お詫びの密会
モヤモヤを抱えたまま寝る準備をしていると、窓がノックされる。
「エテルネル」
「ルリジオン様!」
慌ててカーディガンを羽織り、窓を開けに行く。
「エテルネル、すまなかった。君と積もる話がしたかったのに、イヴェール殿下にあんな風に邪魔されるとは思わず嫌な思いをさせた」
「いえ、仕方のないことです。イヴェール様のご身分を考えますとあの場では私が優先されるべきではありませんから」
「……すまない。でも私の気持ちは君が最優先だ。わかって欲しい」
「有難いお言葉です」
弱小国の姫君とソレイユ大国に次ぐ強国のプリュトン国の国王の妹君では立場が全く違う。
国交的にも無下にすることの出来ない相手なのは百も承知である。
仕方ないという気持ちで困った微笑みを浮かべて彼の方を見た。
ルリジオン様は窓の縁に腰かけて同様にこちらを見る。どこかやつれたような気がするがそれはイヴェールのせいなのだろうか。
「お疲れのようですわね」
「女性の相手は苦手だ。意に沿わない、気の利いた言葉を言わなければならないなんて私には魔術の修行よりも神経を使う」
ぼそりと呟く言葉がとても彼らしく感じて先程までの尖った気持ちがふっと丸くなって笑みがこぼれた。
私も女性ではあるのだが……それは気のおけない幼馴染だからなのか、甘い理由なのかどちらかはわからない。
とにかくルリジオン様が歯の浮くような美辞麗句を並べて女性を口説くのが得意なタイプでなくて良かったと心から思った。
「あの……イヴェール様はご婚約はされていらっしゃないのですか?」
一番の気になるポイントだ。本来ルフレ様が捕まえているべきお方なのだ。
「いや?していないと聞いている」
「えっ!?ルフレ様は?」
「?兄上もまだ婚約していないが。それでエテルネルに話したいことがあるんだ」
頭がついていかない。この二人が婚約していない?そんなストーリーは絶対になかった。どういうことなのだろう。
「実は、私達の婚約の事なのだけれど……」
ルリジオン様がなにやら話し始めたけれど入ってこない。私たちの婚約の事?
「兄上が婚約もしていないのに弟の、第三王子である私が先に婚約するわけにはいかないと父上に止められている」
「え!?」
「エタンセル兄上はともかく、ルフレ兄上のご婚約が決まるまでは少し待つようにと……」
「ええ!?」
そんな……婚約さえして公にしてしまえばあのイヴェールの悪役っぷりも少しは収まるかと思ったのに!
「それで、婚約者を発表するまではなるべく、どの姫君令嬢にも平等に接するように言われていて……どうか許して欲しい」
「国が絡む事ですものね…」
「ただの漆黒の髪の頃は誰も私に見向きもしなかったのに、今更平等に接しろと言われても私は困る。父上はそう言ったが私は兄上の縁談に響かぬよう最低限の接触しかしないつもりだ」
「国王様の御意向なのですよね……」
国王様は私の気持ちを知っているし、ただならぬ秘密の前世を共有した仲間だったのに。少し裏切られたような気分になる。
「父上は私たちの気持ちはわかっていて下さっているよ。だがまだ16歳という年齢で焦ることはないと」
(焦るわ!むしろ、先にルリジオン様が婚約した方が諦めた姫たちがどっとルフレ様に求婚するわよ!)
