ルリジオンの苦悩
それから毎日、私はルリジオン様の礼拝時間に合わせて礼拝堂に向かった。
勿論礼拝堂で祈りを捧げたあとルリジオン様と話をする事が目的だ。
お兄様たちから聞いた近づきがたい印象とは違い、礼拝堂での出会いからルリジオン様は私には多少心を開いてくれているように見えてとても嬉しい。
元々のエテルネルの性格が積極的で人懐っこいものだったのもあり、ルリジオン様への恋心が炸裂して犬のようにじゃれついてしまいそうになるのを前世のアラサーの人格が辛うじて押さえ込んでいるという状態で、現世と前世の人格が両方出現することに戸惑いを感じるようにもなった。
ルリジオン様はそんな私を見て若干引きつつもそれを受け容れてくれている様子なのが救われる。
(シナリオ通りじゃないけれど、この方に恋をしたって支障ないわよね?)
シナリオではヒロインはどの攻略対象を選んでも普通に好感度をあげていけば問題なくハッピーエンドになるはずだ。
悪役令嬢的な人もいたけれど、死罪とか流刑とかそういった残酷な結末にもなっていない。
ヒロインなのだし……きっと誰を選んでも幸せになれるのではないか?まかり間違っても私が死ぬほどの危険な目には合わないだろうという甘い考えは良くないのだろうか。
……考えても仕方ない。シナリオ発動は今から10年も後。
今は今を楽しめばいいよね?
「ルリジオン様は……祈りの基本、となるものをどなたかに教わっていらっしゃるのですか?」
この前私が話したおばあちゃんの神社参拝の心得を祈りの基本だと言っていた事が気になり聞いてみる。
「神官だよ、何人かいる」
漆黒の髪でなくても聖職者である神官はいる。そういった人たちがまずは基本を教えるというところだろうか。
「漆黒の髪は、聖職者として生きることは知っている?」
「はい」
「魔力を持っていることも?」
「はい」
「それで、私だけ兄上達とは別の勉強の時間があるのだけど…この国の歴史に詳しい神官が色々教えてくれる」
「他にも先生が?例えば魔法の先生とか」
「先生はいない」
「いない……?」
「魔法を使える神官もいるけれど漆黒の髪はいないから、結局過去の書物で魔力の解放やコントロールの仕方、魔術を聞いて自分でやるしかない」
「ええ!?」
確かにそれもそうなのだ。漆黒の髪の魔力は特別で、滅多に現れないと聞く。
それでも稀に、私たちのような髪色にも魔法を使えるものがいる。けれど簡単なものしか使えない。例えば、金色の髪なら光を、水色の髪なら水を使う簡単なもの。
実は私のお兄様は金色の髪で、光を発生させる魔法を使うことが出来る。
フラッシュとか言って光るその魔法はただ眩しいだけで目くらましにしかならず、イタズラにしか使い道がないものなのだけれど……
そういった簡単な魔法と違い漆黒の魔力は万物のエネルギーを集めて自分のものとして放つことが出来るらしいのだ。
「ご自分で、習得するものなのですね……」
「そうだ。それだけ、この世に存在しない者なんだ」
直接教える者がいない魔術など、どのようにして学ぶのか想像出来ない。
そうまでして学ばないといけないものなのだろうか?
考えてみても今の私にはなにもそれらしい理由は思いつかない。
ふわ……と私の髪に触れられる感触が伝わった。
「ルリジオン様?」
ルリジオン様は私の髪を指先でふわふわと流して遊んでいる。
「綺麗な色だ。私も、この色が良かった」
(み、水色の髪で良かった!!!)
今ほどこの水色の髪に感謝した事はない。
「母上と同じ色だ」
「そうでしたわね」
(んん?もしかして、マザコンなのかしら?)
確かに王妃様は私とよく似た綺麗な水色の髪をしている。
「兄上たちは父上と同じ金色なのに、どうして私だけ……」
そう言ったルリジオン様の顔がとても寂しげに歪んで苦しそうに言葉を続ける。
「私のこの漆黒の髪は、不吉だと何度も言われた」
(あ……)
確かに、ルリジオン様は以前「不吉とは思わない?」と私に聞いた。
伺うように、不安そうに。
「でも……この国の危機を救ってきたのは必ず漆黒の髪の方だったと聞いていますわ。偉大な証です」
それのどこが不吉なのだろう。
「逆を言えば、この国が危機に陥る時に必ず漆黒の髪が産まれているんだと、不吉な証なんだと言う神官もいる」
「そんな……どちらが先かなんてわからないことなのに……いえ、危機が起こることがわかるからこそ、漆黒の髪の方が現れるのではないですか……!」
心無いことを言う神官がいるものだ。たった、6歳の子供に。
「母上はそれを聞いてから私を恐れるようになった。私が母上の髪に触れようものなら悲鳴をあげてしまわれそうだ」
「……っ」
「きっと、私を産んだことを後悔されていらっしゃる」
そう言った横顔があまりに寂しげで、私は胸がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
たとえ大人びて見えたとしてもまだ幼い子供が、母親からの愛情を貰えないということはどんなに辛いことなのだろう。
そう考えると私の身体は無意識に動いてルリジオン様の前に周り、額をつけて彼の両手を握る。
「そんなはずはありませんわ。母が子を愛しく思わない事なんて、決してありません」
「……」
「きっと、王妃様もどうしたらいいかわからないのだと思います」
「そう、だろうか」
「そうですわ」
ルリジオン様の傷ついたような目に少しだけ明るさが戻ったように見えた。
「エテルネル」
「はい、きゃっ!?」
「ありがとう」
そう言ったルリジオン様は私の左手の甲にキスをした。