必ず俺が 4分の4
「おうっ!遅いじゃねぇか。もうちょっと遅くても良かったぜ」
敢太の顔はすっかり緩んでしまっている。そう、これがロマンに生きる男の顔だ、とはとても思えない。
「どうしたの?勇樹の顔、真っ青よ」
山部が心配そうに勇樹に近づいた。
「なんでもないです」
勇樹は無愛想にそっぽを向いた。
「5Gで2秒」
瑠美が言った。何があったのか説明するにはそれで十分だ。
「あら、そうだったの」
「なかなか、やるじゃねぇか。初めてで5G2秒か」
敢太の反応に、勇樹は一縷の望みを抱いたが、すぐに消えた。あの重みが恐ろしいのだ。
「じゃ、あとはよろしくね。午後のトレーニング、もう始まってるから」
瑠美は食堂を出た。
「山部さん、俺、何のためにここにいるんでしょうか」
「えっ?」
勇樹は心の底から、その答えを探している。
「そんなもの後から考えればいいさ。今はひたすら前だけを見ていろ。進むべき道が見えなくても、勝手に歩んでいるものさ」
「敢太らしいわね」
山部の代わりに敢太が答えた。二人とも明るい顔をしている。
しかし、そんな誤魔化し方じゃ、勇樹は納得などできない。
「ロマンなんてありませんよ!」
「なんだと!いいか、昨日俺はバレルに乗れと言ったよな。話はそのあとだ。何も知らないガキがロマンを否定してんじゃねぇ」
山部は少し困ったようで、敢太の言葉に感じた違和感が表情に出ていた。
「勇樹は今日引っ越しするのよね?新しい環境に入れば新しい考えが浮かんでくるものよ。勇樹、いろいろ知りたいのでしょうけど、慌てないことよ」
「優理奈さんに気をつかわせるとは、許さんぞ」
敢太の鼻の下はすぐに伸びるらしい。
「じゃ、あとはよろしくね、隊長」
山部は敢太の肩を軽くたたいて去って行った。
「おい、行くぞ」
二人は食堂を出て、今朝と違い、右へと進んだ。居住区へ行くのだ。
食堂を挟んで女子棟を鏡に写したような造りだ。
居住区の扉の前で立ち止まった。
「お前の手でも開くはずだ。やってみろ」
「はい」
勇樹は壁に手を翳した。
「フフフ~ン、ドーテー、ドーテー、フフフフ~ン」
扉が開くと同時に変な電子音が流れた。
「ワハハハハッ!」
「アハ~~、おっかしぃっ」
「プッハッ~~!」
扉の内側には幸四郎をはじめ、居住者の面々が待っていた。
「成功だな!」
7人は陽気な笑い声とともに廊下を歩いていった。
「敢太さん、やってみてください」
「おっ?おう」
扉が閉まってから、敢太は壁に手を翳した。
扉は開いたが、さっきの変な音は鳴らなかった。
「なんなんですか?今のはいったい!」
「いやっ、あれだっ、おもしれぇ奴らだな!アッハッハッ!」
自然と勇樹は笑っていた。本人は気付かないが、敢太の目は逃さなかった。
こうして、勇樹の新しい生活は始まった。
勇樹の新居は10号室だ。絨毯は赤色、それ以外は女子棟と同じだ。
「勇樹、ジャージと半袖に着替えて、トレーニング室に行け。皆いるから、何をするかは行けばわかる」
「はい、わかりました」
敢太は決して何度も言いはしない。勇樹は敢太の部下で、第一戦闘機部隊の隊員だ。
「敢太さんは行かないのですか?」
「おう、俺は他にやることがあるんでな。サボってるやつがいたら、あとで教えてくれ」
「はい」
女子棟のシミュレータでの件が尾を引いて、クタクタの勇樹は思考停止寸前だった。また流れに身を任せてしまうが、今はそれが自然だろう。
トレーニング室に入ると、男たちの元気のいい声が異様に溢れていた。
「うぉ~~~」
「はっ!ふんっ!はっ!」
バーベルを肩に乗せてスクワットをする者がいれば、それを補助する者、マットで腹筋をする者など、各々筋トレをしていた。
「おう、来たか。勇樹」
幸四郎が一番に反応した。
「幸四郎さん、敢太さんがここに行くようにと」
「うん、聞いてるよ。筋トレしたことあるか?」
「いえ、ないです」
まさか自分もしないといけないのかと思って、勇樹は身構えた。
「顔色悪いな。何かあった?」
「さっき、シミュレータで」
「そうか、敢太とか?」
「瑠美さんとです。女子棟で」
「そっか、何Gまでいった?」
興味が湧いたのか、皆集まってきた。
「5Gで2秒って、瑠美さんが言ってました」
「ほう、5G2秒か。初めてにしてはそこそこだな」
他の皆もうんうんと頷いた。
瑠美にはバカにされたが、皆の反応を見ていると、勇樹の失った自信が蘇りつつあった。
「まっ、疲れてるだろうし、今日は見学にしておきな。明日からだな」
「よしっ、今日は見学にするか」
安堵する勇樹の隣でそう言ったのは永悟だった。
「おいっ、一番年下のお前が一番にサボるなよ」
利吉が続いた。
「今日は休みだ!」
幸四郎のこの一言で、皆は完全に休みモードに入った。
勇樹はふと、奇妙なものを見つけてしまった。ブラジャーである。ブラジャーが掛け時計の下に飾られている。
「幸四郎さん、あれ」
「おう、あれか。あれは敢太の計らいで、あそこに飾ってあるんだ。これで皆のやる気が出るってもんさ!」
勇樹の持った違和感はそれだけではない。
「あれって、本当に山部さんのですか?」
どう見ても大きすぎる。確かに山部の胸は大きいが、あれほどじゃない。勇樹には確信があった。
「あれは優理奈さんのじゃないらしい。敢太が訊いたそうだ。優理奈さんのですか?って。よく訊けたよな。そしたら優理奈さんが、私のはもう二回りくらい小さいわ、だってさ」
「そうなんですか」
勇樹はほっとした。飾られているのは自分の罪の証ではなかったのだ。
「優理奈さんのじゃなくたって、俺たちの知り得るブラジャーはあれだけだから、重宝してるってとこだ。見たくないのか?」
「見たくないわけではないですけど、見たいわけでもないです」
「ロマンがねぇな」
幸四郎まで同じことを言う。勇樹にはもう返事をするのも面倒な台詞だ。
次回、「気が狂いそう」、訓練開始!




