国境へ
side ルリジオン、続きます。
好んで漆黒の髪に生まれたわけではない。
そういう思いとは裏腹に魔術の習得は神官たちも目を見張るものだった。
他人がどんなに驚こうと自分には簡単に思えた。
力を貸してくれるもの。全ての形あるもの。それらの心に耳を傾け、感謝する。
そうすると大きな力となることがわかっていた。
自分の能力が規格外かもしれないという事を知ったのは5歳の頃だった。
魔術の習得の早さやその年齢で出来る魔法を見る限り、歴代の漆黒の髪たちよりも力が強いようだ。しかしそれを検証出来るものは存在しない。
国境に住んでいる高齢の元魔道士は先々代の弟だった漆黒の髪をを知っている。が、王都に来ることを承諾しないのではるばる会いに行くことになった。
両親である国王と、王妃と、神官長で。
神官長は86歳で先々代が生きていれば同じ年だったそうだ。
前の漆黒の髪は先々代と6歳違いの兄弟で、先々代は少し年の離れた弟をとても可愛がっていたという。
ただ魔力をほとんど持たない神官長は当時はただの聖職者見習いで、内部の詳しい事情は教えてもらえなかった。
自分が知っていることはほとんどが伝聞で、確かなものではない。
そこまで話すと、神官長は口を噤んでそれ以上を語らなかった。
やがて国境に到着して質素な家を構えたイムヌという漆黒の髪に会うことが出来た。
年齢、76歳。現在は白髪になってしまっていたが、少しだけ残る黒い毛がかつて漆黒の髪の持ち主だったという事を物語っていた。
先頭に立つ神官長を見ると、あからさまに困惑し、顔を背けて小さく呟いた。
「もう私に関わらないでくれと、何度も伝えたはずです」
「……イムヌ殿、久しいですね。こちらが、ルリジオン王子でございます」
「はじめまして。ルリジオン・ソレイユと申します」
神官長に促されるまま挨拶した自分を見つめ、イムヌは大きく目を見開く。
そして見る間にその目に涙をためて崩れ落ちるように膝を折った。
「ああ、お許し下さい……!」
そのイムヌという老人は、自分の肩に縋って慟哭している。
許すもなにも、初対面で謝られるようなことはなにもない。
今まで王都に出向くのを断っていたからなのだろうか。それにしては大層な様子に感じる。
困惑した顔で父王を見上げると、父はそのままで、といった表情で頷いて見せた。
しばらくしてイムヌは落ち着きを取り戻すと神官長と向き合い、それから国王と王妃に向かって深々と頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした」
いいのだ、といった表情で国王と王妃は首を振って見せる。
「まさか、漆黒の王子自らいらっしゃるとは思わず…こうして見るとオテル様と過ごした日々が目の前に蘇るようです」
どうやら、オテルというのが前の漆黒の髪であり、先々代の王の弟の名前らしかった。
「王子はどこまでご存知で?」
問いかけるイムヌに神官長が答える。
「まだ、なにも。ご自分が漆黒の髪ということだけです。まだ6歳と幼い方ですが、とても力が強いようで。一度実際を見ていただきたいのです」
「……王家はまだ犠牲を出すおつもりですか?」
「――!国王の、王子の前です!言葉が過ぎますぞ!」
犠牲……?前にもその言葉を聞いたような気がして不審に思っていると、父王が後ろから肩に手を置いて、安心させるように引き寄せてくれた。
「神官長。ルリジオンに説明をしてやってくれないか」
父王の言葉で、今まで曖昧だった自分の果たすべき使命が語られることになる。