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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
第一章 始まり
12/54

必ず俺が 4分の3

「男同士のくせに話長いわよ。ついてきなさい」


 少しツンとした瑠美と勇樹は居住区に向かった。


「あなたはこれから引っ越しよ。荷物をまとめなさい」

「えっ、どこに行くんですか?」

「男子棟に決まってるでしょ。具体的には敢太に聞きなさい。あなたはもうここにいちゃいけないの。ほら、早く」


 おそらく昨晩のことが原因であることは、勇樹にも推測できる。瑠美の顔を見ると言葉が口から出ないが、どうしても聞いておかなければならないことがひとつだけあった。


「志帆は」

「志帆は勇樹がいなくても大丈夫だって、志帆が言ったわ」


 志帆が本当に言ったとは思えないが、今更ながら後ろめたい気持ちが勇樹の口を塞いだ。


 勇樹は荷物をまとめると、私物がひとつもないことに気がついた。部屋を見渡すと、大きな兎のぬいぐるみが不自然にはにかんでいた。志帆にまで背を向けるのかと思うと、やるせない。


「志帆はこれから何をするんですか?それだけは教えてもらえないと、どこにも行きたくありません」


 瑠美の表情は一切変わらない。


「志帆にはまだ理解できないだろうけれど、いいわよ、勇樹には話しても。ただし、絶対に志帆に言わないように。ゴキブリの連中にもね」


 瑠美と真っ直ぐに見据え合うのは初めてだ。その目力に勇樹は少し怯んだ。

 ゴキブリの連中が誰のことであるか想像できるが、言葉から感じたのは底の無い沼のような嫌悪であった。


「来なさい」


 二人は居住区から出た。

 向かったのはシミュレータ室だった。


「エースが何か知らないわよね?」

「はい、初めて聞きます」


 瑠美には躊躇いがあるようで、一瞬渋った。しかし、すぐに言葉を繋いだ。


「エースは戦闘機よ。主戦場は宇宙の無重力空間。地球じゃただのロケットよ」


 勇樹の頭の中では、戦闘機といえばモスキートである。敢太たちが乗る漆黒の小さな飛行機だ。具体的な像が浮かばない。


「私たちの第一任務は、四島兼継司令官の護衛よ」


 四島兼続(しじまかねつぐ)、勇樹が地下施設(ここ)に来た夜に会った男だ。

 宇宙でしか役に立たない戦闘機で護衛するとはどういうことなのだろうか。


「それって、宇宙に行くってことですか?」


 勇樹はぼんやりと浮かんだ疑問を口にした。いまいち全体像が見えないでいる。


「月にはね司令の知り合いがいて、その人がカーテンを使って地上を攻撃しているの。攻撃を止めさせたいんだけど、通信を送っても返事がなくて、直接行くしかないの。もともと、時期が来ればシャトルに乗って月の裏側の基地に行く予定だったらしいけど、カーテンが予定になかった日本まで攻撃するから、司令も計画を変更したの。もしかしたら途中で攻撃されるかもしれないからね」


 瑠美の話は現実離れしていて、勇樹にはしっくりこない。カーテンって何だ?攻撃って何だ?


「もし、シャトルだけで月に向かうとして、月側から攻撃があれば、蛇に睨まれた蛙状態よ。あらかじめ敵を叩くことがエースの役割よ。そもそものエースの任務はというと、三十年前の開戦時は、他国が宇宙進出して敵対勢力となったとき、それを駆逐することだったらしいわ。カーテンは地上の敵を、エースは宇宙空間に来た敵を、ね」


 瑠美が真剣に話すからではなく、やっと本当のことを知ることが出来ると思い、勇樹は真剣に聞いていた。


「特性上、エースは5機必要なの。そして、エースは全部で5機しかない。シャトルは1機しかない。つまり、荒れ果てた地球の現状を打破するチャンスは1回きりなの。そのために私たちは来る日も来る日も、あらゆる条件を試しているのよ、ここで」


 勇樹には、瑠美がどんどん遠い存在になってきた。月に行く、攻撃されるかもしれない、現状を打破する、そんなこと自分には関係ないとしか思えない。


「エースに乗るのは、私、羽菜、奈央、穂実そして志帆よ」


 凍てつく風が勇樹の心を抉って通り過ぎた。志帆が宇宙で戦うなどありえないと思いたかったが、瑠美の目がそうさせない。


「なんで志帆なんですか。まだあんなに小さな子供じゃないですか」


 勇樹は激しく叫んだが、瑠美の目がさらに鋭くなるだけだった。


「そうね、何でかしらね。でも決まっているのよ。勇樹にはできない。乗るのはあんたじゃない。敢太でも、優里奈さんでも、デーモンさんでもなく、私たちなの。私たちなの!」


