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月(あれ)は私(バニー)がいただきます  作者: 三七十 十六
序章
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悪意ある善意と愛

 四島兼続(しじまかねつぐ)少年は具体的な夢を見ていた。

 夏休みに学校のプール解放で幼馴染みの信二をいじめる奴ら、とくに糸城勲(いとしろいさお)を懲らしめる夢だ。


 ラジコンを改造して作った魚雷をプールに入れて、暴力を振るう勲の背後から追突させる。触れた瞬間電流が流れ、勲の動きが一瞬止まる。魚雷を引き帰らせて人混みに隠す。


 周囲を見回す勲は、訳がわからないまま、信二に八つ当たりする。

 勲が怯むまで魚雷攻撃を止めない。何度も繰り返すうちに勲は魚雷に気づき、兼続が操縦していることを知る。


 勲は兼続を睨みつけ、プールから上がろうとするが、上から蹴りつけられると抵抗むなしく水中に戻される。

 それが繰り返され、勲の顔はどんどん険悪になるが、兼続は高らかに笑い続ける。


 なんて心地が良いのか。ずっとこの夢が続けばいいのにと思った兼続だったが、急に後ろから首根っこを掴まれた。勢いそのまま投げ飛ばされたところで目が覚めた。


「車に乗りなさい!急いで!!」


 母親の英子は妙に慌てていた。

 窓の外はまだ薄暗い。夏休みだというのに、なぜこんなにも早くに起こすのかと憤ったのもつかの間、兼続はおもいっきり背中を蹴られた。


「急げって言ってんのよ!」


 英子の精神状態は異常だ。反抗する気にもならず、寝ぼけ眼のまま移動し、兼続は車の助手席に乗った。ドアを閉めて背もたれを倒し、再び眠った。



 次に目が覚めたのは、朝日が眩しいからだった。ミラーを覗くと、後部座席に人の肩が2つ並んでいた。


「おはよう」


 冗談っぽく言ってみた兼続だったが、誰も返事をしてくれない。隣人の山部香織の膝の上で眠る2歳の優理奈だけが、安らかな顔をしていた。


「勲?どうしてお前がいるんだ?」


 勲は、ここにいるのが不本意そうに顔をしかめている。


「万さんの指示よ。今朝連絡があったの」


 英子が応えた。兼続の父である万士郎(ばんしろう)と勲の父は職場が同じである。勲にも連絡が来たのだろう。一人で自転車を漕いでいるところをたまたま見つけて、そのまま乗せたのだ。


 まだ寝足りない兼続は、母親の言葉を半分しか聞いていない。普段からやかましい母親だ。


「どんな指示?」

「あんたと香織ちゃんと優理奈ちゃん、あとできればあんたの友達を連れて、車で来い、ですって」


 おかしい。それだけならば早朝じゃなくともいいはずだ。それに友達なら、勲じゃなくて信二を選ぶぞ。と、兼続は思った。


「それで?」

「ただちに行動せよ、ですって。理由は、、、そのうち分かる、って」


 それだけで、貴重な夏休みの穏やかな朝を台無しにされたとすれば、グレる理由ができたようなものだ。


 しかし、そうはならなかった。




 東から差し込む朝日は綺麗だった。兼続と勲は意味もなく、ボーッと眺めている。


 かれこれ2時間近く車を走らせ、いくつも峠を越え、太陽がだいぶ高く昇ったころだった。青かった空が、山の稜線に沿って赤く染まり、もくもくと赤黒い煙が立ち昇った。


「あれは、、、もしかして」


 教科書に載っているキノコ雲というやつだ。それがいくつも連なり、太平洋側の空には大きな壁ができたようだった。かなり遠くに見えるが、山越のためにはっきりとは分からない。


