必ず俺が 4分の1
門限まで約4時間あるのだ。多少の寄り道はできる。
しかし、一番近い児童園に着いたのは、午前9時をまわった頃だった。そこから花木商店までは片道10分かかる。
花木商店へ行ってから帰隊するのに2時間はかかるだろう。ゆっくりしてはいられない。
勇樹はさっそく花木京子を探し始めた。
「かーかー!どこにいるのー?ただいまー」
建物全体に聞こえるように大きな声で言った。けれど返事はないし、物音ひとつ聞こえない。
今はここにいないだけだと思いたかったが、ここには住んでいる様子がない。
このとき勇樹は、花木京子にもう会えないのではないかと思い始めた。
だが、そう簡単に希望は捨てきれない。村中を走り回り、畑にも行ってみるが、京子どころか、誰もいない。牛も鶏もいない。
村の南端にある花木商店に着いたときには、勇樹は汗だくになっていた。
「花バァ?」
やはり返事がない。人気もない。毎日志帆と通った店は、すっかり寂れてしまっていた。
「なんか、違う。こんなんじゃない」
俺の本来の生活はこんなんじゃない。そこに意味は無かったかもしれないけれど、穏やかな日々が永遠に続くと、勇樹は思っていた。この村も元に戻らなければならないと、誰かに言ってほしかった。
しかし無情にも、どこを探しても誰もいないのだと受け入れるほかなかった。
流されることに慣れていたことで、勇樹は正気を保つことができた。しかし、本人がそのことに気がつくのははるか未来のことだ。勇樹の鼓動は収まることを知らない。
花木商店の置き時計はまだ動いていた。動くものはそれだけである。それによると、午前10時をとっくに過ぎている。
門限まで残り1時間半しかない。勇樹は焦った。更に脈が速まり、冷静さを失う。
「帰る場所がない」
不意に浮かんだ言葉がそのまま口からこぼれた。
天を仰げば、青い空の中を白い雲がたくさん流れている。偶然ではあるが、志帆のいる方へと動いていた。
「志帆」
小さな雲のひとつひとつが、勇樹の目には人の顔に見えた。志帆、かか、花バァ、奈央さん、敢太さん、他の皆。
「勇樹のバカ。志帆をひとりぼっちにしないでよ」
「志帆ちゃんと仲良くするのよ」
「あなたたちならきっとできるわよ」
「奈央先輩って呼びなさい」
「俺の原動力はロマンだ、、、現実から逃げるなよ」
勇樹は自分の価値を見出したくて、思い出を探したが、出てくるのは最近の事ばかりである。ひと月前まで自分が何をしていたのか、具体的に思い出せない。
しかし、地下に入ってからのことはよく分かる。ずっと考えていたのだ。なぜここにいる?なぜ学ぶ?なぜ掃除をする?なぜ自分は生きている?答えは何も見つかっていない。
「俺の原動力?わかんないけど、今は何か嫌だ。それだけで十分だよ」
誰もいない村の小さな商店の店先で、少年はひとり、涙した。美しい景色の中で、形のない汚いものばかりを見つめて。
置き時計の長針が揺れた。10時20分である。
勇樹は考えるのを止めて、流れに戻った。急がなければ門限に間に合わない。遅れたらどうなるか分からないが、とりあえず急いだ。
いくら歩いても景色はほとんど変わらない。秋も深まり紅葉が美しいが、今の勇樹の目には入らない。帰り道はずっと登り坂だ。来たときよりも長く感じる。
時間を確かめたくても時計がない。焦りが募る一方だ。
涼やかな道程だが、汗が止まらない。背中に冷たさを感じたとき、とうとう門が閉じてしまう気がして、勇樹は走り出した。
ようやくトンネルの入口まで来たとき、危機を感じて立ち止まった。あの扉を通れば、次はいつ外に出られるか分からないのだ。
今のうちに少しでも、この景色を目に焼き付けておかなくては後悔するだろう。
勇樹は再び泣き出しそうになった。ひと月前に花木京子と別れたときは、また会えると思っていたので、ろくに言葉を交わさなくても何とも思わなかった。
しかし今は、自ら望んで彼女に背を向けることになる気がして、勇樹は胸が苦しくなったのだ。
「かかー!俺は、俺たちは、大丈夫だよー」
何か言わなければ、次の一歩を踏み出せなかった。何でも良かった。勇樹は自分の言葉の意味を認識できないままに叫んだ。
そしてすぐに、トンネルの中へと駆けだした。
勇樹がひとりで外出して、初任務を知らぬ間に遂行している間、地下施設では、、、
じゃじゃっ娘四人組と志帆は、シミュレータ室にいた。
「ねぇ羽菜、今日の隊長、なんか怒ってない?」
シミュレータを使う順番に決まりはないが、いつも瑠美からである。自然と瑠美、羽菜、奈央、穂実の順になった。志帆が来てからは、その教育に奈央が付きっきりであるから、奈央が最後になっている。
第十一戦闘機部隊所属、宇宙戦闘機であるFー802、通称”エース”のパイロットは現在、じゃじゃっ娘4人だけである。志帆は新米であり、候補生となっている。
「瑠美が怒るといえば、どうせまた敢太が何かやらかしたに決まってるわよ」
昨晩、敢太たちが勇樹を使って、女子棟の風呂場脱衣所に隠しカメラを仕込ませたことや、優理奈のブラジャーを盗ってこさせようとしたことは、瑠美しか知らない。
瑠美が上下左右前後に重力加速度が働く”体験モード”で格闘している間、穂実と羽菜はただ喋っているわけではない。モニター越しに瑠美の状態とシミュレータを監督している。
後ろのテーブルでは、補佐官の山部優理奈がコーヒーをすすりながら読書している。
心拍数、血中酸素濃度、表情に異常は見受けられない。
しばらくして、加速装置の作動が停止した。”操縦モード”に変わり、瑠美は実践段階に移行する。さきほどまでと違い、瑠美の操縦に合わせて映像が流れ、操縦席が回転する。
「あんなことできないわよ」
穂実がキレイな声でボヤいた。訓練のメニューは瑠美が決めて、瑠美が初めにして、他の三人が続く。
同じメニューをしなければならないのではなく、皆が負けず嫌いなのだ。瑠美がしたこと以上のことをしようとするが、絶対にできない。良くて同じレベルである。
4分の2へ、つづく




