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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
13/54

必ず俺が 4分の4

「おうっ!遅いじゃねぇか。もうちょっと遅くても良かったぜ」


 敢太の顔はすっかり緩んでしまっている。そう、これがロマンに生きる男の顔だ、とはとても思えない。


「どうしたの?勇樹の顔、真っ青よ」


 山部が心配そうに勇樹に近づいた。


「なんでもないです」


 勇樹は無愛想にそっぽを向いた。


「5Gで2秒」


 瑠美が言った。何があったのか説明するにはそれで十分だ。


「あら、そうだったの」

「なかなか、やるじゃねぇか。初めてで5G2秒か」


 敢太の反応に、勇樹は一縷の望みを抱いたが、すぐに消えた。あの重みが恐ろしいのだ。


「じゃ、あとはよろしくね。午後のトレーニング、もう始まってるから」


 瑠美は食堂を出た。


「山部さん、俺、何のためにここにいるんでしょうか」

「えっ?」


 勇樹は心の底から、その答えを探している。


「そんなもの後から考えればいいさ。今はひたすら前だけを見ていろ。進むべき道が見えなくても、勝手に歩んでいるものさ」

「敢太らしいわね」


 山部の代わりに敢太が答えた。二人とも明るい顔をしている。

 しかし、そんな誤魔化し方じゃ、勇樹は納得などできない。


「ロマンなんてありませんよ!」

「なんだと!いいか、昨日俺はバレルに乗れと言ったよな。話はそのあとだ。何も知らないガキがロマンを否定してんじゃねぇ」


 山部は少し困ったようで、敢太の言葉に感じた違和感が表情に出ていた。


「勇樹は今日引っ越しするのよね?新しい環境に入れば新しい考えが浮かんでくるものよ。勇樹、いろいろ知りたいのでしょうけど、慌てないことよ」

「優理奈さんに気をつかわせるとは、許さんぞ」


 敢太の鼻の下はすぐに伸びるらしい。


「じゃ、あとはよろしくね、隊長」


 山部は敢太の肩を軽くたたいて去って行った。


「おい、行くぞ」


 二人は食堂を出て、今朝と違い、右へと進んだ。居住区へ行くのだ。


 食堂を挟んで女子棟を鏡に写したような造りだ。


 居住区の扉の前で立ち止まった。


「お前の手でも開くはずだ。やってみろ」

「はい」


 勇樹は壁に手を翳した。


「フフフ~ン、ドーテー、ドーテー、フフフフ~ン」


 扉が開くと同時に変な電子音が流れた。


「ワハハハハッ!」

「アハ~~、おっかしぃっ」

「プッハッ~~!」


 扉の内側には幸四郎をはじめ、居住者の面々が待っていた。


「成功だな!」


 7人は陽気な笑い声とともに廊下を歩いていった。


「敢太さん、やってみてください」

「おっ?おう」


 扉が閉まってから、敢太は壁に手を翳した。

 扉は開いたが、さっきの変な音は鳴らなかった。


「なんなんですか?今のはいったい!」

「いやっ、あれだっ、おもしれぇ奴らだな!アッハッハッ!」


 自然と勇樹は笑っていた。本人は気付かないが、敢太の目は逃さなかった。


 こうして、勇樹の新しい生活は始まった。



 勇樹の新居は10号室だ。絨毯は赤色、それ以外は女子棟と同じだ。


「勇樹、ジャージと半袖に着替えて、トレーニング室に行け。皆いるから、何をするかは行けばわかる」

「はい、わかりました」


 敢太は決して何度も言いはしない。勇樹は敢太の部下で、第一戦闘機部隊の隊員だ。


「敢太さんは行かないのですか?」

「おう、俺は他にやることがあるんでな。サボってるやつがいたら、あとで教えてくれ」

「はい」


 女子棟のシミュレータでの件が尾を引いて、クタクタの勇樹は思考停止寸前だった。また流れに身を任せてしまうが、今はそれが自然だろう。


 トレーニング室に入ると、男たちの元気のいい声が異様に溢れていた。


「うぉ~~~」

「はっ!ふんっ!はっ!」


 バーベルを肩に乗せてスクワットをする者がいれば、それを補助する者、マットで腹筋をする者など、各々筋トレをしていた。


「おう、来たか。勇樹」


 幸四郎が一番に反応した。


「幸四郎さん、敢太さんがここに行くようにと」

「うん、聞いてるよ。筋トレしたことあるか?」

「いえ、ないです」


 まさか自分もしないといけないのかと思って、勇樹は身構えた。


「顔色悪いな。何かあった?」

「さっき、シミュレータで」

「そうか、敢太とか?」

「瑠美さんとです。女子棟で」

「そっか、何Gまでいった?」


 興味が湧いたのか、皆集まってきた。


「5Gで2秒って、瑠美さんが言ってました」

「ほう、5G2秒か。初めてにしてはそこそこだな」


 他の皆もうんうんと頷いた。

 瑠美にはバカにされたが、皆の反応を見ていると、勇樹の失った自信が蘇りつつあった。


「まっ、疲れてるだろうし、今日は見学にしておきな。明日からだな」

「よしっ、今日は見学にするか」


 安堵する勇樹の隣でそう言ったのは永悟だった。


「おいっ、一番年下のお前が一番にサボるなよ」


 利吉が続いた。


「今日は休みだ!」


 幸四郎のこの一言で、皆は完全に休みモードに入った。


 勇樹はふと、奇妙なものを見つけてしまった。ブラジャーである。ブラジャーが掛け時計の下に飾られている。


「幸四郎さん、あれ」

「おう、あれか。あれは敢太の計らいで、あそこに飾ってあるんだ。これで皆のやる気が出るってもんさ!」


 勇樹の持った違和感はそれだけではない。


「あれって、本当に山部さんのですか?」


 どう見ても大きすぎる。確かに山部の胸は大きいが、あれほどじゃない。勇樹には確信があった。


「あれは優理奈さんのじゃないらしい。敢太が訊いたそうだ。優理奈さんのですか?って。よく訊けたよな。そしたら優理奈さんが、私のはもう二回りくらい小さいわ、だってさ」

「そうなんですか」


 勇樹はほっとした。飾られているのは自分の罪の証ではなかったのだ。


「優理奈さんのじゃなくたって、俺たちの知り得るブラジャーはあれだけだから、重宝してるってとこだ。見たくないのか?」

「見たくないわけではないですけど、見たいわけでもないです」

「ロマンがねぇな」


 幸四郎まで同じことを言う。勇樹にはもう返事をするのも面倒な台詞だ。

 

次回、「気が狂いそう」、訓練開始!

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