 "理由"とはこのことだった。家にいたらただごともなにも、地獄の中をさまようことになっていただろう。




 皆の尻が痛くなってきたころ、ようやく目的地に到着した。


「ここどこ?」


 見渡す限りの山、山、山。自然の中にいくつかの家屋と田畑が点在している。


「万さんに聞いて。私も初めて来たの」


 かなりの田舎である。不吉なキノコ雲をたくさん見たあとだ。夏休みの思い出作りとは思えない。


 遠くには灰色の煙が漂っているが、頭上に陽光を遮るものは何もない。とりあえず、花木商店と書かれた看板のある、住居兼店舗の暖簾をくぐった。


「いらっしゃい」


 年齢不詳のおばさんが、小さな子供と並んで椅子に腰掛けていた。


「あのー、待ち合わせをしているのですが、外は暑いので、少し涼ませてもらえませんか?」


 おばさんは何も言わずに頷いた。そして、お茶を淹れますよと言って、奥へと入っていった。


「この子、優理奈ちゃんと同じくらいね。同い年かしら?」


 母親の二人は、ちょこんと座る可愛らしい幼子に話しかけた。


「おいくつなの?」


 人見知りなのだろう、小さな口を半開きにして不思議そうな目をして黙っている。


「お名前は?」


 その子の口から音がしたが、声にならない。どうやら、まだ話せないらしい。だとすればおばさんを待つしかない。


「母さん、ここに父さんが来るの?」


 椅子に腰かけた兼継と勲は、店先のアイスを勝手に食べ始めていた。


「こら、お金払ってないでしょ。勝手に食べるな」


 兼継は、自分より頭一つ分以上背の低い母親の言葉など、聞く価値もないと言わんばかりに無視して続けた。


「で、どうなの?来るの?来ないの?来ないならここに居たってしかたないでしょ」

「ここに来いとしか言われていないの。どうなるのかお母さんにも分からない。でも、勝手に食べちゃいけないことくらいわかるわよ。あんたたちホントに……」


 ”ここに来い”と言ったのならばここに居るはずである。言った本人が居ないのならば、”あそこに行け”と言うほうが自然であるからだ。推測でしかないが、と無音の思考を締めくくり、兼継は二本目のアイスに手を伸ばした。


「君も食べる?」


 目の前の少女は可愛かった。優理奈も可愛いのだが、見た目の問題じゃない。たった一人で静かに座っていることが、兼継の本能を刺激し、守れと自分自身に言い聞かせていた。


「英子さん、もう家には、、、」

「えぇ、帰れない、というか、もう家は無いでしょうね」


 その言葉の意味くらい、学校の成績が悪い勲にも理解できる。家が、学校が、街ごと焼け消えたのだろう。キノコ雲を見たときから考えないようにしていたが、嫌な想像ばかりが浮かんでくる。ひとりで抱えているのにも限界がある。


「おばさん、クラスの皆は大丈夫ですよね?」

「ばーか、皆死んでるに決まってんじゃん。お前も見ただろ。街もろとも吹っ飛んでるよ」


 母親は思わず息子の頬をぶった。


「この話は万さんが来てからよ。勲君も、いいわね」


 声が大きかったようで、優理奈が目を覚ました。幼児同士で、どちらも不思議な存在に出くわしたかのように静かに見つめ合っている。




 沈黙はすぐに破られた。


「はい、お茶。ちょっとだけ熱いよ。お店のお菓子をお好きにどうぞ」


 真夏に熱いお茶を出されたことには、誰も気に留めなかった。おばさんに続いて四島兼継が入ってきていた。


「あなた!」


 不安だったのだろう。英子が一番に声を出して、喜んだ。無邪気なおばさんだと思ったのは中学生の二人だけではなかったが、触れないでおこう。


「いやー、良かった。英子、ありがとう。朝早くによく動いてくれたね。本当にありがとう。香織ちゃんも優理奈ちゃんも無事でよかった」


 久しぶりに会う父親の口から自分の名前がなかなか出てこないことは、寂しいと感じるのだが、必死に素知らぬふりをする兼継であった。


「兼継、友達を紹介しなさい」


 万士郎と兼継は、誰がどこから見ても普通の親子である。しかし、息子の持つ感情は複雑で、自身でもよく分からないしこりがあった。なぜか普通の息子を演じる必要を感じていた。


