肉がついている、というよりも脂がのっていると言ったほうが適切だろうが、引き締まっていないことはたしかだが。
ショルダープレス、アームカール、リストカール、クランチ、スクワット、エクステンション、、、
約一月前に、山部に体の隅々まで測定された勇樹は、まだ調べることがあったのかと驚きながらも、自分のもてる力を解放するように努力した。
地獄の筋力測定にほぼ半日かかった。
「勇樹、男子棟では夕食の前に風呂に入るのが決まりだ。理由は分かると思うが、体が熱を持っているから冷却するためだ。しっかり冷やせよ」
つまり、風呂で水を浴びろ、ということだ。汗臭いからこそ入るんじゃ、、、勇樹は心の中で呟いた。
勇樹も皆と一緒に風呂に入った。男と一緒に入るのは初めてだ。シャンプーの匂いが変わって勇樹は変な気分になった。
風呂からあがると、皆各自の居室でPスーツに着替えた。
「おう、行くぞ」
基嗣が呼びに来た。扉を開ける動作が優しい。
廊下に全員揃うと、幸四郎の先導で食堂へ向かった。
「敢太さんはどうしたんですか?」
「あいつは用事があるから先に行ってるよ」
敢太はひとりで行動することがあると知っていたので、勇樹は気にかけなかった。しかし、幸四郎と基嗣だけは知っていた。敢太はロマンへと向かっている。
食堂に入るとじゃじゃっ娘五人組がいた。
タイミングが合ったら皆一緒に食べる。それが山部班のルールであるが、今晩は山部と敢太はいない。
「瑠美、敢太どうしたの?」
「知らないわよ」
「何があったのよ」
余計な介入であることは百も承知で、奈央が訊いた。
羽菜や奈央、穂実の頭の中では、瑠美が怒る原因は敢太以外にないのだ。
部隊間で連絡をとるのは隊長のみである。第一戦闘機部隊の中で敢太だけがいないことと、瑠美がツンツンしていることから察して、何か揉め事があったのではないかと期待したのだった。
普段ならば気さくに敢太のことを罵るのだが、今日の瑠美の口は固かった。
それでも女子はよく喋る。食事の量は男子より少ないのに、女子のほうが食べ終わるのに時間がかかる。
食器を返却した勇樹が女子棟側の扉に近づき、壁に手を翳した。
「もう反応しないに決まってるでしょ」
冷たいようで温かい奈央の指摘が飛んできた。
勇樹は何も用はないのだが、なんとなく、何かが分かるような気がして、試したのだった。
「はい。もう入れないんだな、と思うと寂しくて」
このとき勇樹は、引き返せない過去がひとつ、すぐ近くにもあることを認識した。
「勇樹、バニーちゃんあげよっか?」
志帆が心配そうな目をしていた。勇樹は、志帆はまだ志帆だと思えて、とても嬉しかった。
「いいよ、あれは志帆の物じゃないか」
勇樹は何気なく言った。しかし、奈央の目には成長が見て取れ、志帆には勇樹が少し遠い存在に感じた。
夕食後の行動は、敢太の説明では自由時間なのだが、男たちはこぞってシミュレータ室へ行く。勇樹は早くも全身に筋肉痛を覚え、ベッドの上で呼吸だけをしていた。
一方、女子棟では、ある準備が進められていた。
「何時ごろだっけ?」
「えーっと、21時から5時までで、ピークは0時から1時くらいよ」
「1時は遅すぎるわね」
「行かないの?」
「もちろん行くわよ!」
瑠美の顔も普段通りに明るくなっていた。志帆は疲れて眠たいようで目を擦っている。まだ7歳なのだから当然だ。
「志帆も行きたい」
「もちろん、一緒に行きましょ。あとで起こしてあげるから、もう寝てていいよ」
志帆は素直で、歳の割にしっかりしている。歯を磨いて、明日着る服を机の上に出して、ベッドに入った。
もう自分のことは一人でできる。奈央の教育の賜物だった。
「さすが教育部長!その横顔はまさに我が子を見守る母親そのもの。貫禄が出てきましたねー」
志帆の様子を隠れて見ていて、羽菜が奈央をからかった。
6分の2へ、つづく!