内心思ったが口に出すことは憚られる。
「わかりましたわ。では二人で礼拝堂でお話する事も控えた方がよろしいのでは?」
「……っ。それは、私が困る」
切なそうな顔で言われると反則である。嬉しさで抱きつきたい衝動をなんとか抑え、もっともらしい懸念を伝える。
「でも、今日のようにまた、どなたかに邪魔をされ私が退かなければならない事が多くなると。さすがに辛うございますわ」
「……私も辛い。我慢を強いなければならないなんて」
疲れた様子の彼が辛そうに唇を噛む姿が痛々しい。彼もイヴェールに振り回されているのにこれ以上困らせてはいけないとはっと気づき、控えめに提案した。
「では、ルリジオン様が良いと判断する範囲でお会いしましょう?こうして、こちらに来ていただくことも出来るんですもの」
「そうか。ありがとう。礼拝堂では、話せたら話そう。夜は必ずこちらに来……
ルリジオン様はそこで言葉を止めて心配そうに私に聞いた。
「夜にこうして部屋を訪れるのは嫌ではない?子供の頃と違ってこの年になると良い行いとは言えないし、もし見つかったら醜聞が立って君には良くないかも」
「私は構いません。ルリジオン様がご判断下さった事であれば」
そうは言ったものの、夜に部屋に男性が来ることを気にしないというのも淑女としての常識に欠けていると思われるのかと思い慌てて付け足す。
「あの、他の方には決して許すことではないのはわかっております……でも……ルリジオン様は特別ですから」
(こんな言い方したら余計に意識してるみたいでなんだかイヤらしい感じかも……)
ちらりと彼の顔を伺うと、案の定少し照れたような様子で視線を逸らされ、私は言葉を間違ったかと後悔する。
「……では、そのように。問題が起きたらその都度話し合おう」
「はい」
「……」
「?」
てっきりではおやすみ、等と続くと思って言葉を待ったのだがルリジオン様が何も発さないので疑問に思いつつ笑顔で言葉を待つ。
「そのような事を言われるとまた私は王侯貴族の模範的な紳士らしからぬ振る舞いをしてしまいそうになる」
「えっ?」
さらりと、髪に触れそれを耳にかけられた時にルリジオン様の指が私の耳の縁をゆっくりとなぞった。
くすぐったいような感覚に肩がビクッとなりそうなのをなんとか抑え、私は目をぎゅっと瞑ってその感覚に耐えた。
(この触れ方は今までとは違う気がする……それにらし紳士からぬ振る舞いって?キスとか、その先もOKだと思われちゃったとか?)
ルリジオン様の手が離れて触れられていた耳から熱が消えたので私は恐る恐る目を開けた。
「ひゃっ」
すると両手で顔を挟み上を向かされ、顔を近づけてきたルリジオン様が囁く。
「そんな顔をして煽らないでくれ」
「あっ煽るだなんてそんな……!」
「では君にそのつもりがないのにこんなに心を動かされている私は本当にどうしようもない人間みたいだ」
はぁ、とため息をつきながら彼が困ったように呟くので、申し訳ない気持ちになる。
「魔王を討伐する前に君にしてしまったことは一度あるけれど……」
これが最後になるかもしれないと思った一度だけの口付け。思い出すと甘くも切ない気持ちが蘇る。
「後悔はしていないが早まった事をしてしまったとも反省している。これからは気をつける」
「あ、はい」
大真面目な顔で宣言されてしまったら私は肯定するしかない。少しだけ残念だと思ってしまったが王族姫君の端くれとしてきっとそれは口に出さない方が良いのだろう。
「ではそろそろ私も戻る。エテルネルも休んでくれ」
「はい、おやすみなさいませ」
「良い夢を」
髪をひと房とってそこに口づけするとルリジオン様が闇に浮かび、上階の方へと消えていった。
(私も、年頃の娘なのよね)
喪女で終わった前世からは想像もつかない身分ではあるが、それなりの身分である年頃の娘として正しい行いをしなければならないと肝に銘じて私は眠りにつく。
私の頭からは、16歳の誕生日を迎えてもルリジオン様の婚約者として名乗れない可能性が高いという問題はその時すっかりと消えてしまっていた。
前の投稿から体調を崩したり、年度末はあれこれと忙しく、1ヶ月近くも経ってしまっていました。
お待たせして大変申し訳ございません。
見放さず、忘れずに訪問してくださった方、新たに見に来てくださった方、本当にありがとうございます。
次の投稿は数日以内に出来たらと思っておりますのでどうぞまた読みに来てくださいね!