「こいつは、糸城勲。友達ではないよ。たまたま通りすがりを乗せただけ。本当は」

「糸城?もしかして幸介の息子か?」


 まるで、兼継が英子を無視するのと同じように、万士郎は兼継の話を途中で遮った。父から子供扱いされて、兼継は腹をたてた。


「はい、父は幸介です」

「そうか、さすがは悪運の強いあいつの息子だ。よく生き残ったな。そしてよく来てくれた。歓迎するぞ」


 万士郎と幸介は同期でよく知る仲なのだった。


「あなた、何が起きているの?」

「皆、ちょっと移動しよう。ゆっくり話せる場所があるんだ」


 結局、誰もお茶を飲むことなく花木商店を出た。

 一行は万士郎の車と英子の車に分かれて乗り、坂道を上り始めた。万士郎の車には男三人が乗った。


 出発してすぐに万士郎が口を開いた。


「いきなりだけど、結論から言おう。俺は月に行く。そして、日本を君たちに任せようと思う」


 話が全く見えず、兼継も勲も質問のしようがなかった。


「ハッハッハッ、びっくりしているな。それもそうだな。色々と説明していると時間がない。今は分からなくても、時間が解決してくれる。俺が直接話せる機会はわずかだから、要点だけを言おう。ふたりともしっかり聞きなさい」


 兼継は、唐突すぎて訳が分からないが、”任せる”と言われたことが嬉しかった。鼓動が高まる。いつものどこか気の抜けた雰囲気とは違い、意志の宿った父の言葉に集中した。


「じつは戦争が始まったんだ。日本国対世界中のほとんどだ。


 今朝、南の空が黒っぽい雲に覆われているのを見ただろう?あれは原爆を打ち込んできたんだな。しかも大量にね。おかげで太平洋側の都市はほとんど壊滅状態だ。


 おそらく近いうちに、日本海側でも同じことが起きるだろうな。だが、そうはさせない。防ぐ術があるんだ。わかるかな?天幕っていうんだけど。


 あぁ、その前に順を追って話そう。この前、日本は月の支配を宣言しただろう?そして、各国に対して全ての軍事力の放棄を求めたんだ。


 でも断られた。日本が主張を曲げる必要性は皆無だから引き続き訴えたんだ。世界中から軍隊が無くなれば平和になるじゃないかってね。


 でもそれが戦争を呼んじゃったんだな。それで今朝、束になってかかってきたんだ。一斉に核攻撃だなんて芸がないことをするよね。日本はよほど恨まれたらしい。


 でもこうなることは予想通りで、日本には核攻撃だけでなくあらゆる攻撃に対する策がある。それが天幕だ。


 天幕は遥か上空の衛星軌道上にあって、無数の個体が列をなしている。代わるがわる日本の真上を常に、そのうちの一部が飛んでいるんだ。


 何をするかというと、とある技術で地上のミサイルや戦艦、航空機を攻撃する。実質、日本を守る見えない壁を作ることが天幕にできることなんだ。


 今朝、核ミサイルは一つも日本の領土に入ってはいない。さすがに爆風と光線は防げないから、本土もダメージを受けたけど、攻撃に来た敵船は潜水艦も含めて全滅したよ。


 ざっとこんなところだ。ところで、勲君はお父さんが何をしているか知っているかい?」


 ここまでスケールの大きな話になるとは思いもよらなかったので、二人とも半信半疑で呆然としている。


「あ、はい。あ、いえ、全然知りません」


 父親の仕事について全く知らないのは兼継も同様だ。


「じつはね、その天幕を操っているのが君のお父さんなんだよ」


 やはり、現実味がないのだ。あまり反応がない。


「天幕は自動運転させることもできるんだけど、現段階ではまだ人間のほうが信頼できるんだ。実際に地球へ向かって使用するのは初めてだったし、不備が発生したら取返しがつかないから、君のお父さんに頼んだんだ。彼は英雄ってやつだ」


 そこで話が終わった。

 全てを受け止めることはできなかったし、気になることが多すぎて、まだ15歳の二人は整理がつかないでいる。



 しばらくして、もう一つ話があった。


「二人とも父親を超える存在になりなさい。


 兼継はいつか月へ来なさい。そして世界を知り、その続きを描いてみせなさい。

 勲君、君が生き残ったのは運命というものだろう。父を超える英雄になりなさい」

「どうしたら超えられますか?」

「ヒントを上げるとすると、、、そうだな、勲君、悪魔になりなさい。


 天使は悪魔を退けることができるらしいが、人間同士の争いには手を出さないらしい。けれども、悪魔は人を殺しに来る。


 大切なものを人間から守りたいのなら、君は悪魔になりなさい。君の父親は今朝、五百万を超える数の人間を殺した。


 それが君の父の正義だ。ちょっと言い過ぎたかな」


 2両の車は地下へと進んだ。


つづく

この部分は物語の本筋の過去を書いたものです。第一章は30年後から始まります!

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