 後半は瑠美の声が大きくなった。初めて感情的になった。

 勇樹は自分の無力を突き付けられ、納得できなかった。


「世界がどうなってるか知らないけれど、志帆じゃなくて俺にやらせてください。志帆を大変な目にあわせたくないです」

「だから、勇樹にはできないの」

「やってみないと分からないでしょ。やらせてください」


 不愉快にも、勇樹の目は輝いていた。自分の意志に酔いしれ、勘違いした使命感に満ちている目だ。こいつには口で説明しても無駄だと、瑠美は思った。


「わかったわ。私だって、誰かに重荷を背負わせたい訳じゃないわ。やりたい人がやればいい。できるものなら」


 勇樹は操縦席に座った。少し狭い。

 瑠美は勇樹の体にセンサーと圧迫装置を取り付けた。そして扉を閉めて、モニター席に移動した。


 頭の後ろから通信が入る。


「もしもし、聞こえる?絶対に指示に従いなさい。じゃないと怪我するからね」

「わかりました。お願いします」


 勇樹は両手を操縦袋(そうじゅうたい)に入れた。


「ばか、手は膝の上よ。誰が入れろって言ったのよ。呼吸と瞬き以外何もするんじゃないわよ。頭は背もたれに付ける」


 マイク越しにも瑠美の鬼気が迫ってくる。勇樹は急いで指示に従った。


「いくわよ。始めは軽め。3Gまでかけるから」


 いままでに聞いたことのない不穏な音を立てて何かがうなっている。

 足全体と腹部が圧迫される。


「お腹から下に力を入れなさい」


 勇樹に返事をしている余裕はなかった。全身を下に引っ張られていく。これが加速度()というものである。

 徐々に重くなっていき、勇樹は息を吐く度に危険を感じた。


「今3Gよ。ギブアップする?ウィンクで答えなさい。ハイは左目、イイエは右目よ」


 勇樹はなんとか右目でウィンクした。


「ゆっくり息していると気絶するわよ。吐くのも吸うのも一瞬でしなさい。じゃ、少しづつ上げていくから」


 勇樹は気が気でなかった。閉塞的な空間でひとり、謎の重みを全身に受けて、身動きはおろか呼吸さえ満足にできないでいる。


 Gはさらに強くなる。


「フッハッ!フッハッ!フッハッ!」


 だんだん思考さえも重たくなってきた。


「4G」


 まぶたが垂れて、視界の上部が塞がれる。


「5G」


 今度は視界が急に狭くなった。と思った瞬間、Gから解放されて、数秒すると視界がもとに戻った。勇樹は額の汗を拭った。


 シミュレータが停止してしばらくすると、操縦席の扉が開いた。


「あなた、5Gで落ちかけたわよ。その程度じゃモスキートにも乗れないわね」


 勇樹は一人で立ち上がり、シミュレータから降りた。さきほどまでの重さが嘘のようである。


 勇樹は得体の知れない、闇のような存在に打ちのめされ、言葉を発することなく、項垂れていた。


 シミュレータの点検を終えた瑠美が戻ってきた。


「わかった?あなたには無理よ」


 勇樹は、認めるわけにはいかなかった。


「毎日やれば、俺でも瑠美さんと同じくらいできるようになるはずです」


 しかし、勇樹の目に希望などなかった。志帆の代わりに自分がと思っていたが、根拠のない自信はズタズタに崩れ落ちた。


「どれだけ頑張ったって無理よ。あんたよりできそうな敢太でも無理だったのよ」

「どれくらい無理だったのですか。何がいったい、瑠美さんと違うって言うんですか?」

「敢太は、私がこの基地に来るまでの一年間、耐G訓練を受けていたらしいけど、最大11Gが限界だった。それもたったコンマ8秒よ。ブラックアウトしないように止めなければ、今頃モスキートにも乗っていないはず。私の今の限界は13Gで30秒、11Gだったら5分ってところかしら。根本的に違うのよね、男と女は。だから、いくら頑張ってもあんたには無理なの。諦めなさい」


 瑠美は勇樹の腕を掴んで立たせた。


「さっき、世界がどうなっているか知らないけど、とか言ってたわね。考え方ひとつで世界は変わるわ。私たちがどうして、わざわざ地下に籠ってこんな大変なことをしているのか、あなたには永遠に分からないかもしれないけど、だったら私に関わらないで」


 勇樹は何も言えなかった。瑠美の目に宿った光は敢太と同じだ。それはロマン、、、ではなく、太く強い決意である。


 少ししてから二人は食堂に入った。そこには山部と敢太がいた。


4分の4へ、つづく


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